7:再会と再会3
静芳男装して家出中。
芳悠々自適な次男坊。
宇航家督争いに巻き込まれた苦労人。
中年の男が二人、今にも飛びかからんばかりの形相で睨み合っていた。片方は旅装束をまとい、もう片方は恐らくこの街の住人であろう身軽な出で立ちだ。
お前が悪い、いやお前だと言い合うだけで、ことの発端は全く見えない。解決策の見えない、厄介な喧嘩である。
芳は双方が同じような体格の男であるのを確認し、傍観者を決め込もうとしていた。これが男と女であったり、中年と少年であれば助け船も必要だっただろう。手が出れば片方が大怪我をしてしまう危険性がある。
しかし、見たところ年齢も背格好も大差無い者同士だ、止めるのは殴ろうと腕を振り上げてからでも遅くはない。
静芳は二人の手や荷物に武器らしき物がないのを確認すると共に、手の届く範囲に武器になりそうな物がないか探した。
飲食店の前、振り回せる物は見当たらない。店先の机からは食器が消え、気の利く客が椅子を店の奥へ移動させている。
「謝れと言っているだろ!!?」
「謝るのはお前だと何度言えば分かるんだ!!」
ジリジリと距離が縮まっていく。強くなる語気に押され、近くにいた人たちが後ずさる。そろそろ止めないと、誰もがそう思ったのだろう。互いに顔を見合せ、一際恰幅の良い男が半歩前に出た。
「……あっ」
人垣が揺れ、弾かれた子どもがたたらを踏み、堪えきれずに転んでしまう。運悪く、口論している男たちの近くに。
怒り心頭、といった様子で掴み掛かる旅装束の男。避けるために後ろに下がった地元の男の足元には、両手をついた子どもがいた。
あっと息を飲む音が聞こえ、子どもの顔が恐怖に引きつる。危ない、と誰かが言い終わるより早く芳が駆けつけ子どもを助け起こす。
子どもの無事を確認し、静芳は店先で使われていた玉杓子を手に男たちの間に入った。子どもを見て我に返った地元の男に背を向け、未だ怒りに燃える旅装束の男に向き合う。
「喧嘩は好きにやればいいと思うけれど、無関係の子に怪我をさせないでほしいね」
「どうしても収まらないなら相手をするけど、どうかな?」
芳が言葉で諌め、静芳は力で抑え込もうとする。玉杓子を正眼に構えた静芳に隙はなく、旅装束の男は両手を上げて降参の意を示す他なかった。
「……私が言い過ぎたんだ。せっかくこの街に来たのに、邪険にしてすまない。坊主、怖い思いさせてごめんな」
「ああいや、その……悪かった。最近ツイてないことが多くて、つい八つ当たりを……あんたらが止めてくれて良かった、助かったよ」
二人の男は互いに謝り、ざわめく人垣に向かって頭を下げた。転んだ子どもは母の足にしがみつき、涙を浮かべてはいるものの怪我はなさそうである。
静芳は玉杓子を返し、鍋の中で出来上がっていた焼飯を買うことにした。混ぜるものがないから味の保証はできないと言われたが、混ぜるものを拝借した張本人は黙って代金を支払った。
芳は近くの飴屋で串の付いた飴を買い、一つを子どもに握らせ、言い争っていた二人の口に突っ込み、静芳と自分の口にも入れる。
「兄ちゃんありがとう! えと、あの、ありがとう、兄ちゃん?」
にっこり笑った子どもは芳にお礼を言い、静芳にもお礼を言おうとして言い澱んだ。背格好を見ても、服装や立ち振舞いを見ても、性別は判断しにくいのだろう。
「兄ちゃん、と呼ばれるの新鮮でいいな」
呼ばれてみたかった、などと続けたため芳は笑い出し、子どもはもう一度お礼を言った。兄ちゃんありがとう、と。
飴は砂糖を煮詰めただけの素朴な味がした。喧嘩が終わったと分かるや、ほどけていく人垣。喧嘩にならなくて良かった、なんだ終わりかよ、早く帰ろうよぉ、好き勝手な言葉を残し元の賑わいへと戻っていった。
二人の男は仲直りの握手を交わし、意気投合して食事をする店を探しに行くらしい。あれだけ騒がせた原因を知りたくなるほどの仲の良さだ。
「理由くらい教えてほしかったね」
「うん。なんだったんだろう」
雑踏に消えゆく二つの背中を視線で追い、芳と静芳は顔を見合わせて肩を竦めた。また喧嘩しないといいけれど、とは言わずに。
