115.コウモリさんは最強!
田舎暮らしを始めて122日目。
ついにこの日が来てしまった!
泣いても笑っても今日が本番……。
よし!
売って!売って!売りまくってやるわ。
凛桜は爽やかな朝には似つかわしくない
悪い顔でニヤリと微笑んだ。
昨日はあれから大変だったけれども
なんとか今日という日を迎えられて嬉しい。
抽選会の後すぐにノワイエ亭に向かうと
ルルちゃん一家が総出で出迎えてくれた。
無事にパパさんも家に帰って来ることができたし
クルミもちゃんとゲットできているみたい。
私が思いのほかいい位置の店の場所を引き当てたので
更に皆も気合が入った様子だった。
また何か事件がおきたらいけないので
騎士団が一晩中警護をしてくれることも決まったので
安心して過ごせそうだ。
あとは明日の為に、英気をやしないつつも
ストックを増やせたらベストなんだけどな。
そんなほんわかしたリス獣人一家の団欒を
目の当たりにしながらふと思った。
ここは王都のど真ん中だよね。
と、いうか……
誰かの力を借りないと家に帰れない事を忘れていたわ。
私は今晩何処に泊まったらいいのだろう。
いや、出来れば家に帰りたい。
もう少し抹茶くるみマフィンも作りたいし
他にも何かできることがないか……
今一度チェックしたいのよ。
それに……なんていうのかしら
枕が代わると眠れないのよね……。
とか言う繊細な理由とかではないけれども
やっぱり自分のベッドで寝るのが一番落ち着くじゃない?
で、なんやかんやでもう日も傾いてきております。
16時くらいかしら?
クロノスさん達は、今日起きた事件でてんてこ舞いみたいだし
家まで送ってとは言い辛いなぁ……。
ソフィアさん達にも今日くらいは家族水入らずで
過ごさせてあげたいし。
どうしよう……。
そんな空気を読んだのだろうか。
徐にコウモリさんが天に向かって一言鳴いた。
「キュ!!」
すると……キランッと何か眩しい光が空に浮かんだ。
「…………!?」
眩しさに目を細める間もなく……
目の前に大きな漆黒の闇が広がった。
「何用だ……」
ちょっぴり不機嫌な声色の魔王様が佇んでいらっしゃいました。
「………………」
お互いに無言のまま見つめあう事数秒。
深紅の瞳がいつも以上に赤く染まっている気がしてならない。
えぇぇえぇぇえぇぇ!!
息が止まりそうだ!
コウモリさん。
まさかとは思いますが……
魔王様を呼びつけたなんて事はございませんよね。
何と答えたらいいのかわからず、更に固まること数十秒。
「何用だと聞いている。
我は今から風呂に入るところだったのだ。
用事がないのなら帰るが」
不機嫌モードMAXの御様子……。
あう……。
こんな時間からもうお風呂タイムですか。
優雅ですな……。
そう言えば……
お風呂の時間を何よりも楽しみにしているって
言っていたよなぁ。
その至福の時間を邪魔したとなれば
万死に値するのかしら……。
凛桜が狼狽えているとコウモリさんが鳴いた。
「キュ!
キューキュ、キュキュキュ!」
言っていることはさっぱりわからないけれども
魔王様の片眉がピクリと上がったので
友好的な発言ではなさそうだ。
「ふぅ……」
あ、魔王様がため息ついちゃったよ。
「キュ!キュキュ!」
コウモリさんが急かすが如くまた強めに鳴いた。
「わかった、わかった……。
我をこのようなことで使うのはお前くらいぞ」
苦笑しながらもそう言うといきなり凛桜を抱き寄せた。
「しっかりつかまっていろ、少し急ぐ」
何が!?
と思う間もなく身体が宙に浮いたかと思ったら
激しい風の音に巻かれた。
「凛桜さん!?」
「凛桜お姉ちゃん!!」
「うおっ……本気ッスか!?
