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夢幻泡影  作者: 景
9/11

9:其々の胸中-芳-

静芳(ジンファン)男装して家出中。

(ファン)悠々自適な次男坊。

宇航(ユーハン)家督争いに巻き込まれた苦労人。

 遅くならないうちに部屋を出て、半分残った胡麻団子を片手に帰路に着く。静芳から連絡を取りたくなった時のために、芳は宿から自宅までの地図を描いて渡した。

 大きな家ではないから使用人はいないが、家族の誰かは家にいる。小芳と名乗ってくれれば分かるように、言っておくよ。

 そこまで言われれば受け取らないわけにもいかず、静芳はありがたく地図を受け取ることにした。


 賑やかな大通りを一人で歩き、上手く言い表せない気持ちを抱えて息を吐く。言った言葉を反芻して、正しかったのかを考える。


「家族が心配しているよ。だから帰った方がいい」


 そう言ってしまうのは簡単だ、だから芳は別の言葉を選んだ。心配をかけている、帰った方がいい、両方とも静芳が一番良く分かっているはずだから。


 静芳の出自と、今の状況は分かった。手伝ってほしいと言われて断る理由はない。同時に、それ以上踏み込む理由も見当たらない。


 付かず離れず。一定の距離を保つ姿勢は急には変えられないと思った。たら、れば、は考えるだけ時間が勿体ない。



「考えるべきは、なんて説明するか、だね」



 家に帰った後のことを考える。静芳に家の場所を教えたのだから、話しておかなくてはいけないのだ。

 家族全員の顔を思い浮かべ、其々がするであろう反応を予想し、家とは反対方向へ進路を変更する。目指すのは街で一番大きく、品揃えが豊富なお茶の店だ。


 今日の食後のお茶は長くなる、だから美味しいお茶が必要だと思った。聞いたからには放っておけない。そんな風に言うであろう家族のことが、芳は大好きなのだから。




「……どうして連れて来なかったの?」


 食事の終わりに静芳のことを話すと、予想通りの大騒ぎになった。片付けるために手にした食器は床に激突しかけ、箸は机の上に散らばる。

 ぽかん、と口を開けて動きを止めた兄と弟は放置しておき、芳は母を手伝って食器をかき集めた。

 お湯が沸くまでの間に買ってきた茶葉を父に手渡し、お茶請けの封を切る。砂糖で煮て干した生姜を真ん中に、芳の前に余った胡麻団子を置く。


 人数分のお茶が用意され、改めて深く椅子に座り直した母は優雅にお茶を飲もうとしている息子に詰め寄った。


 深窓のご令嬢が一人旅、しかも初めてなんて恐ろしいに決まっている。せめて安全な場所でゆっくり休んでほしい。疲れている自覚がないなら余計に心配、思っているより心も体も疲れているはず。お客が来る予定はなく、客間はいつでも使える状態にしているのを知っているでしょう?


 言い出したら止まらない母のこと、芳は相槌を打ちながら聞いている。父は無言で生姜を噛り、兄弟たちは一つづつ胡麻団子を拐っていった。


「必要な物は揃えておくから、明日迎えに行くのよ?」


 ようやく言葉が途切れ、三人兄弟は詰めていた息をそっと吐き出す。眉間に皺を寄せた父は重々しく口を開き、無理強いはしないようにと妻と次男に釘を刺した。

 その上で、もしも必要なら実家宛に手紙を送ることを約束する。胡家の信用を勝ち得る名家には程遠くても、一家の主としても父親としても、身の安全を保証したい気持ちがあった。


