魔王と戦闘後、再び逃走
久し振りです。
エンディングまで書き上がりました。
始まった第二ラウンドの戦闘内容もさして変わらない。赤の魔王の攻撃をひたすら回避し続け、逃走の機を窺う。
「くっ」
利き手である右腕を庇った結果、左腕が骨折した。二の腕ではなく上腕の骨折なのが痛い。肩だともっと痛いが。
腕が一本使えない状況はこれが初めてではない。魔法による治療を直ぐに始める。回復速度を考えて、時間に干渉する魔法を使用する。これなら五秒程度で完治する。しかし、片腕が使えないこの五秒間が有る意味勝負だ。
――残り五秒。
この魔王から距離を取っても瞬く間に詰められてしまう。距離を取るよりも、足を止めた方が早い。
――残り四秒。
魔法攻撃による弾幕を張り時間を稼ぐ。だが、赤の魔王は攻撃魔法を放ち、全てを相殺して行く。
――残り三秒。
赤の魔王は足を止めずに攻撃を相殺してしまう。足止めを狙った攻撃を放つが機敏な動きで回避された。
――残り二秒。
炎の広範囲攻撃魔法を放つ。気を使わないと味方まで攻撃してしまうので使用を控えていたが、魔王が一向に足を止めないので放つ。味方が離れたところにいる事を確認する余裕はない今だからこそ放てる魔法だ。
――残り一秒。
視界が炎で埋まるが、赤の魔王は足すら止めずに難なくやり過ごした。鬱陶しそうな表情がムカつく。
――残り、零。
完治したが、喜ぶ時間は無い。短距離転移で空中に避難。直後、破砕音が響く。音源を見れば魔王の手で地面が砕かれ、クレーターが出来上がってるよ。一体、何個作る気だ? 口に出さないが。
空中から魔法による無差別攻撃を行う。使用する魔法は雲散霧消。対象を分子レベルで分解、塵にする魔法。白い閃光が眼下で音も無く駆け抜け、一定範囲の草原がすり鉢状に削られた。一瞬でちょっとした広場が出来上がるが、人影が無い。
「いない?」
しかし、攻撃は不発だった。いや、塵に変える魔法だからいなくなるのは当然。だが、未だに刺すような鋭い気配がする。上手く隠れているのか、見つからない。
空間把握の魔法を使っても赤の魔王の位置が特定出来ない。何故こんなおかしな結果になるのか。
「星の標。導きの羅針盤よ。今ここに流れの行き先を示せ」
地脈探知魔法『星辰』を使い、ふと湧いた疑問を解消する。この魔法は地脈を探査するだけの魔法で、地脈の力を取り込むには別の魔法を使用しなくてはならない。術の制御面を考えて細かく魔法を分けている。
「……いた」
今度こそ位置の特定に成功したが、見つけた場所は地脈の中。つまり地面の中。地脈に攻撃すると何処にどんな影響が出るか不明な為、迂闊に攻撃は出来ない。
「星よ、高らかに謳え。満たし、宿し、奉げよ。彼方まで往く風の如く、低きに下り続ける水が如く、滞る事なく。ただ、奉げよ」
出て来ない限り攻撃は共に不可能。そう判断して詠唱する。地脈へ干渉し、魔力を分けて貰う事で己の魔力の回復を図りつつ、上空へ移動する。
空中戦は下方を気にしなくてはならなくなるが、地上で戦う事で起きる地脈への逃走は解消される筈。
そう思っての移動したが、意外な事に、何時まで経っても赤の魔王が地脈から出て来ない。しかし、逃走を考えて左右を見やれば刺すような鋭い視線を感じる。感じる視線は警告なんだろうが、害が無いのなら強行しても良いだろう。追い付かれるか先を越されるだろうが。
問題は行き先だな。何処へ行こう。
直進で三百メートル内ならゲート無しでも移動は可能。それ以上の距離だとゲートを展開する必要が有る……あ。
閃いた。頭の中の豆電球がピカッと光った気がした。
何故今まで思い付かなかったのか。流石にあの高速戦闘中に思い付けと言うのは難しいか。
魔法を展開する為に暫しの間集中し、長距離転移用のゲートを足元に開く。
直後、頭上から影が差した。
