118.やっぱりあの人は最強!!
田舎暮らしを始めて122日目の更に続きの続き。
ついに食の祭典が始まった!!
先ほど皇帝陛下の開会宣言が行われた。
先日拝見した時よりも、更に凛々しくなられた気がしたよ。
初めて会った時のあの初々しさが懐かしい。
なんて親戚のおばちゃんのような感想を抱いていたのだが
壇上を降りる陛下と偶然に目があった。
するといつもと変わらない少しはにかんだ笑顔で
こっそりと手を振ってくれた。
そして口パクで仰っていたよ。
「くるみゆべしが楽しみだ!」
確かに見た目は大人になってしまったけれども
中身は相変わらず可愛らしい陛下のようだ。
その後にラッパのような音がどこからともなく聞こえてきて
お花の形をした花火が青空に上がったかと思ったら
花吹雪が降って来た。
それが開始の合図だったのだろう。
広場に入る大きな門も開門され……
一気に大勢の人が中に入ってきた!!
人の熱気と調理の熱気でかなり暑い。
ノワイエ亭もおかげさまで今のところ順調に
おやきとマフィンが飛ぶように売れています。
黒豆達も頑張ってくれて、列をはみ出さない様に
優しく吠えて誘導してくれている。
本当にうちのイッヌは優秀ね。
ノワイエ亭の右隣の店舗は王都でも有名なお肉屋さんらしい。
一押し料理は“ビッグサングリアの串焼き”だ。
秘伝のタレがかかっており……
それが美味しくてつい何本も食べちゃう一品らしい。
一応両隣には挨拶しないといけないなと思って
ソフィアさんと2人で“くるみゆべし”を持って
店主さんの元に向かったんだけれどもね。
店主の方が思いのほか物凄い大きくて目つきの鋭い
イカツイ牛獣人のおじさまだったから
びくびくしながら挨拶しちゃったわ。
従業員の方も迫力ある牛獣人のお兄さん達ばかりだし
なんだろう……圧倒される……。
無言で頷いてゆべしは受け取って貰えたんだけれども
あまり友好的な感じはしなかったわ。
何故か右肩のコウモリさんをガン見してるし……。
コウモリさんもちょっぴり困惑気味だ。
これはお隣に迷惑かけられないから気をつけないと
って、ソフィアさんと密かに目くばせしていたのね。
するとすぐにその後ろから可愛らしい羊獣人のお姉さんが
ひょっこり顔を出した。
「もーエタンくんったら顔怖いから
お隣さんが困ってるじゃないの!」
「いや……その……」
イカツイ牛獣人のおじさまは急に真っ赤になって狼狽えた。
「ごめんなさいね!
この人こんなイカツイみかけで怖いとおもうけれども
すごい人見知りなだけだから。
店主のエタンです、そして私が妻のレベッカです。
今日1日お互いに頑張りましょうね!」
「ソフィアです。よろしくお願いたします」
凛桜もあわせて軽く頭をさげた。
奥さんだったのか!
あんな凶悪顔の猛牛さんがどうやってこんな可憐な羊さんを!?
2人の出会いが凄く気になるわ……。
くるみゆべしのお礼に串焼きを貰ったから
朝ご飯として皆で頂いた。
噂通り癖になるタレの味だった。
後でまた買いに行こうっと!
左隣のお店は、猫獣人でご年配のご夫婦が営むお店だった。
こちらは初めからウェルカムだったので
すんなりと挨拶はすんだ。
毎年選ばれている常連店らしく
ソフィアさん曰く、魚料理が美味しいお店との事だった。
こちらからもお魚のマリネのようなものを頂いた。
食べたことのないピリ辛スパイス風味が美味しい!!
フライのようなものもチラッと見えたから
これも是非食してみたいな。
開店前の挨拶も無事に?
済んだので最終チェックを行いながらお客さんが来るのを待った。
最初は主に騎士団の面々が買いに来てくれていたのね。
お友達や家族や恋人と来る人が大半だったかな。
だから顔見知りばかりというか……。
観光客の方もちらほらは買ってくれたのだけれども
見慣れない食べ物のせいかあまり新規の人は来なかったのよね。
このままじゃまずいな……
今のままだと先細りだなって……。
そんな時に救世主が現れたのよ。
クロノスさん達が見回りの合間にきてくれたお陰なのか
急にその頃から女子率がグンと上がった。
それに並行するように販売率も上がった!
思えば騎士団はイケメンの宝庫だったわ。
皆の憧れの騎士団長様が一押しの商品を私も食べたい!
これをきっかけにカロスさまとお話を……。
あのノアムさまが推している“くるみゆべし”なるものを
是非食べなければ!
というような女子の熱気?欲望?願望?