「……迎えに来られる可能性もあるから、そうなった時のことを考えておきなさい」


「もし手紙を書くなら、僕が届けに行こうか? 直接渡した方が信用してくれるかもしれないし」


「居場所も手紙の件も、本人次第だ。明日お招きして、話をして決めるのが一番いいだろう」


 父、弟、兄の順に言われ。一つ一つに大きく頷く母の顔を見て、芳も大きく首を縦に振る。そうだ、全ては静芳がこれからどうしたいのか、どうなりたいのかで変わる。

 お節介と思われる可能性もある、危険だと判断して街を出るという選択肢を選ぶかもしれない。

 その前に、家族に話したことで信用できないと距離を置かれるのも有り得る。もしくは、全て我慢して、堪えて、言う通りにするのだろうか。


 せっかく家という檻を出られたと喜ぶ静芳に、芳という足枷を付けてしまうのは嫌だと感じていた。一人でいるからこそ得られた自由を謳歌しているのだ。


「小芳次第、だね」


 家族全員で頷き、話題は明日の食事に移った。客をもてなすのが大好きな宋家である。静芳の好みが辛い料理と聞き、其々が候補を上げていく。


「牛肉煮込みを乗せた麺だな」

「鶏の辛味炒め」

「皆で食べるんだもの、お鍋がいいかしら」

「体を労るなら薬膳料理だよ」


 白熱する議論、お茶のお代わりは二回目、大量に盛った生姜は半分に減った。明日は朝から買い出しと掃除に追われそうだね、とは口に出さず、芳はついつい笑ってしまう口元を隠したくてお茶を飲んだ。




「じゃあ、薬膳鍋で決まりね」


 最終決定権を持つ母が厳かに宣言する。結論にたどり着き、お茶もお茶請けもなくなったところで本日の茶会は終了になった。


「ところで、食事って夜のことでいいよね?」

「その方が都合がいいからな、夜にしなさい」


 去り際の父と弟の言葉から悟る。明日はどうあっても静芳を帰すつもりはない、と。明るいうちなら帰ると言えようが、暗くなっては難しい。夜は危ないから止めなさい、明日帰ればいいから今日は泊まりなさい。説得のしようは幾らでもある。


「……小芳、ごめんね。来たら最後、もう帰れないかもしれない」


 静芳の困った顔が目に浮かび、芳は片付けを手伝いながら笑ってしまう。両手で茶器を持った芳の口へ、懐から取り出した飴を放り込んだ兄も笑った。


「楽しみにしているよ」


 お前がそんな風に笑うのは珍しいから。そう言い、兄は部屋へと歩いて行く。微かに滲む後悔が見え、甘いはずの飴も一瞬だけ苦く感じた。


 芳にも、人には言えないことがあった。静芳の生い立ちを聞きながら、いつか話したいと思っていた。あの日に感じた怒りや苦しみ、悲しみも悔しさも、全部。


「……明日はお買い物に行くから、手伝ってちょうだいね」


「うん、もちろん」


 同じく後ろ姿を見ていた母に声をかけられ、また笑顔を浮かべる。思うところがあるのは母も同じだった。


「娘ができるみたいで、嬉しいわ」


「そうだね」


 心なしか、母の笑顔も雲って見える。宗家に落ちた陰を思えば、無理もないのだが。口の中で飴を転がし、隣にある細い肩を叩いて片付けを促す。

 今日はもう、寝てしまおう。明日は早く起き、静芳に会いに行く。食事に誘った後で買い出しを手伝い、あれこれと言われるままに動いていれば、あっという間に夜になる。




「……あ、そういえば」


 芳はすっかり忘れていた大事なことを思い出す。静芳と家族のことばかり考えていたから、頭の片隅に追いやっていたのだ。行方不明になっている静芳を探していると言った、宇航の存在を。


 そう毎日毎日急いでもいられない、忙しいは逃げる口実だとすぐに分かってしまうだろう。かといって、会わずに過ごすには静芳は目立つ容姿をしているし、芳は容姿もだが顔が広くて呼び止められやすい。

 この街で芳を探すのは容易いのだ。数日ではあるが、連れだって歩いている静芳の顔を覚えている者も多くいる。


「話すことが増えたね」


 さて、どうやって上手く躱そうか。芳も静芳も探している人物とは別人だと思わせるために、なにが必要だろう。


 ずっと探して旅をさせるのは……とも思うが、静芳を優先したいのが芳の本心であった。


読んでくださってありがとうございました。

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