113.ピンチは最大のチャンス!?
田舎暮らしを始めて121日目。
いつもより遅く起きた凛桜は縁側で歯を磨いていた。
頭はボサボサでパジャマ姿のままである。
半分魂が抜けているんじゃないかくらい
ぼんやりとしながら中庭を見つめていた。
(正直疲れた……。
二度寝が許されるのなら、いますぐベッドにダイブしたい)
「…………」
シャコシャコと歯を磨く音だけが響いている……。
こんなにゆっくりと時間が流れる静かな朝は
久しぶりな気がする。
昨日はやはり午前0時をまわる位まで皆でシャカリキに
それぞれの分担の仕事をこなしていた。
最後はもう……
生きる屍状態で作業してたよ、うん……。
そして今日は大事な抽選会の日ということもあり……。
ソフィアさん達は昨晩、行きに来た方法と同じ方法で
家からノワイエ亭へと帰って行った。
その時に出来上がったおやきやくるみゆべしなど
食の祭典で売る商品も一緒に搬送したのだ。
深夜遅くにルナルド便に扮した騎士団の青年達が
新たに4人家にひっそりとやって来た。
これにあわせて騎士団全員と共に王都に帰るのだ。
騎士団の精鋭が11人もいれば、夜中の森を渡るのは
それほど難しくはないだろう。
泣いても笑っても残り時間は今日だけだ。
私はここで出来るだけ、ストックを増やせるように
今日1日は1人で料理をするつもりだった。
が、その前に大問題があったわ。
明日どうやって王都に行こうかな。
それ以上にどうやって滞在すればいいの?
いままで忙しさを理由に考えるのを拒否していたわ。
口を濯いだ後、顔を洗い身支度を整えて
キッチンへと戻ってくるとお客様がいらしてました。
「ひぃやああああああ!!」
凛桜はそんな声をあげながら軽く飛び上がった。
「朝から元気がいいな……」
何故か魔王様がダイニングテーブルに頬杖をつきながら
こちらをみていました。
「魔王さま!? 何故ここにぃ?」
そりゃ、そんな声あげちゃうでしょう。
人がいるとは思わない所に人がいるって恐怖よ!
魔王様だからよかったけれども……
よかったのか?
これが知らない人だったもう事件だから!!
いや、知っている人だったとしても事件だから!!
勝手に人様の家のキッチンに上がり込んではいけません!!
コウモリさんは……?
魔王様の肩をみたが……不在のようだ。
ですよね、常識人のコウモリさんがいたら
縁側で待機しているはず。
「…………」
そんな凛桜の何か言いたげな視線を感じたのだろう。
「あやつはちょっと野暮用でな。
もう少ししたら現れる……」
「はあ……」
もうしょうがないので……
ひとまず緑茶と抹茶クルミマフィンを魔王様にお出しした。
「ん……」
それをいつもの如く美味しいのか不味いのか
わからない表情でもくもくと食し始めた。
1つ食べ終わるとずいっとお皿を凛桜に差し出したので
また新たに違う種類の味のマフィンを2つ乗せて返した。
「今日は何故ここに?」
「…………」
魔王様は口元を少し上げながら抑揚のない声で言った。
「散歩のついでによっただけだ。
森の中が少々賑やかなのでな……」
散歩ですか……。
森の中が賑やかって
森の動物たちの大会議とか開かれてないでしょうね!?
凛桜は、先日行われたという謎の会議
“植物大会議”の事を思い出していた。
この前の王都の買い物といい。
自由か!
緩いな……魔王様……。
凛桜は魔王様の相手をする傍ら
新たなマフィン製作にとりかかっていた。
今日も1秒足りとも時間を無駄にできないのだ。
それを横目に見ながら魔王様はもくもくとマフィンを食べ続けている。
その時ふと魔王様は目を細めながら言った。
「そう言えば、明日は獣人達の祭りらしいな。
やたら王都の方面が騒がしい」
「あ!魔王様もご存じでしたか。
明日から食の祭典が始まるんですよ」
「祭りか……」
何かを思い出しているか、魔王様はフッと軽く微笑んだ。
「凛桜も参加するのか?」
「えっ?いや、私は……」
凛桜は困ったように眉尻を下げた。
「違うのか?」
「……………」
「我には1秒でも惜しいくらい……
菓子作りに精を出しているように見えるが。
それほどお前にとって食の祭典とやらは
大事なものではないのか?」
その言葉に凛桜は目を見開いたまま固まり
魔王の質問にうまく答える事ができなかった。
「大事なもの……」
凛桜は息を飲んだ。
確かに最初はただルルちゃん達を助けたかった。
何か力になれればくらいの勢いだった。
縁の下の力持ち的な感じとでもいうのか。
でも今は……私もその一員になりたい。
お客様ではなくて最前線で、仲間として戦いたいのだ!