なんと言ったらいいのか分からないけれども
只今ノワイエ亭の売り上げは……
恋する乙女パワーに支えられています。
「くるみゆべしを5つ下さいますか?」
「私も5つお願いいたします」
「はい、ただいま参ります」
「私はこのおやきと言うものを全種類5つくださいな」
どこぞのマダム達のお買い物合戦もエグイ。
イケメンの知り合いがいてよかった。
それに輪をかけて売り上げが急上昇したのは
近衛騎士団の皆様も来てくれたからだ。
餅つきの一件以来、密かにまたうちの料理を食べる
機会を狙っていたのだとか。
ノワイエ亭にも来てくれていたそうだ。
近衛騎士団は更に女子人気の高い集団だ。
今度はこの人達目当てに若い貴族のお嬢様達が
お買い物合戦に参戦してきた!!
「マフィンを全種類10個ずつ下さい」
「私は“くるみゆべし”を10個お願いいたしますわ」
もう笑いが止まらないくらい飛ぶように売れる。
嬉しいけれどもだんだん追いつかなくなってきている。
これはこれでまずいな……。
一応規定で同じ商品を最大10個まで買えるから
お金に余裕がある人はごっそり買っていくのよね。
「凛桜お姉さん!
くるみ抹茶マフィンの在庫が切れそうです」
ユートくんが“くるみゆべし”を追加しながらそう告げてきた。
「確か後ろの籠にまだ200個ほどあったと思うけど」
「わかりました確認します」
すると今度はルルちゃんが叫んだ。
「凛桜お姉さん!
オーベルジューおやきがあと20個でなくなります」
何ですと!!
くるみ味噌&茄子&ビッグサングリアのひき肉おやきが
もう売り切れそうなのか……。
やっぱりこれが1番人気か。
騎士団の青年達もこの味が1番好きだって言ってたもんな。
ストック大丈夫かな……。
まだ始まってから2時間しか経っていないのに。
これからが1番の書入れ時なのに!!
凛桜はおやきを焼く作業をパパさんに代わってもらい
後ろにある販売商品の在庫チェックにとりかかった。
くるみゆべしは、まだかなりストックはあるわね。
値段が高いしその場で食べる人が少ないから
今の時点ではそんなに知名度が上がっていないからなのか。
その反面おやきは手ごろなお値段だし
焼きたてが美味しいからみんな1つは
必ずその場で食べるのよね。
そうするとそれが呼び水になってまた売れるという訳で……。
ありがたいけれどもこのままだと午後まで持たないかも。
一回ノワイエ亭まで戻ってストック持ってこないと。
それでも足りなかったら明日の分も出すしかないかな……。
時間帯を見計らってストックをとりに行くか
なんて思っている所に事件が起きた。
「どうしてくれんだ!ああ?
この店はこんなものを客に出すのか!」
物凄い怒鳴り声が店先から聞こえてきた。
何事!?
と思い急いで戻るとちょっと柄の悪いクマ獣人の青年3人が
店先で暴れていた。
「おやきとやらにこんな大きな虫が入っていたぜ!!」
そう言って周りに見える様に赤い毒々しいコガネムシのような
昆虫を見せながら喚いていた。
「やだ……あれってゴルゴーザじゃない?」
急に周りの人々がひそひそ声で話し始めた。
「どうしたんですか?一体」
凛桜がソフィアに尋ねると困惑しながら答えた。
「さきほどおやきを買ったお客様が中に虫が入っていたと
急に騒ぎ出したんです」
「虫!? あんな大きな虫がおやきに?
ありえないんですけど……」
凛桜がそういうとそれが聞こえたのだろう。
「姉ちゃん、自分たちの落ち度を客のせいにするのかい」
「はい?」
イラっとしたがそれより先にパパさんがその客に謝った。
「大変失礼いたしました。
新しいものとお取替えするかもしくは返金させて頂きますが」
「そんなんじゃすまねえよ。
ゴルゴーザだぞ。
他にも入っているかもしれねぇじゃねか」
そう言うとまたもや周りの人々が騒ぎ出した。
いまいち状況が掴めないので……
ユートくんにそっと耳打ちをして聞いてみた。
「ゴルゴーザって何?
まあまあ大きいあんな虫が食べ物に入る事があるの?」
「ゴルゴーザは万が一誤って食べてしまうと
激しい腹痛を起こす虫です。
繁殖力も高く1匹見つけたら裏に1000匹いると思えという
飲食店にとって絶対に出してはいけない害虫です」
顔を青ざめながら泣きそうになりながら教えてくれた。
本気か……
なんでそんなものがおやきに?
って、いうか本当に入っていたの?
しかし真偽はどうであれあまりにも男達が騒ぎ立てるので
じわじわとその雰囲気に周りが飲み込まれていっているようだった。
「やだ怖い……。
この店で買うのやめましょうよ」
「よりによってゴルゴーザはな……」
まずい……。
周りの人たちが影響され始めている。
このままだと本当にすべての商品を
破棄しないといけなくなる!
