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転生したら、異世界召喚被害に遭った  作者: 天原 重音
本編

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決着と魔王

 赤の魔王から齎された情報を頼りに、青の魔王の拠点として使用している場所の近くの岩場に向かう。

 半年前に向かった城を使用していない事を知り、意外と思った。

「人間にも場所が特定されている城は、何時攻め込まれるかと警戒する必要が有る。人間に特定されないようにするのが一番だが、先代の青の魔王は逆の発想の持ち主で馬鹿だった。『やって来た人間を返り討ちにして力を誇示』する為に、逆に公表していた。半年前の件はそれが仇になった例だな」

 などと道中、左頬を擦る金の魔王より解説が入った。

 言われてみると確かに『魔王城の場所が判明している』って異常だな。普通は隠すものだと思う。

 でもね。この情報よりも気になる事が有る。

「話しは変わるけどさ」

「うん? 何だ?」

 頬から擦っていた手が離れる。金の魔王の左頬は……赤く腫れ上がっていた。

「その頬どうしたの?」

「……少し色々とあってな」

 金の魔王は自分から目を逸らした。遠い目になっているのは気のせいではないだろう。

「魔族だから、痴情の縺れじゃないよね?」

「断じて違う」

 魔族でも修羅場が有るのかと思って質問すれば即否定が入る。

 では何が? と視線を向けるが、金の魔王は目を逸らしたまま。

 首を傾げると共にいるルシアが肩に手を置いた。

「気にするな。『マルタが絡むとシリアスは死ぬ』。それだけ覚えて置けば良い」

 意味深長な事をルシアは言った。

 それで魔王の頬が腫れている原因を察する。つまり何かやらかしてマルタから制裁を受けたのだろう。

「前々から思ってたんだけど、何でマルタは『シリアスクラッシュ』を無自覚に行うんだろうね」

 これまでにマルタが行ったシリアスクラッシュは、数え上げればキリが無い。最近は白雷再会の時か。

「それだけは本人に面と向かって言うなよ。まぁ、『破壊(ブレイク)』ではなく『粉砕(クラッシュ)』と言う当たり貴様も大概だが」

「??」

 意味が解らず、傾けていた首をコテンと、反対方向に傾けた。

「理解せんで良い」

「そのままで良いな」

 何故か金の魔王までもが加わる。

 さっぱり分からない。



 さて、現状の説明をしよう。

 現在二手に分かれて行動中。自分、ルシア、金の魔王と、マルタ、ミレーユ、白雷に分かれている。

 身長差でバレないように、近い身長同士の組み分けになった。

 この組み分けで青の魔王の拠点近くに移動。マルタに霊力を使わせて囮にして、青の魔王を誘い出して倒す。

 非常にシンプルな策だ。

 魔族と共同で行うのは初の試みなので、立てる策はなるべく単純簡素化を心掛け、この結果になった。

 寝込みを襲って来る野郎と組まなきゃならない――うっかり眠った自分も悪いんだろうけど――こっちの身を気にしてくれたらしく、白雷と自分は別チーム。

 マルタは囮。ミレーユは(何かが起きてブチ切れたマルタの抑えと)状況報告担当。白雷は対魔族戦闘止め刺し担当。と言った具合に役割が振られている。

 隠れている自分達は不測の事態に備えて待機。

 十分な距離を取り、念話で互いの位置を確認し合い、遂にマルタが霊力を使って青の魔王を誘き呼び寄せを始めた。



 ミレーユの念話による実況報告では、青の魔王は予想通りにやって来たけど、予想よりも青の魔王が伴って来た部下の数が少ない。たまたま寄った王都の時は大量の連れていたのに、今回は十数体程度。何があったのかと思わずルシアと顔を見合わせたが、金の魔王の『霊力を山分けするから、連れて来た数が少ないんだろう』の台詞で納得した。山分けにするのなら、少人数の方が一人当たりの配分が多いもんね。

 ミレーユの実況報告は続き……、『どうしてこうなった?』と、三人で顔を見合わせる状況になった。

「何故、こうなるのだろうなぁ」

「知らん」

「ん~、マルタだからじゃない?」

 会話で解るだろうか。マルタがやらかした。でも、マルタに非はない(?)と思う。真面目な空気は綺麗さっぱり消し飛んだが。

 全ての原因は青の魔王の暴言だし。と言うかね、

「魔族は人の顔の見分けが付かないのか?」

 ルシアの疑問に頷く。

 金の魔王の回答も歯切れが悪い。 

「そんな事は無い、……無い筈、だ?」

 疑問符の付いた回答だが、白雷が自分達の顔を覚えていた事を思い出し『興味のある人間の顔しか覚えていないのかも』と考える。

 それを考えると、青の魔王が自分とマルタを見間違えて『何だ? 顔が変ったように見えるが老けたのか?』と口を滑らせてしまったのは……いや、考え直しても自業自得か。『老けた』とか、女性に対しては暴言の分類に入るだろうし。金の魔王に『これ暴言の分類に入るよね?』と尋ねると肯定された。自業自得だな。

 なので、青の魔王の暴言にキレて即座に跳び蹴りを叩き込み、馬乗りになって延々と青の魔王を殴っているマルタの反応は、女性としては当然なのかもしれない。

 物理攻撃が効かない種族を物理で殴っているマルタが、今後魔族からどう思われるかは不明だが、今考えても仕方ないよね。

 ミレーユの実況報告は更に続く。青の魔王がマルタに抑えられた瞬間、白雷が即座に動いて他の魔族を殲滅を開始した。

『初めて会った時と動きが段違いになってるんだけど、霊力による強化って凄いのね』

 そんな風にミレーユが傍観者のように暢気な感想を漏らす程度に凄かったそうだ。何気に白雷に霊力を取られた事がバレている。何処で知ったんだろう?

