119.応援しますわ!
田舎暮らしを始めて122日目の更に続きの続きの続き。
「いっぱい買ってくれてありがとう!!
このお店は何を食べても美味しいわよ。
明日は更にとびきりの新作商品が並ぶからまたきてね」
その人は華麗に投げキッスを飛ばしながらそう言った。
言われた青年達は蕩けた表情で必死に頷いている。
「………………」
「クルミキャラメルマフィンとバナナクルミマフィン
それぞれ5つずつですね。
かしこまりました」
その紳士は恭しく礼をすると素早くしかし丁寧に
商品を袋に詰めてお客様に手渡していた。
その後ろでは……
「ユート様。
全ての種類のおやきの在庫があと250しかありません。
今一度お店に取りに戻りますか?」
「そうですね、手が空いているのなら
お願いできますでしょうか。
それに僕の事は呼び捨てでかまいません」
「かしこまりました」
そう言って同じように丁寧に頭を下げたのは
眼光鋭い三毛猫獣人の女性だった。
どうしてこうなった?
というか……
なんでレオナさん達まで販売に参加しちゃっているの?
初めからいましたけどなにか?
くらいとけこんでいるのですが!!
ソフィアさん達も最初は戸惑っていたみたいだけれども
今では思いっきり即戦力としてこき使ってますよね!?
あの方達……
実はかなりの高位の貴族だという事はご存じで?
敏腕執事でイケメンなベルドラン様は言うまでもなく
呼び込みから会計まで……
それは見事な手腕でさばいているし。
レオナさんはその知名度と美貌をいかして
看板娘?と化しているし……。
え?誰?
最初から居ましたっけ?
と、ツッコミをいれたくなった三毛猫獣人のお姉さん。
おそらくレオナさんの専属メイドさんだと思うけれど
裏の在庫管理を一気に引き受けてくれている。
この方もかなり優秀な方だ。
この3人が入ってくれたおかげでまた更に
ノワイテ亭が活気づいている。
私もおかげで手が空いたので全体を見ながら販売戦略を
立てられるのでかなり楽になった。
すごくありがたいけれどもこれって規定違反にならない?
そんな事を思っていたから……
しかめっ面になっていたのだろう。
横にいたレオナが凛桜の眉間を人差し指で押した。
「ひゃぁ!?
何するんですか!!」
凛桜が飛び上がらんばかり驚いてレオナを見ると
ため息をつきながらこう言った。
「またろくでもない心配をしているんでしょ。
本当にあんたは全く。
大丈夫よ」
「え?何がですか?」
「私たちは応援枠というものを持っているの」
「はい?」
藪から棒の発言で何を言っているのかわからなかった。
レオナは三毛猫獣人のお姉さんに目くばせをした。
「レオナ様はじめ、何人かの著名人には応援枠という
特別枠を国から授けられております」
へえ……そんなものがあるんだ。
「祭典の期間に1店舗しか選べないのですが
その店に対して金銭的援助と大量の投票斡旋以外ならば
どんな方法でもいいので応援することが可能になります」
「そう、だから私たちはノワイエ亭を選んで
自ら宣伝部隊として働くことにしたの。
まあ本当にこの店の味が気に入っているから
是非勝利してもらいたいのよ」
レオナさんはそう言って優雅に微笑んだ。
「レオナ様……
本当に光栄です……っ」
その言葉にソフィアさん達は若干涙ぐんでいるようだった。
レオナさんによると隣の牛獣人の青年達も応援枠の人で
どうやら私の元の世界で言うプロのスポーツ選手達らしい。
がたいがいいなと思っていたが……
そうか……なんか納得。
そういう視線でみると確かに店舗には不釣り合いな人達が
ちらほらいる気がする。
可愛らしいアライグマ獣人の一団がビラを配り歩いたり
クジャク獣人のお兄様?お姉さまなのか微妙だが
軽いダンスを披露しながらお客様を店に呼び込んでいた。
それならば安心だ。
レオナさん達には思う存分活躍してもらおう。
そう思っておやきを焼いていると
ちょっぴり上から目線の発言が頭上から降って来た。
「そこの魔族の女。
おやきというものを1つ買ってやろう」
ああ?
どこのどいつさまですか!?
凛桜がひきつりながら顔をあげると
ライオン獣人の青年が立っていた。
ひとめで高位貴族とわかるいで立ちをしており
眩い程の金髪が光をうけてキラキラと光っていた。
「この俺に食される事を光栄に思うがいい」
発言は至極残念な方ですが……
タレ目で澄んだ紫色の瞳が美しい青年だった。
と、同時に横から“ゲッ!”