振り返らない。この周囲に自分と赤の魔王以外はいない。赤の魔王の攻撃は徒手空拳。ならば、行ける筈。
魔法を発動させた瞬間、
「なっ!?」
赤の魔王の攻撃が自分の体をすり抜けて――勢いそのままに、赤の魔王はゲートに落ちる。がら空きの背中に一撃加えて完全に落とし、素早くゲートを霧散。
数分が経過しても赤の魔王が現れない事を確認してから地面に降り、大きく息を吐いた。
一歩間違えれば致命傷を負うところだったが、成功して本当に良かった。同じ相手に二度も使えないのが難点だけど。それに放逐先の負担が増えてしまった。そこは魔王の名にかけて頑張って貰おう。
手足を軽く動かして魔法の後遺症が無い事を確認する。滅多な事では使用しない魔法な上に、使用には恐ろしい程に神経を使う。魔力消費量も大量だ。
先程使用した魔法は『移境』と言う。
幻に実態を与え、実体を有するものを幻に変える魔法だ。これを応用して『物体透過』も可能とする。便利なように見えるが魔法の難易度は非常に高く扱いは難しい。発動には最低でも数十秒の時間を要する。物体透過は攻撃回避にも応用可能だが、一度使用すると対策が取られてしまう。回避に関しては一発芸に近い魔法なのに、使用する魔力量は多い。修練を重ねて膨大な魔力消費量を減らせたは良いものの、使い勝手は悪い。
再度地脈に干渉して消費した魔力を回復させる。
先の使用で回復した魔力の数割を使用してしまった。やはり、何度使用してもこれ以上の魔力消費量は減らない。そもそも、効率良く使用する魔法でもないのだ。逆にこれくらいが丁度良いのかもしれない。
「……はぁ」
二度目の魔力回復が完了した。
逃走したいところだが、回収する者がいる。長距離転移用のゲートを開く。
……やっぱり、まだそのままだったか。
ゲートの先には、未だに倒れ伏したままの白雷がいた。手元に引き寄せて、ゲートを越えさせる。
霧散するゲートを見届けてから軽く息を吐き、気絶している白雷の状態を診る。
腹部の穴は塞がっている。治癒が完了しても目を覚まさないところから察するに、失血による気絶か? 魔族の癖にこう言うところは人間と同じなんだな。道具入れから薬品箱を取り出し、試験管型の容器を取り出す。人間用――と言うか、自分用の増血剤だが、効果は多少なりとも有る筈。
栓を抜いて白雷の口に少量を含ませる。小さな呻き声と共に白雷の眉根が寄った。この増血剤は不味いと言うか、非常に苦い。気付剤代わりに使用出来る程に。白雷の喉が動いた。意識を完全に取り戻したのか、少し咽た。吐き出されては困るので、口に容器で舌を押さえつけるように先端を奥に突っ込む。
「むぐっ!?」
「苦いのは解るけど全部飲んで」
目を白黒させて驚く白雷には悪いが、こいつには多少なりとも動けるようになってくれないと困る。
大変な鬼畜思考だが、赤の魔王の攻撃を凌ぐには『一対一では無理』と痛感した。二対一ならこいつを見捨てる事で逃走も可能だろう。
心底苦そうな顔で増血剤を飲み干した白雷の手が伸び、容器を固定している自分の手を掴んだ。己の口から容器を引き抜き、上体を起こした白雷が眦を吊り上げた。怒るのは解るが、手当てをしたのだからそこは見逃して欲しい。
赤の魔王がここに戻ってくる前に早急に移動しよう。
「それならば、ヘリオドールの居城が良いだろう」
何処に行けば安全か尋ねたら即答された。色々と思うところは在るが、ある意味無難な選択かもしれない。別の意味でのピンチももれなく付いて来るけど。
それに、あの三人も金の魔王と一緒にいるのだ。もしかしたら合流出来るかも知れない。
希望と不安を綯い交ぜに、白雷の案内で金の魔王の居城へ向かった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
エンディングまで一気に連投します。