114.くじ運……何それ美味しいの?
田舎暮らしを始めて121日目の続き。
エライことになった……。
今日の正午までに王宮の“飛天の間”に行って
抽選会に参加しないと出場権が剥奪されてしまうらしい。
パパさんたちの一行を襲った賊は単なる足止めだ。
訓練された集団ではなかったもよう。
命を獲りに来たとかではなく……
なんとなくわぁ~とやってきて騒いで荷物をばら撒いて
邪魔するみたいな感じだったそうだ。
ルナルドさん達が駆け付けると、一気にカタはついたのだが
なんせ数が多いうえに、街道の狭い道で挟み撃ちにされたから
未だに後ろにも前にも進めない状況らしい。
そのうえ荷物の処理や捕縛した者を騎士団に引き渡すなど
後処理にも時間がかかるようで……。
そう考えると見事に敵の術中に嵌ったといってもいいだろう。
どう急いでもパパさんは抽選会には間に合わないからね。
王都ではまた別の事件が起こっていた。
ノワイテ亭の付近の店で何件もの食い逃げや窃盗が発生した。
それら事件の聞き込みや犯人の捜索で
騎士団の半分以上がかりだされ
ちょうど手薄になったところで……
今度はノワイエ亭に被害が発生した。
なんとボヤ騒ぎが起きたのだ!
幸いユートくんがすぐに発見したので大事には
至らなかったのらしいのだが……
倉庫の一部が燃えてしまったとの報告が。
単なる火ではなく、魔法炎という火種の火災だった。
人体にも影響のある毒を含んだ火らしい。
倉庫には食の祭典で使う道具やおやきなどが保管されており
その火を消そうとして駆けつけたソフィアさん達が
軽く煙を吸ってしまったそうだ。
特に体調などは壊してはいないが……
念のために病院で検査を受けるそうだ。
禁止されている魔法による火災が
自然に起きるなんてありえないから!
もうこれは完全にあやつらの仕業よね。
その直前に、旅人風の男たちが走り去るのを見たと
近所の人たちが証言しているし。
ルルちゃんもユートくんも気丈に振舞っているけれども
精神的ダメージは計り知れないと思う。
本気で許せん!!
きっとこの瞬間を虎視眈々と狙っていたんだと思う。
こういくつもの騒乱が起きると注意力が散漫になるから
どうしても隙が生まれるし……
多数発生しているから犯人の目星もつきにくい。
これで家族全員の足止めは成功したという事ですか。
随分荒い手をつかいますねぇ。
敵も流石にグロワールを獲得しそうな人気店では
手に入れるのが難しいとふんだのかな。
凛桜は怒りを胸の奥に仕舞いながら密かに
クロノスと飛天の間に向かって走っていた。
「………………」
クロノスさんの視線がガッツリとコウモリさんに注がれており
どういうことだ?
説明を求むと無言のまま目くばせをされた。
が、今は説明している暇はない。
私の時計が正しければ、あと5分もない!!
リンゴーン、リンゴーンと鈍い鐘の音が上からふってきた。
「まずい、急がないと間にあわん。
凛桜さん、先に謝っておく……ごめん」
そう言うとクロノスは凛桜を横抱きに抱えて走り出した。
猛ダッシュで王宮の廊下をお姫様抱っこしたまま
駆け抜ける騎士団長が降臨した……。
メイドから書記官まで皆が口をあんぐりとあけて
その姿を生暖かい目で見守っていたのは言うまでもない。
(いまなら恥ずかしさで死ねる……)
凛桜はクロノスの胸に顔を埋めながら羞恥に震えていた。
その頃……
飛天の間では、参加者達がぞくぞくと集まって来ていた。
係の書記官が胸ポケットから懐中時計を取り出しながら
辺りを見回して言った。
「時間ですな。
一部来ていない者がいるようですが規定通り抽選会を行います」
そう告げたので……
大扉前に立っていた書記官が扉をしめようとした時だった。
「ちょっと待った!!」
凛桜を横抱きにしたクロノスが滑り込んできた。
(ヒィィィィ……落ちる!!)
