11.何気ない日常だと信じたい……
田舎暮らしを始めて9日目。
この日は何故か誰も訪ねてこなかった。
黒豆達と遊んだり……
畑の草取りをしたりして、平和な日々を過ごした。
夕方……雨戸を閉めようと縁側に行くと
籠に入ったリンゴがドーンとおいてあった。
周りに微かに七色に光る小さい鱗が落ちていた。
「…………」
白蛇ちゃん、いつの間に来たんだろう。
顔を見せてくれてもいいのに……。
お礼に卵をふんだんに使ったパウンドケーキを
5本ほどいれて庭先に置いておいた。
次の日の朝なくなっていたので取りにきたのだろう。
大きな鱗一枚と光る宝石が数個葉っぱの上に置いてあった。
巨大白蛇さんが来たもようです。
この宝石貰ってもいいのかな……。
どう見ても、ルビーやらサファイアに見えるんだよね。
どんだけ高いパウンドケーキなんだよ、って話……。
田舎暮らしを始めて10日目。
クロノスさんだけでもうざい……
コホン……大変なのに……。
部下の“カロス”さんと“ノアム”さんが
新たなメンバーとして加わってしまった。
あの調子だとまたやってくるに違いない。
第一騎士団いいのかあれで?
第一というくらいだからエリートだよね。
団長はすぐサボってこの家にご飯食べにくるし
部下もしかりだ……。
何度も言うけどうちはただの民家だから。
定食屋ではありません!!
どうか国の為に真面目に働いてください。
田舎暮らしを始めて11日目。
畑でトマトときゅうりに水をやっていると急に空が曇りだした。
風も強く吹き始める始末だ。
おっ、一雨来るかしら。
せっかく水をやったのに……なんか悔しい。
そう思いながら農具を小屋にしまい、黒豆達を呼んで
縁側から家に入ろうとした時にそれは現れた。
何故か巨大な黒い雨雲が庭の真ん中だけにかかり
雷鳴が轟き、巨大な竜巻のようなものが発生した。
えっええええっ?
ピンポイントすぎませんか……。
何故にうちの中庭なの……。
二匹のワンコをぎゅっと抱きながらその様子を見ていると
その竜巻の中から一人の男が現れた。
と、同時に黒い雨雲も雷鳴も竜巻も一瞬のうちに消えた。
黒髪の長髪で燃えるような赤い瞳の男だった。
その表情は冷たいが……凛とした
彫刻のような均整の取れた美しい顔の男だった。
頭の上にはぐるりと丸く渦巻いた角のようなものが
左右についているのが見える。
羊の獣人さんにしては、禍々しいし迫力ありすぎる。
全身真っ黒なローブのようなものをきており
片方の耳には紫水晶のピアスのようなものが揺れていた。
肩に小さなコウモリだろうか……
一匹とまっているのもみえた。
また何か来たぁぁぁぁ…………。
固唾をのんで見守っているとその男が呟いた。
「ブルームーンはいるか?」
地の底から響くような魅惑の低音ボイスだ。
「…………」
ブルームーン?
えっ?なに?どういう事……。
凛桜の表情で悟ったのだろう、その男はまた口を開いた。
「ここはブルームーンの家だろう?
やつはいるのかと聞いている」
ブルームーン。
蒼=ブルー 月=ムーン。
もしかしてじいちゃんの事か!?
じいちゃん……自分の事ブルームーンって紹介してたのか。
何その中二病みたいなネーミングセンス。
死人にムチ打って失礼だけど、じいちゃんネームセンスないな。
「じいちゃん……じゃなくて……。
祖父はつい最近他界しました」
そう告げると男は一瞬目を見開いてから静かに息をはいた。
「そうか……残念だ。
人間の寿命は確か100年ほどだったな……」
そう言って何かを思い出すかのように
黙って遠い空の彼方をみつめていた。
その瞳は、心なし寂しげにみえた。
そのまましばらく5分程が経過した。
帰る様子もないし、動く気配もない……。
黒豆達もその男の異様なまでの雰囲気に怯えて
凛桜の腕の中で震えている。
また大物来ちゃった感じがするな。
埒があかないので、もうど直球にきいてみることにした。
「あの……失礼ですが……。
どちらさまでしょうか」
「我か……。
名前は特にないのだが……
獣人どもは我の事を“魔王”と呼ぶ」
その男は目を細めながらさらりとそう言った。
魔王ね…………。
はいっっっっ!?
