102.通りすがりの……
田舎暮らしを始めて110日目。
「ご飯出来ましたよ」
「は~い」
「はい」
「ッス!!」
「おう」
「キュ!」
家の各所から様々な返事が返ってくる。
そう……
凛桜は朝早くからフル回転でご飯を作っていた。
いや、作らざる得ない状況とでもいうのだろうか……。
台所のスペースには至る所に、小鉢やお皿が並べられ
3つあるコンロはすべて稼働していた。
もはや民宿レベルの量です!!
うちは定食屋から民宿にレベルアップした模様です。
しつこいようですが、もう1度言います。
うちは定食屋でも民宿でもありません。
ただの民家ですから!!
そういうレベルアップは、本当にいらないから。
なんなら、魔法とか使えるようにしてくれませんかね?
凛桜はこっそりため息をつきながら、お味噌汁の味をみながら
油揚げを刻んでいた。
そんな凛桜の忙しさを目の当たりにしたからだろうか
いつものコンビが縁側から急いで上がってきた。
そして、当たり前のようにお皿や箸やコップを並べ
果ては冷蔵庫の中からドレッシングなど取り出して
準備を手伝ってくれている。
「…………」
なんかもう、手際が良すぎる……
慣れ過ぎているというか
勝手知ったる家とでもいうのか?
「醤油はたしかここっスよね」
「あ、うんそう……」
「あっ……
もうすぐ醤油がなくなりそうなので
新しいものを補充しておきます」
そう言って、別の方が上の棚から取り出してくれています。
備蓄している場所まで、把握されていたとは!!
もはやつっこむ気力もないわ。
その中で1人だけ、少しけだるそうな顔でダイニングの椅子に
シレっと腰かけている方がいますが……。
あの方はそれでいいのだ。
むしろ率先して手伝いなどしてくれようもんなら
天地がひっくり返るだろう。
そう、いわずもがな魔王様です。
あさから色気が駄々洩れの御仁です……。
何故こうなったかと言いますと
昨日の夕方の事です。
クロノスさんとレオナさんが往来で凛桜争奪戦を
繰り広げていた時の事だった。
長引きそうだったので、近くにあるベンチに腰かけて
きなこ達とともに、暮れゆく空を眺めていたのだが……
ふと……凛桜の目の前に大きな影が落ちた。
「ん?」
「こんなところで出会うなんて奇遇だな」
「キュ!!」
その男は相変わらず闇に溶けてしまいそうな
漆黒を纏いながらも、愁いを帯びた深紅の瞳が
凛桜をとらえていた。
「魔王様?なぜこちらに?」
ここ城下町ですよ。
街を攻め落としに空から舞い降りてきたのならいざ知らず
普通の往来に魔王様だと!?
凛桜が驚いて目を見開いていると、その言葉に
苦笑しながら魔王様は口角をフッとあげた。
「日用品を買いに……そこまでな……」
顎で斜め後ろの雑貨店らしき店を指し示していた。
えっ?
なんですと?
ただの通りすがりの魔王です!
買い物の最中です!
くらいの勢いで言われても……。
その前に、日用品を魔王様自ら買いに来るの!?
そう言うのはしもべの方がなさるのでは?
きっと魔物でも人型の方もいるでしょうに……。
疑問で頭がいっぱいになりそうだったが
ひとまずへらりっと微笑んでおいた。
かなりぎこちない顔だったのかもしれない。
と、何にツボったのか?
魔王様は肩を震わせて静かに笑っていた。
「クククク……
相変わらず正直な人だ」
えっ?
思っていたことが全部顔に出ていたかしら。
だって、魔王様がティッシュとか洗剤とかを
吟味している絵がどうしても浮かばないんだもの……。
今度は急に狼狽えだす凛桜をみて
魔王様は、ついに吹き出してしまった。
「クハハハハハ……。
先ほどの事は冗談だ。
いや、遠からず、近からずというところだろうか」
「キュ!」
コウモリさんが元気よく、魔王様の肩の上で鳴いた。
「…………?」
「こやつが食する果実を買いに来た。
魔王城の庭には、食せる果実は実らないからな」
「そうですか……」
土壌の問題?
それとも空気?
確か…天空の城だよね、魔王城。
またもや凛桜の頭の中に、オドロオドロしい木の実が
たわわになっている絵が浮かんだ。
怖っ……。
牙とかがついていたり、成分が猛毒でできているとか
危険度MAXの果実しか思い浮かばない……。
色とかも凄い毒々しい感じでさぁ……。
触ったら駄目!危険なやつ。
逆にこちらが捕食されそうだ……。
そんな凛桜の表情をみて、目を細めながら更に口角をあげていた
魔王様であったが……。
「ところで、凛桜はなにをしているのだ?