何故にあの人がここにいるっスか!?」
何やら下から様々な驚きの声が聞こえました。
また王都で問題になっていないといいのだけれども……。
ノアムさんの声もきこえたので丸投げしたいと思います。
上手な説明よろしくお願い致します。
激しく揺られること数分後……
気がついたら中庭に立っておりました。
そして魔王様は何事もなくそのまま再び闇に溶けた。
お礼をいう暇もなかったな。
あとで何か美味しいものでも差し入れしよう。
「キュ!」
よかったですね!
くらいの勢いでコウモリさんが爽やかに鳴いた。
コウモリさんって一体……。
最強すぎて何も言えませんでしたよ。
そんな御仁が自分の右肩に乗っているのが重い。
現実的な重さは全くといい程感じないけれども
プレッシャーという重さがハンパないです。
でもおかげで一瞬のうちに家に帰れたので
その後は思う存分ストック作りに精を出しました。
そして寝ようかと思ったときに
獣体のクロノスさんがやってきたのよ。
きっとノアムさん達から先ほどの事を聞いたのだと思う。
無事に家に帰っているか心配で見に来たんだって。
癒されたくて我儘を言ってみた。
そして今私は……
モフモフのクロノスさんのお腹に顔を埋めております。
はぁ……モフモフ最高。
お日様に干した時のような陽だまりの香りがする。
ぎゅっと抱き着いたままなかなか離れない凛桜に
どうしていいのかわからないクロノスがいたとか……。
「凛桜さん……ちょっと……そろそろ……もう」
「やだ…………」
「まいったな…………」
クロノスさんの戸惑いの声が聞こえてきますが
このモフモフには勝てん!!
このまま寝ちゃいそう……。
気がついたらクロノスさんはいなくなっており
きちんとベッドの上で寝ていました。
なんか色々大人として、すみません……。
そしてまた早朝に魔王様が降臨しました。
「………………」
だ~か~ら~!!
気軽に魔王様を呼びつけるのは禁止だから!!
どう見ても低血圧じゃない魔王様。
顔が青白い魔王様とか見たくないのよ……。
コウモリさん……
そんなウルウルの可愛い瞳をしても許しませんよ。
「用意ができたら言うがよい……」
魔王様は至ってマイペースだ。
相変わらずダイニングテーブルに頬杖をついて
凛桜が用意したサンドイッチを気だるそうに食べている。
「あっ、はい」
これは急いで用意をせねば。
魔王様をお待たせするなんて、小市民の私はできません!
凛桜はいつもの倍のスピードで動き出した。
そこにルナルド便に扮した騎士団ご一行様が到着した。
今日のリーダーはカロスさんのようだ。
「おはようございます」
「おはようございます」
「…………」
カロスさんが無言で訴えてきていますが
あえてお答えいたしません。
察してください……。
その時、凛桜の肩からコウモリさんが飛び立ち
カロスさんの肩にとまった。
「キュ!」
「その節はありがとうございました」
コウモリさんとなにやらまた言葉を交わしているようだ。
この前も思ったけれども、副官という立場上どうやらこの2人
気が合うようだった。
それを遠巻きにみている騎士団ご一行。
「あの方はどなただろう……」
「あのコウモリの魔獣も一体?」
ざわつくのも無理がないだろう。
まさかこの目の前の人が魔王だとは思わないだろう。
あふれ出る魔力の高さに大物だとは認識しているようだが
誰も何も聞けないようだった。
そして自分の上官と和やかに談笑している可愛らしいコウモリさんが
その右腕だと誰が予想できようか。
“ウフフフフ……あの魔王様ですよ”
と言いたいが、そんな事をしている場合じゃない。
そして数十分後……
「お持たせ致しました」
「うむ……」
すると凛桜の後ろから、蝶ネクタイをつけた黒豆達も
おずおずと前に出た。
「犬達も行くのか?」
「はい、看板犬として連れて行く予定です」
「そうか……」
魔王様は少しだけ口角をあげた。