116.気合を入れるぜ!
田舎暮らしを始めて122日目の続き。
魔王様にノワイテ亭の前まで送って頂いた。
早朝の為ほとんど人通りがなかったお陰で騒ぎには
ならなかったけれども……
色々な意味で心臓が痛かったわ。
「気が向いたら我も店に伺おう。
今日一日……精を出すがよい……。
努力は裏切らないからな。
きっとお前の気持ちは天に通じるであろう」
魔王様は目を細めながらそう言いうと
優しく凛桜の頭をそっと撫でた。
「はい!
力の限りがんばります!」
凛桜は一瞬目を見開いたが、とびきりの笑顔で力強く答えた。
「フッ……」
魔王様は微かな微笑を口元に浮かべながら頷くと
そのまま空の彼方へと消えて行った。
まさか魔王様から“努力”という言葉が飛び出すとは
ちょっと意外だったわ。
魔王様って悪魔よりのポジションなのかと思っていたけれど
中身は天使寄りだったのねぇ。
でも……魔王様の言う通りにうまくいくといいな。
努力したからと言って必ずしも結果が出るとは限らないけれども
少なくとも何らかの形で報われて欲しいと思うのが
人間の性だと思う。
どちらにせよ……
あんな卑怯な奴らだけには絶対に負けたくない!!
凛桜が気合を入れて拳を天に突き上げていると
下から少し戸惑った声が聞こえた。
「凛桜お姉ちゃん……?」
「ルルちゃん!おはよう」
「おはようございます。
今日もコウモリさんと一緒なの?」
可愛らしいメイドの恰好をしたルルちゃんが自分を見上げていた。
「そうよ、お友達のコウモリさんなの。
お祭りの間はコウモリさんとずっと一緒なのよ」
凛桜がそう告げると、コウモリさんも同意するように鳴いた。
「キュ!」
その円らな瞳とモフモフのコウモリさんに
どうやら興味深々のようだ。
「ルルです、仲良くしてください」
そう言って恥ずかしそうに目を伏せた。
「キュ!キュキュ」
コウモリさんも嬉しそうに鳴いた。
「ジョルジュさんって言うんだ。
じゃぁ……ジョルさんって呼んでもいい?」
「キュ!」
コウモリさんは嬉しそうにルルちゃんの周りを飛んでいる。
ん?
んんんん?
コウモリさん!!
名前なんかあったの!?
いや、驚くところはそこじゃないな。
きっと本当は魔族のエライ方だと思うから
名前くらいはあるのかも知れないけれども……。
もし仮にそうだとしても、名前を教えてくれるのかい!
というツッコミもさることながら……。
それよりも……
ルルちゃんとコウモリさん
会話が成立している方が衝撃だから!!
凛桜は目を剥いた。
私だけが“キュ!”って聞こえているのだろうか。
思えばカロスさんとも普通に会話していたよね。
あう……
私もコウモリさんと会話したいわ。
少し黄昏ているとソフィアさん達もやって来た。
「凛桜さん、おはようございます。
今日も一日よろしくお願いいたします」
そう言ってリス獣人のご夫妻は深々と頭を下げた。
その後にご夫妻とユートくんは凛桜の右肩に
しれっと何事もなくとまっているコウモリさんをみて
何か言いたそうな表情を浮かべていたが……
そのまま何も言わず微笑んだ。
そんな微妙な視線に凛桜はどぎまぎした。
やっぱりコウモリさん同伴はまずかったかな……。
元の世界では衛生的にあまりいい印象がないコウモリ
ましては飲食店なんか言語道断だよね。
やはりこちらの世界でも飲食店にコウモリさんはNGなのか?
いや、そんなこといったら全ての獣人さんがNGに
なっちゃうよね……。
「あ……えっと……
友人のコウモリさんです」
一応紹介だけはしてみた。
「キュ!!
キュー、キュキュキュ、キューキュキュキュ」
なにやらコウモリさんの自己紹介も入った模様。
数十秒程だったけれども……
意味不明な沈黙の時間が流れた。
何!?
何なのこの沈黙は!?
そして何故か軽く涙ぐむソフィアさん達……。
「そうですか……そんな事情があったのですね。
こちらこそよろしくお願いいたします」
そう言ってパパさんとコウモリさんは握手を交わしていた。
「凛桜さんは私達家族にとっても大事な方です。
是非この2日間よろしくお願いいたします」
「凛桜おねぇちゃん、無理しないでね」
「きつかったらいつでも休んでくださいね」
ルルちゃん達の労わる様な眼差しと発言が胸にささる。
コウモリさん……
なんて言ったのさ!!
