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110.クルミ農家のおじさん

田舎暮らしを始めて120日目。




ちょっぴり寝不足だ……。


昨日は午前0時をまわるくらいまで

ソフィアさんとおやき作りに没頭していた。


最初はルルちゃん達を含めワイワイ楽しくやっていたのだが

だんだん皆口数が少なくなり……

最後には無言になり……

もくもくとただ制作に没頭してしまったわ。


そうでもしないと間に合わないのよ。


あれから皆で会議した結果

4種類全ての味のおやきを売ることにしたわ。


老若男女が来るだろうし……

あれだけ味のバリエーションがあれば

どれか自分の好きな味にであえるのではないかという目論みだ。


そうなるとかなりの量を作らなければならないという現実が!!

結果……限界まで作り続けてしまった。


目標は1種類につき2500個ストックがあればいいかなって。

軽く言っていますけど凄い量だから……。


全部で1万個販売する予定だ。


2日間で10万人近く来る食の祭典

この数が少ないのか多いのかわからないけれども……

今の私達で作れる限界の個数だ。


夕方様子をみに、カロスさんとノアムさんが来てくれたので

角煮丼食べ放題を報酬に……

カロスさんにはひたすら野菜を刻むのを手伝って貰い

ノアムさんには、永遠にクルミを刻んで貰った。


お陰で私はおやきの皮作りに専念することができた。

実はこの作業も少し手伝って貰っちゃったりなんかして。


以外に皮づくりって体力勝負なのよね。


それなのに2人は嫌な顔を1つもしないで

快く引き受けてくれたのだ。

本当にありがとう。


帰り際2人には、せめてものお礼として……

1食分に小分けしてジップロックに入れて

冷凍しておいたカレーを20袋進呈いたしました。


おまけにナンも一緒につけてお土産として渡しました。


他にも和菓子の詰め合わせをもって帰ってもらったわ。

こんなんじゃ足りないくらいなんだけどね。

今はこれくらいしか渡せるものがないのよ。


お陰様で冷凍庫のスペースがガッツリ空いたので

そこにごっそりおやきを詰め込みました。


それくらいノアムさん達は遅くまで手伝ってくれたのだ。


明日も時間ができたら他のメンバーもつれて

手伝いに来てくれるそうだ。


ネコの手も借りたい忙しさなので、

本当に来てくれたら助かるのだけれども……

お仕事を優先させてくださいとは伝えておいた。


よし、今日は残りのおやきを包みながらも

新作クルミ料理をあとせめて2品は作りたい。


何にしよう……

気持ちばかりが焦ってしまうわ。


凛桜は紅茶を飲みながら1人ごちた。


「おはようございます、凛桜さん。

今日も早いですね」


若干眠そうに目を擦りながらもソフィアがやってきた。


「フフフ……

そういうソフィアさんも相変わらず早いですね」


2人は顔を見合わせながらくすりと笑いあった。


確かにまだ午前4時だ。

辺りはまだ薄暗い。


シュナッピーでさえ、すやすやと寝ている時間だ。


きっと神経が高ぶっているのだろう。

身体は疲れているはずなのに、あまり眠れなかった。


よくない傾向だ。

今からこの調子じゃ本番までもたなくなりそうで怖いわ。


「ソフィアさん、紅茶いりますか?」


「はい、頂きます」


凛桜は紅茶を注ぎながらそんな事を考えていた。


「そう言えば、食の祭典は何時から始まるのですか?」


「朝10時から午後5時までです」


「夜通しとかじゃなくてよかった」


凛桜はほっとした表情を浮かべた。


「昔は夜通し開催していたらしいのですが

お酒が入ると事件が多く発生しますし

店側の負担も大きいです。

なので、数十年前から時間を決めて行う事になったのだとか」


きっと今の皇帝陛下に変わった時に、開催時間や規定などが

大きく変化したのだろう。


凛桜は、キャラクターTシャツを着て嬉しそうに

餅をついている陛下の顔を思い出していた。


無邪気な可愛い人だとばかり思っていたけれども

国民を大事に思う立派な皇帝なんだな。


「店側は準備とかもありますから……

会場には8時から入場できることになっています」


「準備には時間がかかりますからね」


しばらく2人で明けてくる空をみながら

まったりとしていたのだが

思い切ってソフィアさんに聞いてみた。


「ソフィアさん。

おやきを1日目のメイン料理に据えるとして

あと1品……いや2品ほど売る気はありますか?」


そう言うとソフィアさんは軽く息を飲んだ。

そして無言のまま空を見つめていた。


その横顔を見ながら凛桜は葛藤していた。


(余計な事を言ってしまったかな

昨日からの状況を鑑みても、今でさえギリギリだよね。

2日目のメイン料理も決まっていない事だし無謀だったかな)


やがてソフィアは静かに語りだした。


「その方がいい事はわかっています。

が、クルミのストックが手に入る事さえわからない今

他の料理を売ることが出来るのでしょうか」


確かにそうだよね。

未だにパパさんから連絡は来ないし。


それどころか明日は抽選会なのに帰って来るかさえ

わからない状況なんだよね。


家にあるクルミだってあと1袋しかない今

この状況って、かなり追い詰められているよね。


ため息しか出ない状況の中……

不意に後ろからか細い声がした。


「ママ……凛桜お姉ちゃん……」


「どうしたの?」


凛桜とソフィアが同時に振り返ると

パジャマ姿のルルちゃんが困ったように

2人の顔を見つめていた。


と、ルルちゃんの横に得体の知れない物体が……

いや、知っていますがその……。


「よお、嬢ちゃん元気だったか?」


そこには柄の悪いモグラが不敵な顔で微笑んでいた。


「ボルガさん!?」


フリーゲントープのボスのボルガさん登場。


凛桜とソフィアが驚きのあまり目を剥いている事など

お構いなしに……


「なんでい、いつからここは宿になったんだ?

