107.小さな大冒険
田舎暮らしを始めて117日目。
凛桜は朝からおやきを1人で食べていた。
何故なら、ソフィアさん達が昨日うちに来なかったからだ。
思いがけないことが起きていたのよねぇ。
昨日の夕方の事なんだけれども……
おやきがちょうど焼き上がった頃だったかな
狼獣人の青年とサイ獣人の青年がやってきた。
この2人はかなりの頻度で家に来るから
顔は覚えたよ!
名前はいまだに知らないけれどもね。
そのせいか、シュナッピーもそんなに絡まなくなったので
平和的にうちの中庭に入れる貴重な人達だ。
クロノスさんの緊急の使いとして来たらしく
息を切らしていた。
どうやらイレギュラーな事が起こったみたい。
2人の顔つきが真剣みを帯びていた。
結論から言うと……
侯爵の手先であろうハイエナ獣人とその一味が
常にノワイエ亭を見張っており……
ソフィアさん達が家から出るのが難しいらしい。
常に一家の行動を見張っているのだ。
隙があったら何か仕掛けるつもりなのだろうか?
懲りない人達だな。
よっぽど報酬がいいのだろうか?
もう諦めてくれないかな……。
本当はクロノスさんが自ら迎えに行って
家に送ってくる予定だった。
が、それを行ってしまうとクロノスさんがノワイエ亭に
何らかの関わりがあることを示してしまうので
急遽取りやめにしたとの事だった。
カロスさんやノアムさんも顔を知られている為に
同様に接触するのが困難らしい。
そこで、まずはリス獣人の団員がパパさんのふりをして
帰宅をして、中にいる一家に現状とこれからの段取りを
説明してからひとりずつ入れ替えを行う事にしたそうだ。
ずばり“替え玉作戦”だ。
相手はまだそれほど一家の事をわかっていないらしく
背格好が似ていればごまかせるのではないかという
結論に至ったらしい。
こちらがいうことじゃないけれど……
そんな適当でいいのかい?
侯爵様チームよ……。
高いお金を払って、あのハイエナ獣人達に
依頼しているのではないのかい?
あの執事さんは切れ者だという触れ込みだけれども
本当にそうなのだろうかというくらい杜撰だな。
情報って一番大事なものじゃないのかい?
まあ、要はうちに無事にたどり着くまでの間
相手の目を欺けられればいいのだ。
たとえ森の中までつけられたとしても……
恐らく色々な意味でうちを発見出来ないと思う。
しかし、森の中に入ったという事実を知られる事を
クロノスさんが極端に嫌がったそうだ。
相手は腐っても侯爵、それに国でも名の知られた商人
どんな飛び道具や人脈をもっているかわからない。
万が一森の中でうちを発見されるような事があったらと思うと
自分が許せないので、万全を期したいそうだ。
そう告げた狼獣人の青年とサイ獣人の青年が
“相変わらず団長に愛されてますね”くらいのしたり顔を
浮かべていた事がちょっとイラッとしたけれども……。
軽くスルーしてやったわ。
むしろ、そうですがそれが何かくらいの顔をしたと思う。
私もこの手の事に打たれ強くなりました、ハイ。
お土産に出来立てほやほやのおやきを
あげようかと思ったけど……
そんな感じならば、もうあげないからね!
ん……んん、話を戻しますが……
本物のパパさんはキツネ便がその後に店にやってきて
荷物として運び出し、無事に買い出しの旅に出たそうだ。
パパさんがクルミの買いつけに行ったことは
1番相手方に知られてはいけない情報だ。
また再びお金や権力を使って先回りされて
クルミや材料を買占めされたら堪らないからね。
でもそこはさすがルナルドさん!
全く気付かれないまま買い付け組一行は
王都を無事に出たらしい。
昨日はそれが精一杯だったそうだ。
今日は、午後にルルちゃん達を家に連れてくる
予定が組まれている。
替え玉になれる子供のリス獣人のあてはあるのか?
と聞いたところ……
今入れ替わっているリス獣人の団員の兄妹が来てくれるらしい。
少しばかりルルちゃん達よりお兄さんとお姉さんなのだが
すでに将来騎士団入りを有望されているリスちゃん達らしく
魔法と剣術に長けているそうだ。
獣人さんはそんな幼いころから鍛錬をしているのね。
ソフィアさん役には、女性騎士団に所属している方が
替え玉になってくれるとの事だった。
因みにその方は、パパさん役の方の恋人らしいので
夫婦の予行練習になると言って、喜んで引き受けてくれたらしい。
夫婦の予行練習……
リス獣人の青年よ……
もう彼女さんから完全にロックオンされてるよ!
