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夢幻泡影  作者: 景
1/11

1:はじまり

【胡 静芳-ジンファン-の一人旅】

 美人の条件、というものは移り変わる。祖母が若い頃は血色が良く、ふくよかな女性が美人といわれていたらしい。

 それが徐々に変わっていき、母の代では艶のある髪と白い肌が持て囃された。それは今も変わらないのだが、加えて背が小さく、華奢であることが条件となりつつある。


 きっかけは、この国の公主様のお嫁入りだった。お隣の国に嫁ぐことが決まっていたのは二番目の公主様、でもお相手の皇太子様が一番目の公主様を見初め、結婚した。

 皇太子様は一番目の公主様の折れそうに細い肩と、白くて細い手や儚げな美貌を見て、この人こそ自分が生涯守り抜く人だと決意したのだそう。


 その姿を一目見たいと詰めかけた民衆は口を揃え、華やかな婚礼衣装の公主様は天女のような美しさだったと語った。

 以来、息子の結婚相手には小柄で華奢な女が望ましいという当主が続出。儚げな雰囲気の美少女に求婚の嵐が降り注いだ。



「お前も背が低ければなぁ」


 父様の嘆きも理解できる。腹違いの妹たちは母様に似て小柄で、大きな瞳の愛らしい顔立ち。対して私は父様に似て背が高く、実母そっくりの切れ長の瞳を持って生まれた。

 黙っていれば男にも見える容姿は実母を喜ばせ、私自信も気に入っている。妹や弟が生まれてからは余計に、守らねばという意識から体を鍛えてもいた。

 心が強く、勝ち気な女と誉められた。家を継がせても恥ずかしくないと太鼓判を捺された、だから私は将来への不安などなかった。



 将来への希望を打ち砕いたのは、偶然聞いてしまったお祖母様たちの会話。嫁ぎ先が決まった上の妹、求婚された下の妹へ祝いの品を持っていた日のことだった。


 瑠璃の揺れる耳飾り、大きな瑪瑙の首飾り、妹たちの白い肌や細い首筋を際立たせるために作られたもの。

 豪華な装飾品に妹たちは大喜び、口々にお礼を言っては鏡の前ではしゃいでいた。私はというと、小ぶりな珊瑚の付いた簪をもらった。妹たちの頭の上から鏡を覗き、簪を差すのを見たお祖母様は思うところがあったんだろう。ひっそりと息を吐いて言った。


「嫁ぎ先なんてありませんよ」

「もう少し可愛げのある子だったらねぇ」


 聞こえなければ良かった、でも聞こえてしまった。結婚適齢期になっても求婚の一つもない私を、お祖母様はどう思っているのか。

 宥める父様の声は届かず、徐々にお祖母様の不満は膨らんでいった。おかげで母様からは腫れ物扱いを受け、使用人たちの噂話にも棘が混じり始める。

 胡家は優秀な役人を輩出する名家、結婚は絶対にしなければならない。なのに長女がこれではね。弟の出世の妨げにならないことを願うのみだった。


 父様が出掛け、結婚話を持ちかけたが断られたと言われた。ご子息は体格に恵まれず、自分より背の高い女は嫌だと首を横に振った、と。


「……分かりました」


 他に言いようもなく、頷くしかできない。気にするな、すぐに相手を見つけてやるから。そう言う父様に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、断られるばかりの結婚話を想像して泣きたくなった。


 だから私は家を出た。迷惑をかけることを詫びる手紙を残し、自暴自棄になった訳ではないと言い訳をして。


 昔から親の教えは忠実に守ってきた、大切に育ててもらったと思っている。手習いや計算、女として生きていくのに必要な教養は一通り学ばせてくれた。褒められた数も、叱られた数だって他の兄妹と同じだ。家族は掛け替えのない宝物、それは今後も変わらない。


 ただ一つ、今のままで結婚したくはなかった。想い合った人と、と夢をみたいのではなく。お祖母様の言葉に傷付いたからでも、望まれない自分が嫌になったからでもない。


「ごめんなさい」


 父様は私を探すだろう。見つかったら、今度は家を出る間もなく嫁ぐことになるはずだ。逃げるのは最初で最後になる。無駄な足掻き、分かっていても止められず、私は行く宛もない一人旅に出た。


 男装をして、飾りは珊瑚の簪のみ。名前も静芳とは名乗らず、芳とだけ言おう。化粧道具も持たず、着替えと路銀があればいい。無くなれば稼いでみるのもいいな。

 今の自分にできること、できないことを知るために、広い世界を見てみたかった。後ろめたさに蓋をして、いざ見知らぬ場所へ。





【周 宇航-ユーハン-の賭け】

 生まれた時からずっと、妾の子と呼ばれていた。母は妓女だったらしい。線が細く色白で、おっとりと微笑んでいる姿は少女にも見える。

 父はそんな母のことが好きで、私は二人がお茶を飲んでいるのを見ながらお菓子を食べるのが好きだった。


 面白くないのは正妻で、彼女は私を見ると顔をしかめる。二人の兄を溺愛し、正当な子どもと言って笑うのだ。お前は不義の子、何度も言われた呪いの言葉。

 家督は兄が継ぐ。分かりきっているから気持ちは楽だった。争いに巻き込まれずに済む、母の身の安全だけを考えて生きればいいと考えていた。


 しかし、穏やかな日常は脆くも崩れ去る。母が病に倒れ、息を引き取った。悲しみに暮れる私を指差し、笑ったのは二人の兄。正妻は残った邪魔者を排除しようと策を張り巡らせた。