訳の分からない雰囲気になったので
強引に話を元に戻したいと思います。
「ついに本番がきちゃいましたね。
ここまできたら後は突っ走るだけですね」
凛桜が務めて明るくそう切り出すと……
「そうですね。
一時はどうなるかと思いましたが……
凛桜さんや他の皆様のおかげでなんとかここまで
こぎつけることができました。
本当になんとお礼を申し上げていいのやら」
そう言ってパパさんが再び涙ぐむものだから
こちらまでうるっときてしまいそうだったが……。
「お礼をいうのはまだ早いですよ。
最後まで戦いきった後にその言葉は頂きますね」
凛桜が悪戯っ子のような顔でそう言って
皆の顔をみまわすと……
「僕も悔いはありません。
最後まではしりきりたいと思います。
そして走り切った暁には、思いっきり凛桜お姉さんに
お礼を言いたいです」
そう言ったユートくんはとてもカッコよかった。
そんな頼もしい息子の言葉に……
ハッとしたようにソファさん達は顔をあげると
今度はキリっとした表情で凛桜をみつめた。
「そうですね!
すべては“グロワール”の為に最善をつくしましょう」
「はい!
それでは気合を入れる為に私の手の甲の上にそれぞれ
手を出して重ねてください」
何を言われているのか一瞬わからなかったのだろう
ソフィアさん達は首をひねったが
言われた通りにおのおの手を出して円陣を組んだ。
「私の国ではこうやって気合を入れます」
「私が今日一日頑張るぞ!
というのでその後に“オー!”と言ってください」
「はい」
「今日一日頑張るぞ!!」
「「「「オー!!」」」」
「1位とっちゃうよ」
いきなり続けてルルちゃんが叫んだ。
「「「「オー!!」」」」
「ノワイテ亭最強!!」
負けじとユートくんも叫んだ。
「「「「オー!!」」」」
なんだか楽しくなってきたわ。
「キュ!!キュキュキューキュキュ!!」
「「「「「オー!!」」」」」
コウモリさん改めジョルジュさんまで参加!?
なんて言ったのかわからないまま返事しちゃったけれども……。
「ウフフ……大胆な発言ですね」
「ジョルさん強気~」
あぁあああああ……
ルルちゃん一家だけで凄く盛り上がっている。
本気でなんて言ったのさ!!
コウモリさんもドヤ顔を決めてるし!!
誰かおしえてよぉぉぉ。
「…………」
「あれってなんッスかね。
一種の気合い入れッスかね……」
「なんだろうな」
「片っ端から他の店をぶっ潰す!!
って発言いいんっスか……」
「確かにな……」
クロノスは先ほどのコウモリの発言に苦笑しつつも
楽しそうに尻尾を揺らしながら言った。
「楽しそうだからいいんじゃねぇのか。
言うだけなら自由だしな。
あれくらいの勢いじゃねぇと勝てない戦いだ」
「そうっスね」
密かに遠くからクロノスさん達から見守られていた模様。
「あ!」
いきなりノアムが叫んだ。
「どうした?」
「凛桜さんって……
“魔力欠乏症”なんッスか?」
「はぁ?」
「いや、だって先ほど魔王のコウモリが
ルルちゃん達にそう説明してたッス。
だからこの2日間自分がそれを補うために
ここにいると……」
「そもそも凛桜さんには魔力なんてものは
存在しないことくらい
お前も身をもって知っているだろうが」
クロノスが怪訝な顔でそう告げると
ノアムは口をとがらせながら言った。
「そうッスけど……」
納得がいっていない様子のノアムに
クロノスが釘をさした。
「ノアム見誤るなよ。
あのコウモリはあんな形をしているが
魔王の右腕だ。
そのことをよく頭に刻んどけ」
「……ッス」
武力はもちろんの事、知力も長けているからこその
魔王の右腕なのだ。
説明をするふりをして、一瞬のうちに魔法を唱えていたな。
耐性のないものならすぐにかかってしまうだろう。
かるい暗示程度のものだから見逃したが……。
それを見破れないとは
魔法耐性強化の訓練を追加だぞノアム。
しかし魔力欠乏症か……
うまい言い訳だな……。
今度から公の場ではそう言って凛桜と堂々と
手を繋ぐことが出来るな
なんて企むクロノスがいたとかいないとか……。