そうか……。
ここまで頑張れたのは一緒に最後まで成し遂げたいんだ。
グロワールを獲りたいのだ!!
凛桜は意を決して魔王様にお願いしてみた。
「魔王様……実は……」
そして数分後……。
「よかろう……。
お前には借りがある。
我が力をかしてやろう」
そう言って、魔王様は赤い瞳を煌めかせて怪しく微笑んだ。
んーんん…………?
大丈夫かこれ。
契約の代償に、魂とか取られちゃう場面っぽいけど。
「クハハハハ!!
相変わらず直ぐ正直に顔にでる娘だな……。
安心しろ、我は人の魂などには興味がない」
「へっ?」
そう言って魔王様は声をあげて笑っていた。
そして数十分後……
何故か私の右肩にコウモリさんがとまっています。
「キュ……」
目が合うと可愛く返事してくれます。
可愛い……。
腹毛がモフモフ……。
つぶらな瞳もかわええ……。
思っていたよりコウモリさん軽い。
肩にほとんど負担がありません。
って、違うわ!!
なんでこんなことになった?
これって本当に正解なの?
随分端折った説明を魔王様にして……
クロノスさん達を頼らずに王都にとどまれる方法が
ないかを尋ねたら、コウモリさんを貸してくれました。
コウモリさんの意思は、完全無視ですか?
いいの?
確かあなたの右腕ですよね、コウモリさん。
「こやつを貸してやろう」
「キュ!?」
「えぇぇぇぇ!」
言われたコウモリさんも私も目を剥いた。
ただのコウモリさんではないとは思っていたけれど
この小さい身体のどこにそんな巨大な魔力が
つまっているのだろう?
魔王様曰く……
コウモリさんは魔力を扱う事にかんしては
右に出るものがいない程のスペシャリストとの事だった。
その身に膨大な魔力を蓄えているだけではなく
その魔力を使って日々魔王様の身体の循環を整えたり
魔力の枯渇を補ったりしているらしい。
だからいつも魔王様の肩にとまっていたのか。
お目付け役兼可愛さ演出じゃなかったのね。
さすがに可愛さ演出はないか……。
そんな大事な方をいとも簡単に貸してくれていいの?
というか……
コウモリさんって魔王様の弱点の1つじゃないの!?
凄い秘密を知ってしまった気分だ……。
魔王様はそんな凛桜の心境を知っているかの如く
意味深な微笑みを浮かべていた。
(大事に扱う事は承知のうえですが
この情報も胸の奥深く仕舞っておきます、はい……)
凛桜は緊張のあまりごくりと息を飲んだ。
「…………。
コウモリさんがかまわないのなら……
食の祭典の期間、ご一緒させて頂ければ幸いです……」
「ああ、いいぞ」
「キュ!」
コウモリさん自身も可愛らしく鳴いて返事をしてくれた。
ともあれ、これで王都滞在に関して心配事はなくなった。
ほっと一息をついたのも束の間
いきなり空間が軽く歪んだかと思ったら
はがきサイズくらいの赤いカードが1枚現れた。
それはそのまま凛桜の元へと飛んできて
目の前でくるくると回転していた。
「何これ?」
おそるおそる掴むとそのカードからいきなり音声が流れた。
「凛桜さん、エライことになった。
クルミを買いつけにいった者達と連絡がとれん。
王都の手前の街までの足取りは掴めとる。
恐らくその後に何か横やりがあったんやないかと思うとる。
そやから、わいが今から確かめに行って来る。
すまんが団長さん達にこのことを伝えてや」
そう言って、カードは一瞬のうちに燃え尽きた。
ルナルドさんからの緊急極秘連絡だった……。
本気かぁぁぁぁぁぁ!!
抽選会どうするの!?
きっとパパさん以外にも参加登録者は
してあるとは思うけれど……。
どうすんのさ、これ。
誰が抽選会に行くのよ?
早く知らせないと、アウトになっちゃう!
あーもう!!
今日は大量のマフィンを作る予定なのに!!
何してくれてんのよ、バカ侯爵どもが!!
凛桜は苛立たし気に髪をかき乱しながら唸った。
まさかこんなにも早くコウモリさんの力が必要に
なるとは思わなかったわ。
直ぐに凛桜はこっそりと魔王様に騎士団本部の前まで
転送してもらった。




