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夢幻泡影  作者: 景
6/11

6:再会と再会2

静芳(ジンファン)男装して家出中。

(ファン)悠々自適な次男坊。

宇航(ユーハン)家督争いに巻き込まれた苦労人。

 賑わう店内で鍋を囲み、裏表のない会話に花を咲かせる。丁度良い辛さの芳に対し、静芳は二口目で早くも調味料に手を出した。


「……ご飯が欲しい」


「頼もうか」


 手を上げて店員を呼び、ご飯を一つ注文する。一緒に辛くない茄子の炒め物を頼む芳に、静芳は自分が辛さに強いことを自覚した。

 火を吹く辛さ、まではいかないが花椒が口内を痺れさせ、唐辛子が喉を焼く。温かいお茶を飲むと辛さは何倍にも増すようだった。


「次は、辛くないものを食べに行こう?」


 そっと、蓮根に乗せた調味料を半分に減らして口に運びつつ提案してみる。大芳の好きなものを教えて欲しいと続ければ、驚いた後に嬉しそうな笑顔が返ってきた。


「私の好きなものはね、」


 青菜の塩炒め、トマトと卵の炒め物といった家庭料理が好きなこと。豪華な食事も慎ましやかな食事も楽しめるが、肉は中までしっかりと加熱した状態で食べたい。

 甘いものは全般好きで、胡麻団子ならいくらでも食べられる。お茶の時間を大切にする家庭で育ったことを話した。


「お茶かぁ」


 花より団子、お茶よりお菓子の静芳は考え込むふりをして口を閉じる。飲めればいい、とは言えない。お作法は学んだし嫌いでなない、だが毎日飲むもので特別意識はない。


「父がお茶好きだから種類は沢山あったよ」


 家族でお茶を飲む機会はそう多くはなかった。食事は全員で食べ、賑やかで楽しいものだったが、静芳が父と二人でお茶を飲んだのは数える程度である。


 お茶の時間を楽しいと思えたなら、父様ともっと話ができたかかもしれない。今になって悔やむ気持ちが目覚めた。実母はもちろん、継母との距離も自然に近くなれた可能性もある。


「お茶をするのは……楽しい?」


 習ったお作法を思い出しながら問いかけた。例えば、お茶を洗う工程がある。表面の汚れを落とし、香りや味を出すための下準備と教わった。

 しかし静芳には分からなかったのだ、洗ったお茶と洗わなかったお茶の味の違いが。更に、洗う方がいい茶葉、洗わなくてもいい茶葉もある、と続けられ……理解が追い付かなくて考えるのを止めた。


 その辺りから、優雅なお茶会が好きな妹たちの横で黙々とお菓子を食べる人と化したのだった。好みを聞かれれば、花茶はあまり好まないと答える。理由は、お菓子が主役だから強い香りはないに越したことはない、というもの。


「一人なら疲れを癒せるし、大切な人となら幸せな気持ちになる。とても楽しいよ、お茶というのは」


「私は、楽しむのが下手なのかもしれない」


 いつもなにかに追い立てられ、焦燥感に駆られていた。場を楽しむ余裕はなく、自分にできる仕事はないかと周囲を気にしてばかりいた。

 大人たちの顔色を伺い、期待を裏切ってはならないと考え、大人のふりをする。甘えたい、我が儘を言いたい、感情のままに泣いたり怒ったりしたい気持ちから目を背けてしまった。


 しっかり者の長女は何処へ行っても誉められ、自慢だと他家に紹介される。そうすると余計に期待を裏切れなくなり、己を律する毎日が続いた。


「それなら私が教えてあげよう。私はね、楽しむことに関しては天才なんだ」


「うん、ありがとう」


 知らないなら、これから知ればいい。今までやってきたことは無駄ではない、今から必要になるのだろう。知らないことを知れば、活かせる術も見つかるのだから。


 お礼を言い、せっせと輪切りの唐辛子を皿の端に積み上げる芳のため、帰りに甘いお菓子を買おうと決めた。


「食べ終わったら、お菓子を買いに行こう。大芳がいつも食べてるお菓子を教えてほしい」


 箸を止める静芳を見た芳は言いたいことを察し、唐辛子のなくなった湯葉を見下ろす。本当は辛くて食べられないのに、無理をして食べてる風に映るのだろう。

 優しい子だね、気遣ってくれてありがとう。そう伝えてもいい、しかしそれではいけないのだ。遠慮なく、気後れすることもない静芳であってほしい。食べたいものを食べたいと言い、嫌いなものは嫌いだとお互いが言える関係が望ましかった。