つんのめりそうになったが、なんとかこらえたクロノスは
部屋の中央で足を踏ん張った。
騒めいていた部屋の中が一瞬にして静まりかえり
全ての人の視線が凛桜達に注がれた。
「騎士団長殿、何事ですかな?」
一等書記官と思われるトラ獣人のおじさまが怪訝そうに
片眉をあげながら凛桜達をみた。
「陛下の御前を騒がして申し訳ございません。
思いがけない事件が発生しており……
それに派生してノワイエ亭の者が巻き込まれました。
よって、調査するとともに関係者を保護してまいりました」
そう言って、凛桜を床に降ろすと片膝をついて頭を下げた。
「関係者だと?」
一等書記官の右横に立っていた、ライオン獣人が驚きの声をあげた。
そして無遠慮に凛桜を上から下までみた。
(人を値踏みするようにみないで頂きたいわ)
凛桜はムッとしたが、クロノスにあわせるように
陛下に向かって頭を下げた。
御簾の向こう側にいるので、お顔は拝見できないが
なんとなく微笑んでくれているような気がした。
「これはこれは騎士団長殿、異なことをおっしゃる。
こちらにいる方がノワイテ亭の関係者だと?
あそこはリス獣人一家の店だと聞いている。
その娘、どうみても魔族ではないか」
そう言ってライオン獣人のおじさまは意地悪そうに口元を歪めた。
ん?
えっ?
はい?
私って魔族なの!?
言われた本人が一番びっくりな発言だった。
ついさっきまで私……
人族だと自負しておりましたが……。
すると御簾の中から陛下が何か言ったようで
一等書記官が書類を持って中に入って行った。
クロノスさん、大丈夫なの?
凛桜はオロオロしながら横にいるクロノスをこっそりチラ見すると
クロノスはそっと凛桜の背中に手をそえて力強く頷いた。
数分が永遠に思えたよ……。
そして御簾の中から出てきた書記官が声高々に告げた。
「そなたの名前を告げよ」
えっ?何の確認?
「…………」
そういえばソフィアさんが言っていたな
一般の国民は苗字がない……
苗字があるものは貴族だと。
だからきっと私の登録も名前だけのはず。
凛桜はすこし声が上擦ってしまったが
はっきりと自分の名前を告げた。
「凛桜と申します」
すると一等書記官のおじさまは無言で頷いた。
「確かにノワイエ亭の提出書類には
そなたの名前が記載されておる。
なりすまし判定魔法も作動してないようだ。
よって、ノワイエ亭の関係者として認める」
そう一等書記官が告げるとライオン獣人のおじさまと
その横にいた猫獣人のおじさまが不満そうに言った。
「店主でもない娘に抽選させるのですか?
魔族ですぞ、何か怪しげな術を使うやもしれません」
はぁああああ?
あなた達がそれを言います?
そっちこそ何か仕掛けてんじゃないのぉ?
それに魔族じゃないから!?
一体何でそう思われてるの!?
まさかビジュアルとか!?
「キュ……」
右肩で申し訳なさそうにコウモリさんがか細く鳴いた。
(えっ?
まさかのまさか……コウモリさんが原因!?)
そうか、今私はコウモリさんの魔力で動いているようなものか。
だから獣人の皆さんは、私の魔力をみて……
魔族だ!魔族だ!と騒いでいるのか。
うわぁ……
周りの皆さんの疑うような視線も地味に辛いわ……。
このおじさま、どうしても私に抽選させたくないのね。
こういう雰囲気って伝染するのよね。
もう完全にアウェーじゃん!
凛桜がそっとため息をついた時だった。
急に御簾の向こうから声が聞こえた。
「そなたは我が目の前で不正を許すとでも思っておるのか?
魔族の娘の企みに気がつかないほど我は愚かか?」
まさかの陛下の発言に、周りからどよめきが起こった。
その声は一緒にすごした時の陛下とは似つかないほど尊大で
冷たい物言いだった。
「いえ、そのような事は……決して……」
ライオン獣人のおじさま達は急に狼狽しはじめた。
この人達にとって私の存在は想定外だったのだろう。
なんとしても阻止しないと……
後で侯爵にこっぴどく叱られるに違いない。
知りません、そっちの事情なんて知らないから!!