魔王とな……。魔王ってあの魔王?
驚きすぎて口から心臓が出そうなくらいの勢いです。
とりあえず、もう少し突っ込んでみたいと思います。
「祖父と何かお約束でもありましたか?」
「いや……。
この前の将棋の続きをと思ってな、寄ってみたまでだ」
じいちゃん魔王と将棋をさしていたの!?
えっ、どういう経緯でこんな大物と友達になるかなぁ。
ヤバい人だとは思っていたけど……
将棋友達が魔王か……。
負けたら魂とか取られちゃったりするのかなぁ。
「クス…………。
簡単に魂など取らんぞ……」
そう言って魔王は妖しく口元を歪ませた。
えっ?考えている事がわかるの?
凛桜は赤くなったり青くなったりしていた。
「ククククク……。面白い娘だ……。
流石の我も人の心はよめん。
お前の表情がわかりやすいだけだ」
「はぁ……」
「ところで、お前はブルームーンの娘か?」
「孫になります。
蒼月凛桜と申します」
「孫か……。
そう言われてみると、目元の辺りが似ているな」
そんな折、台所からタイマー音が響いた。
(あっ!ビーフシチューを煮込んでいたんだった)
「魔王様、よかったらビーフシチューを召し上がりますか?」
家のダイニングテーブルに魔王が座っている。
赤ワインを飲みながら、黙々とビーフシチューを食している。
「お口にあいますでしょうか?」
ドキドキしながら聞いてみた。
「あぁ……うまい……」
そういって微かに微笑んだ。
「コウモリさんには、ぶどうと梨を剥いたのですが」
食べやすく小さくきって、ガラスの器に盛りつけた
フルーツをだしてみた。
「こやつにも気を配ってくれるのか、礼を言う」
コウモリも嬉しそうにフルーツを齧った。
可愛いな……。
顔がきつねみたいで耳が小さくてふさふさしている。
きっとフルーツコウモリの種類だと思うんだよね。
じいちゃんとの思い出話をぽつりぽつりとだが
話しながら穏やかな時間が流れた。
「馳走になった。
久しぶりに料理というものを味わった。
200年ぶりくらいになろうか……」
そんなにぶりですか……。
「ところでここは……」
「普通の民家です、レストランやご飯屋ではありません!!」
凛桜は食い気味に否定をした。
「そ……そうか……」
魔王もびっくりなくらいの勢いだったらしい。
「他の料理も食してみたいくらい旨かったのだが……
店ではないのか……。
凛桜の住まいであったか……」
「…………」
肩のコウモリまでもがしょんぼりしているのは気のせいだろうか。
「こんなものでよかったら、また作ります」
もうそう言うしかなかった。
「そうか……恩にきる。
礼に今度は我が城に招待しよう、では……」
いいえ、お気持ちだけでケッコウデス。
凛桜は遠い目になった。
「あ、魔王様……これお土産です。
今夜も祖父と晩酌をしてやってください」
バスケットの中に、おつまみセットを入れた。
中身は、端麗辛口の日本酒を2本。
瓶詰の塩辛、からすみ、牡蠣のオイル漬け、クラッカーだ。
おまけにぶどうと桃も入れておいた。
じいちゃんと将棋をさしながら、よく二人で晩酌していたらしい。
魔王様は中身をみると優しく目を細めた。
「わかった……」
そう言って、闇の中へ溶けるように消えていった。