「いいね、そうしよう。それからね、小芳? 私は無理して食べていないよ、ちゃんと美味しいと思っている。気遣ってくれてありがとう。でも私たちは……そうだね、兄妹みたいなものだから、そこまで気を使わなくてもいい。急には難しいかもしれないけれど、気軽に、気楽に、ね?」


 言葉を選びつつ、しっかり顔を見て伝える。頭がいいが故に、偏った考え方をする傾向がある静芳だ。育った家庭環境もあろう。おおらかで仲睦まじい両親の間に生まれ、兄弟とも良好な関係を築いている芳とは異なる感覚を持っている。


「……美味しいなら良かった。私は、今まで自分の食べたいものや行きたい場所、やりたいことを口に出す機会が少なかった。ああ、いや、言わなかった、んだけどね。だから今、自分で決めるのが楽しくて、辛いものが美味しいのも知って……心が軽くなって、なんでもできるって有頂天になっていた。だからその、ええっと、」


 人の期待を裏切らない、人に嫌われたくない、物心付いた頃から一緒に育った感情が言葉を選ばせた。

 言いたい言葉はある、伝えたい気持ちもある、でも言ってもいいのか、伝えるべきなのかが分からなかったのだ。

 誠実でありたいと願う。では、その誠実とはなにか? 包み隠さず話すのは誠実と言えるのか、心のままに振る舞って誰も傷つけずにいられるのか、分からない。


 一つ、分かりかけていることがある。我慢をして大人でいようとした、常に冷静でいようとした。居心地の悪さを作り出していたのは、腫れ物扱いに感じたのは、自分の思い込みが原因ということ。


「……自分の意見を言うのは、難しいね」


「そうかもしれないね。だから少しずつでいいんだよ。何度も会って、何度も話していれば、そのうち言えるようになるから」


 それからね、と芳はお品書きの隅に小さく書かれた文字を指差した。さっきは具材を選ぶのに夢中で気づかなかった注意書きで、内容は。

【干鍋とは香辛料と好みの具材を炒めた料理です。香辛料を食べてしまわないよう、避けてからお召し上がりください。もちろん一緒に食べても問題ありません。】


「……え、じゃあ……大芳はこれを読んだから避けていたの?」


「うん。やっぱり、小芳は気づいていなかったんだね」


 今度こそ、静芳の箸は完全に止まってしまった。両手で顔を覆い、がっくり項垂れた肩が震え、髪の隙間から見える耳が赤くなっている。


 見ないふりで花椒を避け終わり、隠れた青山椒を掘り起こす作業を開始した芳の唇は大きな弧を描く。

 笑っては可哀想だと初めは堪えていたものの、次第に堪えられなくなり、やがて二人の箸は休憩を余儀なくされたのだった。









 笑いの発作が収まり、鍋を無事に食べ終えた二人は店を後にして大通りに出た。美味しいお茶を求めて歩いていたが、横から声をかけられ足を止める。


 そこは芳の顔馴染みの店で、店主が満面の笑みで大量の胡麻団子を揚げていた。巨大な鍋に満たされた油が跳ね、胡麻と餡の甘い香りが漂っている。


「ちょうどいい時に来た! 今なら揚げたてだよ!!」


 買うのが前提の店主に断りの言葉は通じない、返事を待たずに胡麻団子たちが箱に転がり込んでいく。


「あっ、お代は私が」


 芳が財布を取り出すより早く、静芳が代金を支払って胡麻団子を受け取った。驚く芳に箱を渡して笑いかけ、店主にはお礼を言う。更に自分用にも三つ買い、きつね色の団子を一口噛った。


「あっつい! でも美味しい」


「小芳はなんて優しい子なんだろうね。おかげで私の財布は行き場を失くしてしまったよ?」


 出番を失った財布は懐に戻され、手にはずっしり重い十個の胡麻団子がある。してやったり、と笑う静芳に苦笑いで応え、幸せな重みを甘受することにした。


「お茶屋では私の出番を……なにかな、随分と元気な者がいるね」


「あれ、喧嘩してる?」


 真っ昼間の大通りに響く怒声、物の壊れる音がしていた。眉を潜めて遠ざかる人、近寄っていく野次馬が入り乱れ、辺りは不穏な空気に包まれる。




読んでくださってありがとうございます!!

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