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104.そこまでする?

田舎暮らしを始めて110日目の更に続き。




「ああもう、何かこう……誰も文句のつけようのない

いい解決策はないっスかね!!」


ノアムが苛立たし気に髪をかき混ぜながら唸った。


クロノス達も同じように思っていたが

今のところ何も妙案が浮かんでないらしく……

ピタリと口を噤んでいた。


誰もが納得できる状態……

その上で公平な結果……。

貴族でさえおいそれと手を出せない状態……。


凛桜の頭の中で1つずつパズルのピースがカチッと

はまっていく要領で、何か答えが見えそうだった。


「あ!そうか……」


その手があったじゃない!

何も難しい事を考えなくても、目の前に答えはあったわ。


「クロノスさん、私、答えがわかった気がします」


「え?」


3人は驚いた顔で凛桜を見た。


「何も難しく考えることはないのです。

ようは、ノワイエ亭が食の祭典でぶっちぎりの1位を獲って

“グロワール”を頂いちゃえばいいのです」


「「「はっ?」」」


3人は同時に首を傾げた。


「グロワールって、皇帝陛下が認めたお店って事でしょ。

それならば、たとえ侯爵様でも手は出しにくいよね」


「確かに、最終判断は皇帝陛下や特別審査員の試食で

評価が決まるものだが……」


「それに、もっとも最強なのが……

国民の総票で上位3位までのお店って選出されるよね」


「そうッスね。

もう今からどの店に投票しようか?

あの店が優勝するんじゃないかとか……

騎士団の中でも既に、激熱な議論が飛び交っているッス」


「そんな国民の熱い思いで決まったお店を無理やり権力で

どうこうしようなんかしたら、世間が放っておかないよね」


「なるほどな……」


「そうッスね」


「世間を味方につけるんですね」


「そうよ、世論ほど力があるものはないのよ」


だから間違った使い方や誤った情報が流れると

怖い反面もあるけれど……

いい方向に作用すれば、最強な追い風になるはず!


凛桜はちょっぴり悪い顔で微笑んでいた。


「其の為には、綿密な計画と皆さんの協力がいるのよ。

よ~し、明日から忙しくなるぞー」


「凛桜さん、やるきッスね」


「そうだな」


「頼もしいですね」


そんな凛桜を微笑ましく見つめる3人がいた。




田舎暮らしを始めて111日目。




凛桜はクロノスに迎えに来てもらい

ノワイエ亭へと赴いていた。


ちょうどランチ営業が終わったのだろう。

ソフィアさんがメニューの看板らしきものを

お店の中に仕舞っている最中だった。


「こんにちは!」


「凛桜さん!

それに侯爵様まで、どうなされたのですか?」


まさかの人物の登場に、驚きを隠せない様子だった。


「あれから心配になって来ちゃった」


凛桜がそう言うと……

獣耳と尻尾がしゅんと下に下がり

若干涙ぐんでいるようだった。


「ありがとうございます……」


震える声で絞り出すように呟くと

ソフィアはそのまま凛桜の手をぎゅっと握った。


よく見ると、目の下にはうっすらとクマが出来ており

尻尾の毛並みもあまりよくないようだった。


「…………」


「ここでは何ですから、中へどうぞ」


2人は促されるようにお店の中へと入った。


厨房ではランチ営業の後片付けをしているのだろう

旦那さんが食器を洗っていた。


「ソフィア、お客さんか?

今日の日替わりなら、なんとか出せるぞ?」


そんな声が厨房の中から聞こえてきた。


「違うの、ランチのお客様じゃないわ。

侯爵様と凛桜さんが心配して来てくださったの」


「えっ?」


旦那さんは泡塗れの手のまま、厨房から慌てて飛び出してきた。



改めて、リス獣人夫妻から今の状況を聞くために

凛桜達は、テーブルを挟んで向かいに座った。


2人の顔色からして、あまりよろしくない状況なのだという事が

ひしひし伝わって来ていた。


「あれから何かやつらは言ってきたか?」


クロノスがそう問うと、2人は目を見合わせたあと

静かに語りだした。


「直接何かをされた訳ではありません。

ただ……うちの商品の要、“クルミ”が手に入らなくなりました」


リス獣人の旦那さんが悔しそうに唇を噛んだ。


どうやら、いつも2人が仕入れに行っている穀物問屋から

わざわざクルミを買い占めた貴族がいたらしい。


しかも、この辺り一帯の商店や小さな雑貨店まで

すべての店のクルミが今、品薄状態だというのだ。


「こんな事は、初めてです。

考えたくはありませんが、何か大きな力が働いたとしか

思えません……。

しかしあの方がやったという証拠もありませんし……」


ソフィアさんは、悲しそうに目を伏せた。


いや、絶対やったよね、あのバカ息子貴族!!