という心底嫌そうな声が聞こえてきた。
「おぉ……我が潤しのアンジュ!!
今日も相変わらず美しいな……」
そう言ってその人はレオナの右手を取って手の甲にキスをした。
気安く触んな!!
と言いたげな表情をしていたが……
そこは貴族同士の嗜みなのだろう。
レオナは顔を引きつらせながらも微笑んでいた。
「何故俺の店に来てくれなかったのだ。
俺はこんなにもお前の事を思っているのに」
その男性は先ほどとは打って変わって悲しそうに
獣耳と尻尾をさげてレオナを見つめていた。
「私はいつも自分の心に忠実なだけですわ。
残念だけどあなたの店よりノワイエ亭の方が
味が好みですの」
そう言ってレオナはツンとそっぽを向いた。
「ならばレオナの為にこの店を俺は手に入れよう!
お前が振り向いてくれるならば……
俺はなんでもする!!」
「なっ!!」
そこにいた全員がドン引きした。
何をいいだすんだこの男は!!
レオナさんを好きなのはかまわないけれども
それとこれは別問題でしょうが!!
「ライオネル様……
さすがにその発言はどうかと思いますが」
レオナの視線はかなり冷たく男に注がれている。
「ついに本人が乗り込んできましたか
お嬢様が店頭に立ったらこうなるのではないかと
危惧しておりましたが」
ベルドラン様はチタンフレームの眼鏡をクイっとあげると
ため息をつきながらその男を見据えていた。
「あの……あの人ってもしかして」
凛桜がこっそりそう呟くと
「はい、あの方がクレール侯爵です」
こいつが元凶か!!
「レオナ……なぜこの俺の思いを受け取ってくれない」
かなりしょんぼりしながらレオナに縋っている。
「しつこい方は嫌いです。
お客様でないのならお引き取り下さいませ」
「レオナ……
そんなつれないことを言わないでくれ。
商品なら店ごと買うから!」
「………………」
いや、買えないからね!
それ規定違反の上に一発で退場だよ!!
本当にこの残念なイケメンが元凶なのか?
そう思えるほど何故かこの男が憎めなかった。
今まで起きた一連の卑怯な事を本当にこの人が
命令してやったのだろうか?
どうしてもそうとは思えなかった。
「レオナ……」
もはや涙目になっている大型ニャンコが1匹。
「早く商品を買っておかえりください」
あ~あ……
可愛そうなくらい獣耳としっぽが下がっているよ。
「キュ!キュキューキュ」
今まで現状を見守っていたコウモリさんが鳴いた。
「えっと……」
困っているとオロオロしながら凛桜を見上げてルルちゃんが答えた。
「ジョルさんが……
あまりにもうざいからあいつ……
森の奥に捨てちゃおうかって言ってる」
「えっ!
いやいやいや……
確かにうざいけれどもそれはちょっと」
なんかどえらい問題になっちゃいそうだし。
すると不満そうにコウモリさんがまた鳴いた。
「キューゥーキュキューキュ!!」
「えっ?」
今度はルルちゃんが口元に手を持っていって絶句している。
「大丈夫!俺なら跡形もなくできるからって……」
いやぁぁぁぁぁぁ!!
怖いから!!怖すぎるから!!
なんでこんな時だけ魔族が全開にでちゃうかな。
そこに右側からクロノスさんが……
左側からはヤギ獣人の青年がやってきた。
「凛桜さん!!
と、レオナ!?
ベルドランとミモザまでなんでここにいるんだ?」
クロノスは目を見開いてレオナ達をみていた。
「ライオネル様!!
勝手に1人で歩き回られては困ります」
ヤギ獣人の青年はライオン獣人の青年の元へ駆け寄った。
「おお!!ジョシュアいいとこにきた。
お前からもレオナに言ってくれ」
「ライオネル様……」
困ったように柔らかく微笑んだ男と
一瞬だが不意に目があった。
「………………」
ゾクッとした。
よく目だけ笑っていないとか聞くけれど
まさにそんな感じ。
なにか底知れない程の冷たさを孕んだ瞳だった。
でもこの紫色の瞳……
どこかで見たような……。
「ここは一旦帰りましょう」
そう言いながらヤギ獣人の男はライオネル様を
根気強く諭しながらその場を後にした。
「お騒がせいたしました」
男はまた柔らかい笑顔を振りまきながら頭をさげていた。
しかしレオナ達もクロノスも男達を見る目は厳しかった。
そして去り際にほんの一瞬だがその男の口元が歪んだ。
誰に対しての嘲笑なのかわからない。
だが何か暗い淀んだ瞳をしながら何かを見ていたのは確かだ。
そして本能が悟った。
この人が本当の元凶なのだと……。