 策、といってもお粗末なもので、母の形見を売り払ったり、床にぶちまけた食事を食べろと言ってみたり。突然、兄たちも嬉々として策を練る。その幼稚さには呆れてしまうほどだった。


 それを見た父は私にも後を継ぐ権利があると言い、不真面目で遊んでばかりの二人の兄を叱り付けた。

 上の兄は甘やかされて育ったせいで毎日我儘三昧、さらに勉強嫌いで癇癪持ち。下の兄は要領良く立ち回れる器用さ故に陰では兄を小馬鹿にし、表だっては弟である私を馬鹿にしては悦に入る人でなし。


 兄たちを見て育った私は思慮深く、立場を弁えた行動ができる。真面目で、頭も悪くない。十分にやっていけるだろう。

 父が私を褒める度、兄たちの視線が怒気を孕む。妾の子が正妻の子より優れているはずがない、私を敵視する三人は父に詰めよった。


 怒り心頭の三人を宥め、父は条件を出した。行方が分からなくなっている胡家の長女、胡 静芳を探し出して嫁にせよ。できなければ家督は長男に継がせる。


 これを聞いた三人は絶対に無理だと笑って承諾した。胡 静芳がどんな人で、なぜ家を出たのかは分からないが、未婚で家出をする女がまともな訳がない。

 父の意図は分からないが、選択肢がないことは理解できた。結婚すれば家督を継げる、名実ともに父に認めてもらえれば、母も嬉しく思ってくれるはずだ。


 唯一残った形見、琥珀の耳飾りを手にして父に告げる。必ず、胡 静芳を見つけ出し、一緒に帰りますと。

 本当は家督を継げなくても構わない、どうか母を忘れないでくださいと続け、深く頭を下げた。


 三人がいなくなると父は言った、お前にとって家は危険な場所になってしまった、少し離れていなさい。太刀打ちできる力を得て、世を渡る術を持ち、自信をつけて帰って来いと。


 こうして私は家を出た。背が高く、整った顔立ちで、穏やかな性格をしている人を探すために。手がかりの少なさに呆然とするも、嫌がらせの日々から解放される喜びは隠せない。



「やるしかない」



 大きく背伸びをして空を仰ぐ。今日からは一人だ、寂しくもあり、楽しくもある。願わくば、胡 静芳が正妻のような人ではありませんように。





【宋 芳-ファン-の日常】

 楽しいことを見つけるのが好きだった。贅沢をして暮らせるほどの家ではないが、かといって食うに困る家でもない。


 物にも人にも執着しない性格で、来るもの拒まず去るもの追わずと生きてきた。いつからか見目麗しいと言われるようになった、外見は褒められるものと認識するようになっていった。


 厳格だが子どもには甘い父、朗らかで少し心配性の母、志し高く出来の良い兄、天才と噂される天真爛漫な弟。そんな家族に囲まれた次男坊は将来への不安もなく、能天気に暮らしている。

 困ることと言えば、中性的に見える容姿に惑わされるのは男も女も関係ないらしく、数日前にも嫁に来いと迫られた、もちろん男にだ。


 顔立ち、指の細さ、肌の白さを褒め、然り気無く触ろうとする手を笑って避けても諦めない。触りたくなる艶やかな髪だ、耳飾りの似合いそうな耳たぶをしている、紅がなくても赤い唇が魅力的だと言い募り、興奮した様子を隠そうともしないのには辟易した。

 男だ、特に金に困っているわけでもない、帰る家もあると言っても聞かず、挙げ句の果てには手を握り。


「男がなんだ、美しいものに男も女も関係ない。心配しなくてもいい、妻にはバレないようにするから」


 などと言う始末。やれやれ困ったものだと息を吐き、吐く息が色っぽいと褒められた。仕方がないから強い酒で酔い潰し、深夜にこっそり帰宅する羽目になった。



 ああいうのは厄介だ。何事もそこそこでなくてはね。深入りは禁物、飄々と世を渡っていくのが理想の生き方さ。


 出仕している父と兄、近い将来するであろう弟を思えば複雑な思いもあれど、自分の生き方は変えられない。

 気儘に描いた絵の才を認められたこともあったが、自分がどうしたいのか全く分からないんだ。私はどのように生き、最期を迎えるのか、未来はまだ分からない。



「悩んでいても仕方がない。さあ、明日はなにをしようか」






読んでくださってありがとうございます。

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