結婚したら、ご一報ください。
何か美味しいものでもお送りいたします。
冗談は置いておいて、ルルちゃん達の無事を祈るしかないわ。
まあそんな感じで……
狼獣人の青年達はそう告げると帰っていったのよ。
もちろんおやきのお土産はあげたわよ。
顔は真剣みを帯びてはいたけれども……
視線はおやきにくぎづけだったからね。
獣人さんだから、現物を見るより先に
匂いで既にやられていたかもしれない。
2人は、“いただけません!団長に叱られます”と
口では言ってはいたけれど、盛大に尻尾を振っていたからね。
獣耳もヒコーキ耳になっていたしね。
どれだけ嬉しいのさ。
「これは食の祭典の試作品だから、こっそり食べてね。
他の団員の人には内緒よ、約束できる?」
そう言って、2人におやきを5つずつあげたわ。
すると2人はコックリと頷くと、胸に手を当てながら
「墓場までもっていきます」って。
そこまで誓わなくてもいいけれど……
それくらいの勢いでお願いいたします。
後は、シーチキンおにぎりをと鮭おにぎりを20個ずつ。
からあげと卵焼きをバスケットにたくさんつめて渡したわ。
クロノスさん達用に軽い夕食にと作っておいたのだ。
流石に私1人では食べられる量じゃない。
2人はそれらを受け取ると満面の笑みで帰って行ったわよ。
その後、風の噂で聞いたところ……
騎士団宿舎に入る前にお土産をノアムさんに見つかり
没収されそうになったのだとか。
それを阻止する為に狼獣人の青年達は立ち上がり
ノアムさんVS騎士団員とのバトルになったのだとか。
結果、ノアムさんはカロスさんに叱られ
おにぎりとおかずたちは無事に騎士団員のお腹の中に納まったそうだ。
「ずるいっス、俺も凛桜さんのおにぎり喰いたかったッス」
そう言いながら……
涙目のノアムさんはカロスさんに引きずられ
騎士団本館の中に消えて行ったらしい。
あれはさらに団長に叱られるな
と、残りの団員達は気の毒にと思いながら……
その場で全員が合掌をおこない見送ったのだとか。
カロスさんは、やっぱり最強だな。
ノアムさんは、相変わらずやんちゃと言うか。
でも本当にいいバランスだよ、カロスさんとノアムさんは。
だからクロノスさんもあの2人を右腕として
信用をおいているのだと思う。
そんなこんなんで、ルルちゃん達はその日の午後に
無事にうちへとやってきました。
その方法が斬新だった。
クロノスさんの部下のトラ獣人の青年とシカ獣人の青年が
“ルナルド便の荷物を預かってきました!”
と、大きな木箱を1つ運んできた時には何事かと思いましたよ。
箱の横側面に大きなリンゴのマークが書いてあったのよ。
あれ?私……
間違ってルナルドさんにリンゴを大量発注しちゃったかしら?
それをなぜ騎士団の青年達がうちに?
今思うと、もうそこからおかしかったのよね。
でもその時の私は軽く狼狽えていたから思考が
どんどんおかしな方向へ向かっちゃった訳。
魔法の土の発注番号を間違えた?
それくらいしか思い当たることがないわ……。
現実世界でもやらかしたことあるからな。
頼んでもいない“手作りどら焼きセット”が届いて
えっ?ん? えっっっっええ?
ディフューザー頼んだつもりなんだけど
どこでどら焼きに変化したのよ!?
と、なったことを思い出したわ。
よくよく調べてみたら、発注番号の下一桁を間違えて
入力しちゃったのよね。
完全に私の凡ミスだったわ。
どら焼きだったからよかったようなものの
全く使わない物だったら、泣いていたわよ。
それと同じ事をまさか異世界でもやらかした!?
と、頭を抱えそうになった時に
いきなり箱からルルちゃん達が飛び出してきたからね。
それはそれで2度びっくりだったよ!!
私を驚かせるために、いきなり箱から飛び出す算段を
騎士団の青年とルルちゃん達で密かにしていたらしい。
予想通り、かなり驚きましたよ、うん。
あのシュナッピーでさえビクッとなっていたからね。
ルルちゃん達は怪しまれない為に通常通りに学校へ行き
2限だけ授業を受けたんだって。
その後に学校内で荷物として箱に入れられて
ルナルド便を使って、王都を脱出したのだとか。
それはそれは冒険みたいでとっても楽しかったらしい。
「ルルね、学校をでるまで喋ったらいけないって
言われていたから、すっごく頑張って静かにしてたの」
そういいながら、ドヤ顔でマドレーヌを頬張っているよ。
「………………」
お兄ちゃんのユートくんは、狭くて暗い木箱の中が
ちょっぴり苦手だったらしく……
ルルちゃんとは対照的にかなりぐったりとしていた。
やっぱりいざという時は、女子の方が肝が据わっているよね。
黒豆を抱きしめながら、ソファーの上で丸くなっている
ユートくんにタオルケットをかけながらそっと優しく頭を撫でた。
照れているのかそっぽを向いているが……
気持ち良さそうなので、そのまま撫で続けた。
庭の方からは、キャーキャー楽しそうな声が聞こえるから
ルルちゃんの方は大丈夫だと思う。
今夜は、ママもパパも居ないけれども
きなこ達やシュナッピーもいるから安心して寛いでね。