1.うちは定食屋ではありません!
今日のお昼は何にしようかな~。
そう思いながら冷蔵庫の扉を開いた。
3日前に買い物にいったので、食材はぎっしり詰まっている。
確か鶏肉が余っていたな。
んー親子丼にしようかな、ガッツリとご飯が食べたい気分だ。
「卵とタマネギ……ミツバなんて洒落たものはないけど
青ネギはあるね、よし」
髪を黒ゴムで結び、くるりとまるめてバレッタで留めた。
昔からの定番、角衿のところがレースになっている
白い割烹着を着る。
かわいいエプロンも好きだが……
結局……割烹着に戻ってしまうのは、母の影響なのだろうか。
料理をするときには、割烹着が一番なのよね。
袖も汚れないし、服に匂いもつきにくい。
タマネギの薄切りを開始しようとした矢先に
玄関のチャイムがなった。
ピンポーン~ピンポーン。
(もう、誰よ一体……)
その間もピンポンのラリーは止まらない。
犬たちも吠えて……いや吠えてないな。
むしろ甘えて喜んでいる声が聞こえる。
玄関に向かうとすりガラスの向こうに大きな人影がみえる。
(また、この人か……)
無言で玄関の扉を開けると男が肩にイノシシをぶらさげながら
ニヤけた顔で立っていた。
「よぉ、今日はちゃんとチャイムとやらをならしたぜ」
そう言って男はドヤ顔を決めていた。
「新聞は間にあっています。お帰り下さい」
その顔がイラっとしたので……
そう冷たく言って、無言で玄関の扉を男の鼻先で閉めてやった。
「ちょ……おい、待てよ。
新聞ってなんだよ!
開けてくれよ!! いい獲物が手に入ったんだ」
そういいながら玄関の扉を遠慮なく叩く。
(やめれ、あんたが叩くと玄関が壊れる)
あーもう……なんなのさ。
イライラしながらも再び玄関の扉を開ける。
そこには獣耳をペタリとさげて萎れた男が項垂れていた。
「なんの御用ですか?騎士団長様?」
その男は私の顔をみるとぱぁぁぁぁと笑顔になり
獣耳はピンとたち、はちきれんばかり尻尾を高速でふっていた。
(嬉しそうな時って、うちの犬たちと全く同じなのよね)
「訓練の途中で“ビッグサングリア”に遭遇したから狩ってきた。
こいつらの肉は極上なんだ。
これを献上するから、また旨い飯を食べさせてくれ」
この男は玄関先で、そうのたまった。
「だから……何度も言いますが……
うちは定食屋じゃないといっているでしょう」
深いため息をつきながらジト目で男を睨む。
「見たこともない食材を使い、旨い料理が次々に出てくる
ここが定食屋じゃなければなんなんだ!」
顔に信じられないとかいてあるかのように驚いていた。
信じられないのはあなたの頭のほうです!!
何処をどうみたらここがご飯屋なんだい?えぇ?
「普通の民家ですから。
それに私も料理人ではありません、ただの市民です」
(このやりとり何回目だろう)
男は困ったように目尻を下げた。
鳴いてはいないが……
くぅ~んという甘鳴き声が聞こえてくるかのようだ。
「お前の作ったご飯が食べたいんだ」
ドキッとした。
琥珀色をした瞳に真剣にみつめられた。
はっきりいってこの獣人の男はイケメンだった。
ユキヒョウの獣人らしい。
精悍な顔立ちで、服の上からもわかるくらい
整った筋肉がみてとれる。
笑うとちらっとたまにみえる犬歯もちょっとワイルドで
キュンポイントだ。
灰淡がかった銀糸のような短髪。
そこに髪の色と同じ色の毛で覆われた獣耳があった。
暗色の斑紋で縁取られた不明瞭な斑紋が入った尻尾は
今は寂し気に垂れ下がっている。
(ここで食事を提供しないと……
何時間も粘られるな……)
「わかった。
今ちょうど作り始めようと思っていたところだから
食べていっていいわ」
「本当か!!」
駆け寄って、思いっきり抱き着きそうになったから
慌てて止めた。
「とりあえず、縁側から上がってくれる。
獲物を持ったまま玄関からはご遠慮ください」
「それもそうだな……」
勝手知った家かのように、男は素直に庭の方へとまわった。
そして今……。
ダイニングテーブルに頬杖をついて
料理作業を食い入るように見つめている男。
この国の第一騎士団団長の“クロノス=アイオーン”。
30歳、独身……しかも侯爵様なんだって。
私が聞いたわけじゃないのよ。
部下の方たち情報なの。
そのお貴族様が……
何故かうちを定食屋だと思って通ってくるようになった。
もうお気づきかと思いますが
この方、異世界人だった……。
今思えば、出会いは鮮烈だったわ……。
その時の事を思い出し、遠い目になった。