完全にクロでしょ!!


凛桜は、激しく憤っていた。


急にその日のうちに、この一帯からクルミが

ごっそりなくなるなんてありえないでしょう!


口を開いたら、あらゆる罵詈雑言を言ってしまいそうだったので

あえてグッと堪えて飲み込んだ。


「…………」


「正当に取引をしただけだと言われたら。

こちらは何も言えません……」


「確かにな……。

窃盗でもないかぎり、お金を払って商品を買ったのなら

文句をつけることはできないだろう」


クロノスも苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


「若干のクルミの蓄えはありますので……

なんとか今週末までは、お店の営業は続けられるのですが

問題はその後なのです」


「というと?」


「食の祭典に出品するためには

新作料理を出さないといけないんです。

その為に、来週1週間はお店を休業して

新作のクルミ料理の試作品を作る予定でした。

しかし、それに使用するクルミがありません」


わー、マジか……。

絶体絶命じゃん……。


「これでは、食の祭典に出場できるかどうかさえ

危ぶまれます……」


かなり落胆しているのがみてとれる。


「どうにかクルミが手にはいらないかな?

となり街に買いに行くとか?

少し離れた地域とかで売っていたりしないのかな?」


凛桜がそう問うと、リス獣人夫妻は悲し気に首を振った。


「近隣の街もすべてないそうです……。

それ以上遠くに買いに行くとなるとお金の方がついていきません」


「そうか……」


信じられないくらいの根回しだな。

噂の執事は、それだけ切れ者ということか。


「他の素材で代用することはできないのか?

パニャーナやクルッコなども使えそうだが……」


クロノスが何気なくそう言うと……

リス獣人の夫婦は揃って首を横にふった。


「うちは“クルミ料理専門店”です。

その事に誇りを持っていますし、それを認められて

20店舗の中に選ばれたと自負しております。

クルミ料理以外でエントリーするなんて考えられません」


引き締められた表情の旦那さんが、決意のこもった声色で

きっぱりとそう答えた。


「そうだったな。

クルミこそがこの店の命だったな。

失礼な事を言ったな、すまない」


クロノスが頭を軽く下げると、リス獣人の夫婦は息を飲んだ。


かなり高位の貴族が、自分たちに頭を下げた。

そのありえない光景に頭がついていかなかったのだろう。

2人の動きが一瞬止まった。


が、みるみるうちに表情が真っ青になり……

獣耳と尻尾がこれでもかと後ろにへにょっと下がった。


そして、声を震わせながらクロノスに、深く頭を下げた。


「侯爵様、こちらこそ失礼いたしました。

私達のようなものに、そう簡単に頭を下げてはいけません。

それに、心配してくださった故の発言だとわかっております

なにも侯爵様が私たちに謝って頂くことはございません」


かなり狼狽えた2人がそこにいた。


「いや、信念を持った者に対して、軽率な発言だった。

そこには、()()()()()()()()()

明らかに俺の失言だった」


「侯爵様……」


2人はクロノスの優しさに、更に衝撃を受けた顔になり

信じられない様子でその場で硬直していた。


ノアムさんが言っていた通りだな。

身分差って根深いのねぇ……。


下の者は、上の者に意見すら言えないの?


クロノスさんは、権力をかざすような事が嫌いな人だけれども

大半の貴族は、自分たちが偉いと思っていて

思った事は何でも叶うと本気で思っているのだと思う。


そんな考えの人達がある日急におしかけてきて

お前の店をよこせや、くらいの勢いで来られたら怖いわ!


それに抵抗するって、かなりの勇気と精神力がいるよね。


そりゃあ、やつれて毛並みも悪くなるわ……。

せっかく可愛らしいモフモフのリス尻尾なのに!


凛桜は改めて、2人の苦労をしみじみと感じていた。



と、そこに明るい声が響いた。


「ただいま~」


「お腹空いた!今日のおやつは何?」


どうやらルルちゃんとユートくんが学校から帰ってきたみたいだ。


「ちわッス」


その後ろから、更に聞いたことある声が聞こえてきた。


「ノアムさん!?」


「おうぁ、凛桜さん?

それに団長までなんでここにいるっスか?」


大きな目を見開きながらノアムさんが

ルルちゃんを抱っこしながらお店の中に入ってきた。


「それはこっちのセリフだ」


どういうことなのか説明を求むとクロノスさんが

ノアムさんに目くばせをしていた。


「さっき、そこの角でばったり会ったッス。

その時にまあ色々あったんで……

この店まで()()()()()()ッス」


ノアムはつとめて明るくそう答えたが

内容がよろしくない……。


「…………!!」


予想外の言葉に、凛桜達は顔を見合わせた。




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