なにやら肉食獣の争いに巻き込まれているようだが」
クロノス達をちらっと横目でみながら
不思議そうな顔をしていた。
その当の本人達は、エキサイトしているからだろうか
まだ魔王様の存在には気がついていないようだ。
「まぁ、それこそ遠からず近からずってところです」
凛桜は半笑いを浮かべながら、どうしてこうなったのかを
ざっくりと事情を説明した。
「なるほどな……
人の世界の理は難儀なものなのだな……」
「そうですね」
魔族は力が全てだからな。
奪い奪われあいだから、シンプルに決着がつくよね。
「で、凛桜はどうしたいのだ?」
深紅の瞳が凛桜を見つめていた。
「…………。
今日中には、問題が解決するわけもないので
できれば家に帰りたいです」
そもそも、侯爵家に泊まるなんて
色々な意味で無理だわ……。
お風呂とか寝るときとかどうするのよ。
もしお風呂の最中に、中庭へ強制送還の力が働いたら
私……全裸で家に戻ることになるよ!!
無理……。
怖すぎて無理だわ……。
シュナッピーもドン引きだよ
そんな姿で私が現れたら。
ずっとクロノスさんもしくはレオナさんと一緒にいると
いう訳にいかないじゃない?
特にレオナさんは、ああ見えても男性ですからね!
(はぁ、気が重い……)
凛桜は、空を見上げた。
(あっ!一番星見つけた。
異世界の夜空も奇麗だな……。
流れ星がギュンギュン流れている)
大型流星群が来ているのだろうか
10秒に1回くらいの割合で流れ星が連続で流れていた。
「………………。
流れ過ぎじゃないか?
お願い事叶いまくりのレベルだよ?」
(どうか、無事にお家に帰れますように!)
いかん、本気で気持ちが逃避行しそうになった。
そんな中……
相変わらず2人は、自分の家に泊めるのだと言ってきかない。
「…………」
まあ……クロノスさん達が言っている事も理解できる。
おそらく夜の森は、かなり危険なのだろう。
私は戦う術がない。
クロノスさん達は自分たちで己の身を守れるが
私を庇いながら、無事に森を抜けられるかは保証がないしね。
私がクロノスさんの力が及ばない所まで離れて
強制の力を使って帰るという事もできるけれど……。
万が一、無事に中庭に戻れなかったら怖いしな……。
距離がかなりあるからな、王都と家の中庭って。
しばらく魔王様は黙っていたが……
何を思ったのか、クロノス達の元へ赴くと
2人をそのまま光る縄で拘束した。
「へ?」
「何?」
2人が抵抗する間などはなかった。
気がついたら凛桜と黒豆達と共に
凛桜の家の中庭に佇んでいたのであった。
どうやら、魔王様が転移魔法を使ったらしい。
しばらくの間、2人は呆然としたまま立っていましたよ、うん。
人ってあまりにも驚くと固まっちゃうんだね。
シュナッピーでさえ、固まっていたよ。
その時王都では、国一番の英雄と美女が何者かに攫われたと
ちょっとした騒ぎになっていた。
目撃した人が、次々と騎士団の詰所に駆け込んだからである。
攫った人物の特徴やクロノス達の状況を鑑みて
なんとなく事情を察したカロスが場を収めたので
大きな事件にならずにすんだようだ。
流石、常識人&苦労人のカロスである。
あとで何か美味しい和菓子の詰め合わせを送っておきますね!
いつもありがとう、カロスさん。
その後、中庭では……
覚醒したアイオーン一族Vs魔王様でひと悶着あったのだが
凛桜の鶴の一声で終了した。
「晩御飯できましたよ。
早くこないと冷めちゃうよ」
魔族であろうと獣人であろうと空腹には勝てないのである。
あとは、もうなすがまま……。
ケンカしながらもご飯を食べて、誰が1番風呂に入るか揉めて
最後の部屋割までしっかりと争った後……
リビングと客間×2でそれぞれ寝てもらった。
で、朝早くカロスさんとノアムさんが合流して今に至ります。
もう本当に民宿だよね。
宿泊料取ろうかしら……。
1泊2食付きで10,000円になります。
って、妥当な値段なのかしら?