もしくは最悪今日の商売は中止だ。
こんな時に限ってまわりに騎士団が1人もいないなんて。
それはそれでおかしい……。
万事休すかと思ったときにその人は現れた。
「あらん、虫も飛び込んじゃうくらい
美味しいおやきでしたのね」
そう言ってその人は優雅に微笑んだ。
「………………!!」
「繁盛しているみたいじゃない。
買いにきたわよ。
相変わらずどれも美味しそうね~」
その人は今日も眩いくらいの美しさを振りまきながら
その男達を無視して凛桜の前に立った。
「なにぼさっとしているのよ。
お薦めはどれ?」
あまりの出来事に凛桜達も男達もあっけに取られていた。
「あ、はい。
一押しはこの“くるみゆべし”なんだけど」
「そうなの、じゃあそれは10個いただくわ。
あとはどれにしようかな~」
ガラの悪い男達も我に返ったのだろう
また騒ぎ始めた。
「おい、待てよお嬢さん。
俺達の話をきいていなかったのか?」
「はい?」
レオナは不機嫌そうに片眉をあげた。
「こんな店より俺達がもっといい店紹介するぜ。
なんてたってこの店はゴルゴーザ入りの商品を
売る店だからな!!」
そう言ってレオナの手を掴もうとした瞬間
何者かがその手を手刀ではたき落とした。
「痛ってな!!」
「気軽にお嬢様に触れないで頂きたい」
「ああん?」
レオナを庇うようにヒョウ獣人の青年が前に出た。
チタンフレームのような眼鏡をかけているその青年は
銀髪で深い蒼い瞳をした美しい青年だった。
どこかの御令嬢だろうか……
ほうっとため息をついて見惚れていた。
「レオナ様の執事のベルドラン様だわ……」
更に他の令嬢達も見惚れていた。
レオナさんの執事なんだ。
ベルドラン様って……様呼ばわりされているのか。
「いつみてもお似合いのお2人ですわ」
各地から憧れの視線が2人に注がれている。
そう言われたレオナ達は若干居心地が悪そうだ。
お似合いの2人ね……。
凛桜は思わず半笑いを浮かべてしまい
レオナからキッと睨まれたのは言うまでもない。
「優男は黙ってひっこんでな」
男達は凄んだ声でそう言ったが……
そう言われても表情をひとつも変えないで
ベルドランさんは理路整然と話し出した。
「そもそもあなた達が騒ぎ立てている
そのゴルゴーザですが……
この地方には生息していない種類です」
「は?」
「えっ?」
男達を始め周りにいる人達も驚きの声を上げた。
「失礼」
ベルドランさんは手袋をはめた手で
いきなりその男からゴルゴーザを奪うと触覚を指さした。
「ほら、この部分がひし形になっていますよね」
「それがなんだっていうんだ」
「更にこの羽の下に星形の白い星の斑点もあります。
これはカルカマンダ地域にしか生息しないゴルゴーザです。
つまり氷点下地域でしか生きられない種類です。
それがこの場所で発見されるなんてことはありません」
えぇえぇええええ!!
そなの!?
あの一瞬でそんな所まで見ていたなんて
凄い敏腕執事!!
そんな凛桜の心情をよんだのだろう。
レオナが少し呆れた表情で執事を見ながら言った。
「ベルドランはこの国の中で1、2を争うくらいの
虫バカ……ん、んんん!!
特級昆虫研究員なのよ」
「心のそこから虫を愛しております。
時間があればいかに虫が美しいかを語りたいところなのですが」
美しい男は拳をにぎりながら真顔でそう言い放った。
「………………」
きっと私を含めこの周りの女性陣はみんなこう思っただろう。
イケメンだけどちょっぴり残念な人だと……。
そこにようやく騎士団が到着した。
どうやらお隣の猫獣人のご夫妻が呼んできてくれたようだ。
「やばい、ずらかるぞ」
それをみた男達が反対側に逃げようとしたが
何か大きなもの達に囲まれた。
牛獣人のおじさまと兄貴達だ。
「貴様ら何処にいこうとしている」
「ヒィィイイ」
取り調べの為に男達は騎士団に連行されていった。
「災難だったわね」
「本当にありがとうございました」
パパさんを始め凛桜達はレオナ達にお礼を言うと
相変わらずツンデレな返事が返ってきた。
「別に何も大したことはしてないわよ。
目の前の煩いハエをはらっただけ。
それより早くおやきを食べさせて」
「お嬢様……。
いくら特別な日とは言えども2つくらいにしてくださいね」
「はいはい、わかってるわよ」
以外にもベルドランさんの方が強いみたいだ。