「規定にもありますが、提出書類に書かれている者ならば
抽選する権利があります。
時間も押していますし……もうこの件はよろしいですね」
一等書記官の方もそう言ってしめてくれたので
なんとか参加できるようです。
まずは引き順番を決めるくじを引いた。
私は“7”番を引きました。
あー、まだライオンのおじさまが睨んでいるよ。
もういい加減に諦めてよ。
そして目の前で魔法の壺による場所決めの抽選が始まった。
1枚カードを引くと部屋の中央に浮かんでいる
広場の見取り図にお店の名前が刻まれていく。
どうやら私のすぐ前の人が1番いい場所を引いたらしい。
「A1がでました!!」
本人ももの凄く喜んでいるし、周りの人たちも口々に羨ましいと
賛辞を送っているのはいいのよ。
が、しかし!
それ以上にあのライオン獣人のおじさまが勝ち誇ったように
頷いているのがどうにも解せない。
この人……
もしかして侯爵家が経営しているレストランのオーナーじゃないの?
凛桜はなんとなく腑に落ちなかったが
自分の順番になったので壺の前まで進み出た。
その時、前の人と入れ替わる為にすれ違ったときに
何故か相手の手が軽く自分の右手にぶつかった。
「あ、すみません」
そう言って、その人は席に戻って行った。
ふぅううう……。
深呼吸しながら魔法の壺の中を覗き込んだ。
もちろん中はただ暗い闇が広がるばかりで何も見えない。
ちょっと手を入れるのが怖いな……。
そんな事を思いながら右手を入れた瞬間
目の端に猫獣人のおじさまの顔が入って来た。
なぜか口元を上げてニィと嗤っているのが見えた。
「いっ…………っ」
何かピリッと小指辺りに熱いものが走った。
中には場所が書かれているであろうプレートが
幾重にも重なっているのを感じたのだが……。
何故か一枚のプレートが勝手に手に吸いついてきた。
(えっ、なにこれ。
私が自分の意思で掴んでないのに
この1枚が手に吸い付いて離れない)
やられた……。
魔法の壺が何も作用しないのは
壺に仕掛けられたからじゃないからだ!
私の右手に仕掛けられたからだ!!
さっきぶつかった時だ。
おそらく私が引くこの瞬間だけ魔法が発動したのだと思う。
かなり巧妙な技を仕掛けて来るじゃない!
どうしよう。
これを引いたら確実に1番駄目な場所を選んでしまう。
凛桜はそっとコウモリさんにつぶやいた。
「コウモリさん、お願い」
それだけで伝わったのだろう。
物凄く右手が熱くなってビリビリが止まらない。
これって、軽く感電しているんじゃないかな私……。
でもそのお陰でなんとかプレートを剥がすことが出来た。
そして……
感だけである1枚を引いた。
こういうのは最初の気持ちが大事!
「お願いします」
相変わらずライオン獣人のおじさま達はにやけた顔で
中央の見取り図をみている。
もう勝ちを確信しているようだった。
「ノワイエ亭、A7に決まりました」
一等書記官がそう告げるとライオン獣人のおじさまと
猫獣人のおじさまは同時に叫んだ。
「「なんだと!!」」
なぜならA7はけっこういい場所だったからだ。
Aエリアはメイン通りに立地しているので1等地だ。
お客様は必ず通る道なので集客がかなり見込める。
A1~A8の8区画があるらしい。
数字は1が1地番いい場所だ。
ど真ん中もど真ん中!!
そう考えると1等地のなかでは端だが
A7はいい場所だと思う。
Bエリアはそれより奥まった2等地だ。
B1~B8の8区画
Cエリアは広場の隅だ。
場所も狭いし、かなり奥まっている。
C1~C4の4区画。
きっとC4とかを引かせる魔法だったんじゃないかな。
証拠がないから何とも言えないけれども
かなり怪しい。
私が手を入れたとき……
一瞬だけれども御簾の向こうで陛下が席を立って
こっちを食い入るように見たのよね。
あれって、異変を感じ取ったんじゃないかな。
何はともあれ、A7ならいいよね。
なかなかのくじ運じゃない?
とにかく、結果オーライって事で!!