なんなら俺も泊めてくれよ」


そう言って、大きなお腹をポンと叩いて豪快に笑った。


「お知りあいですか?」


なんとか現実に戻れたソフィアさんがおそるおそる

ボルガを見ながら震えた声で凛桜にそう言った。


「あーうん……まあ。

こちらフリーゲントープのボスのボルガさん」


「…………っ」


本気か?


フリーゲントープって、あのフリーゲントープですか?

と言わんばかり何度も凛桜とボルガの顔を交互に

みるソフィアがいた。


まあ普通そうなるよね。

幻の種族らしいからね……。


その割にはうちの縁側や果樹園での遭遇率はかなり高いけどな!


それを柱の陰からキラキラと期待に満ちた瞳で

見ている者が1名いた。


何を隠そうユートくんだ。


すげぇ……本当にフリーゲントープっているんだ。

しかもボスだ!!


図鑑で見たのと違う!!

ボスの迫力すげぇぇぇぇぇ!!


1人興奮していたのであった。


「嬢ちゃん、駆けつけ1杯!久保田くれよ」


「…………」


この飲兵衛が!!

うちは酒処じゃないっていっているでしょうが。


凛桜はジト目でボルガをみていた。


「そんな顔すんなって!

今日は嬢ちゃんに土産を持ってきたんだ」


「土産?」


凛桜は訝し気にボルガを見下ろした。


「これ、嬢ちゃん達が探しているもんだろ」


そう言って……

ボルガはワイン樽くらいある大きな皮袋2つを指さした。

何かがパンパンに詰まっているようだった。


どうやってこれを持ってきたの?

あなたの身体の何倍もある大きさですが!?


「何これ?」


「いいから開けてみな」


凛桜がしぶしぶその袋を開けてみると

なんとそこには大量のクルミが入っていた。


「これ……どうしたの!?」


その声にソフィアさんもルルちゃんもユートくんまでもが

駆けてきて袋の中身を覗き込んだ。


「クルミだ!!」


「すごい、モグラのおじちゃんが持ってきてくれたの?」


ルルちゃんは尊敬の眼差しをボルガに注いでいた。


「まあな、俺にかかればこんなの朝飯前よ」


そう言ってドヤ顔で踏ん反りかえっていた。


「でもどうしてクルミの事を?」


「あのユキヒョウの団長のあんちゃんに……

あ、やべぇ、これは言っちゃいけねぇ事だった」


そう言って、急に狼狽えるボルガ。


クロノスさんがボルガさんに頼んでくれたんだ……。

凛桜は心の中がじんわり暖かくなるのを感じていた。


最近は会えなくて寂しいな……

なんて密かに思っていたが

忙しいのにちゃんとこちらの事も気にかけてくれていたんだね。


「やっちまった……!!

内緒にしてくれって言われてたのによぉ」


頭を抱えながらボルガは縁側の中央で右往左往していた。


「ウフフ……

何も聞いていないわよ、ね、皆」


「うん、ルルなにも聞いていないよ」


ソフィアさんもユートくんも悪戯っ子のような笑顔で

同意するように頷いていた。



凛桜はさっそく蔵から久保田をはじめ……

銘酒と呼ばれる日本酒の瓶を数本持ってくると

それらをボルガの前に並べて置いた。


「本当にありがとう。

凄く助かったわ、かなりクルミ不足で困っていたの。

どうぞこれをお納めください」


「うむ、これが袖の下ってやつだな。

くるしゅうない!」


「いや、違うから」


凛桜は真顔でツッコんだ。


相変わらず時代劇にかぶれているな、このおっさん。


「まあ、クルミならばいくらでも用意できるぜ」


そういってクイッと冷酒を飲み干した。


()()()()()()()()()、クルミ作っている人なの?」


無邪気にルルちゃんがそう質問していた。


あのフリーゲントープのボスをおじちゃん呼ばわり!

ルルちゃん、あなたはやっぱり大物だよ。


横でユートくんとソフィアさんが目をしろくろさせているわ。


「クルミ農家じゃねぇ。

だが、あらゆる事を俺は可能にできる男だぜ!」


幼子相手にドヤ顔決めてどうする!

このモグラは全く……。


「凄いんだね、おじちゃん」


「まあな……」


なんかよくわからないけれど、助かったわ。


これで新作クルミ料理の試作品を作っても

おつりがくるくらいの量は確保できた。


あとはパパさんのクルミが無事に手に入れば

2日間をなんとか乗り切れると思う。


ボルガはその後、ルルちゃんにお酌をしてもらい

いい気分のままご機嫌で帰って行った。


「凛桜さんってやっぱり最強ですね。

まさかあのフリーゲントープのボスと友達だなんて」


何故かユートくんから尊敬と憧れの眼差しを頂きました。


えっ?何か激しく誤解しているよ少年!!


とは言えず……

ただ一言“ありがとう”

と返す事しかできないヘタレですわ、うん。


さ~て、気を取り直して……

クルミ料理……何にしようかな?



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