「まあ、焼飯買えたからいいか」
「まさか玉杓子を武器にするとはね。なかなか様になっていたよ?」
空なら鍋を振り回したのにな、を飲み込んで飴を噛る。鍋の中で飯を炒めていた熱々の玉杓子だ、十分な空間がなければ振り回せない代物であった。
「使わなくて良かったよ。ところで大芳、これ美味しい」
パリパリと飴を噛み砕き、串を指差して目を輝かせる。懐かしい味だねと芳は笑ったが、静芳は分からず頷けずにいた。
静芳の知っている飴は、龍や鳳凰を型どった細工がされていたのだ。もしくは果物の表面を覆っているかで、楕円形で鼈甲色の飴は見たことも、食べたこともなかった。
「何処にでも売っているよ。ほら、彼処で子どもが買ってる、あれも同じ飴だね」
食べたことがないと聞いた芳は辺りを見渡し、目についた店を教える。嬉しそうに飴を受け取る子どもたちは、この街では日常の光景だと言う。
もしかしたら、生まれた街にもあるのかもしれない。目に入らなかっただけ、他のものに目がいっていただけ、そんな可能性もあるだろう。
「もっと早く知りたかったな……」
もっと知る努力をすれば良かった、と静芳は思った。いい子でいるあまり、見落としていた光景や味が沢山あるのだ。
「大芳、子どもの頃に食べて美味しかったもの、他にもある?」
食べ物、に限定したのが静芳らしく、芳は声を上げて笑った。小さい頃に好きだったもので、今から一緒に食べられるもの、一番の好物である胡麻団子を除いて考える。
「干した芋に、焼いた栗。蒸かして干す、焼く、それだけで美味しくて秋が楽しみなんだ。お菓子だと……蒸しパン、よく母に作ってとお願いしたね。小芳は、あ……」
言いかけた言葉が止まる。焼いた栗は美味しいよね、と返そうとしていた静芳も開きかけた口を閉じ、芳の視線を追った。
「ああ、小芳、あのね?」
言い澱む芳を珍しく思い、真っ直ぐに二人に近づいて来る人物を捉えた。背が高く、体格も良い若い男。特に警戒するような武器もなく、怒気や殺気もなく、親しげな笑みを浮かべている。
「知っている人?」
静芳は無意識に足を踏み出した。近づいて来る男の正面に向き直り、芳を半分ほど背に庇う位置に立つ。
人当たりのいい芳が僅かでも苦手と思っているのなら、自分の存在を示せば会話を早く終わらせることもできるだろうと考えたのだ。
「顔見知りではあるね。それより小芳、さっきから立場が逆だと思うよ?」
胡麻団子の入った箱を見せられた静芳がなにか言うより早く、問題の人物が到着した。近くで見ても攻撃的であったり、高圧的な感じはしない。
「芳、会えて良かった! あ、と……こちらは?」
そんなに親しくなった覚えはないんだけどね。また会う予定もなかったはず、などとは口にしない芳は曖昧に笑って頷いた。
目の前にいるのに紹介しないのも不自然であるから、一緒に食事をしたことがある宇航、友人の小芳と短くまとめる。
「周 宇航といいます」
「……小芳です」
頭の天辺から爪先までじっくり見られ、居心地の悪さを覚えた静芳は本名を名乗らず、紹介された通りに小芳と伝えた。
「小、芳……?」
値踏みする視線に似ていると思った。男か女か見極めている目、分かった瞬間に態度を変えられたのを思い出せば、さらに居心地は悪くなる。
芳が苦手意識を持ったとしても無理はない、と心の中で頷いた静芳は距離を取ろうと決めるのだった。
「あの、わたしたち急いでいるのですが、なにかご用事でも?」
静芳の声に緊張が混じるのが分かった宇航は焦る。無遠慮にじろじろ見るのは明らかに礼に欠ける行為、警戒されても文句は言えない。
だが、と宇航は静芳を見ずにはいられなかった。遠目からは兄弟にも思えた二人だが、関係は友人という。小芳は恐らく渾名だ、では本名は?
「じろじろと見てしまって申し訳ない。実は人を探していて……名前が似ているものだから、つい」
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