 十分に距離を取ったこちらにも、戦闘の爆音が遠雷のように聞こえる。間近で見ているミレーユからすると、爆音のような音で聞こえているかもしれない。

 ちょっと霊力を取られ過ぎたかな? そう思わずにはいられず、無意識に金の魔王を見る。魔王と視線は合わず、即座に逸らされた。

「この分だと、こちらの出番はなさそうだな」

「出番はなくても良くない? ミレーユも何もしていないっぽいし」

 手持ち無沙汰のルシアがぼやく。自分としては出番はなくても良いから気にはならない。出番を面倒に感じるから。

 やがて、遠雷に似た戦闘音が聞こえなくなった。ミレーユに『戦闘終了』の確認を取ってから、現場に近付く。

 この作戦開始直前に、二人の魔王から『不文律の存在』を聞かされた。聞かされた内容は不文律と言うよりも『魔族の摂理』に近いと思う。

 半年前のアレ――自分が先代の青の魔王を斃した一件――は自業自得な事故扱いなので、完全な例外扱い。

 今回はその例外では無いし、起こす気も無いと言う事なのだのだろう。

 到着した現場では、青の魔王に馬乗りになって頭部に打撃を与えているマルタの姿が在った。少し離れたところに、口元を引き攣らせて目を逸らしている白雷と片手で目元を覆っているミレーユがいた。

 ……シリアスが完全に死んでいる。大物っぽく登場した奴が噛ませ犬に降格している。何故マルタが絡むと噛ませ犬に降格するんだろう。拳封印具扱いの杖を取り上げたからか?

 マルタが絡むとシリアスがクラッシュされると評したが、ここまで来ると真面目な空気殺し(シリアスキラー)だ。

 雰囲気ブチ壊しだが、このままにして置く訳には行かない。

 青の魔王を魔法で動けないように厳重に拘束。フードを目深に被って顔を隠し、ミレーユとルシア協力の元、三人がかりで殴り足りなさそうなマルタを強制的に青の魔王から引き剥がす。マルタに精神鎮静効果のある魔法を掛けて無理矢理落ち着かせる。

 マルタと入れ替わりで二人の魔族が青の魔王に近付いた。手早くやってくれ。二人に言われた通りに背を向ける。

「ヘリオドール。……てめぇ、人間と手を組んだのか」

「人聞きが悪い。貴様も使える人間を取り込んでいただろうに」

「利用と協力じゃ、意味が違うだろうがよ!」

「それはどうだろうな。ま、議論する気は無いがな」

「て、――っ、っ!?」

「悲鳴を上げぬならいい。手早く済ませるか」

「く、そっ……ガァッ!?」

 生々しい音が響く。背を向けているから何が起きているか分からない。音から想像するに何が起きているのか考えない方が良いな。だって、一部始終を見たマルタの顔色が蒼くなって行くんだもん。うっかり見たルシアの顔色も悪い。ミレーユに至っては目を閉じて耳を塞いでいる。

 遮音結界を張り、引継ぎが終わるのを待つ。

 二人の魔王から聞かされた、魔王になる為の不文律。魔王の代替わりは簒奪が基本と言う話しを事前に聞いていたからか、詳細を知って驚きはしなかったけど、実際に行われるとちょっとアレだな。特に音が。

 先代魔王の心臓を喰らって魔王となる。それが魔王となる為の不文律。摂理に近いと思ったのは、魔族にとって魔力の核たる『心臓を喰らう』と言う行為が有るからだろう。他の魔王の見届け人付きで行うから不文律なのかもしれない。

 半年前の先代青の魔王を斃した際に、死体がどんな状態だったかは覚えていない。

 先代魔王の心臓と魔力を喰らい、魔王の色と魔力を受け継いで始めて魔王と名乗れるらしいが、どうでもいいな。

 魔族の掟を知ってもね。この世界だけのローカルルールだ。そんな前例が存在した程度に覚えて置けば良い。

 背を向けたまま終わりを待つ。

 


 待った時間は長かった。

 魔王の色と魔力を受け継ぐ――白雷が他者の魔力を取り込み、『歩く程度』に体に馴染ませるのに時間が掛かったと言うべきか。

 銀雪のような色味だった白雷の白い髪は、見事な瑠璃色に変わり、瞳の色も碧から赤に変化している。血のように赤い瞳は魔王の証らしい。そう言えば、黒の魔王の瞳の色は何色だった覚えていないな。今は関係ないか。

 疑問を追い払い、魔王となった白雷を改めて見る。髪と瞳の色以外に変わったところは見られない。他者の魔力を完全に取り込めていないからか、時折ちょっと苦しそうな表情を浮かべている。

 痛みを和らげる魔法を掛けてやれば多少は落ち着くが、気休め程度の効果しか発揮しない。継続的に掛け続けないと期待した効果が得られないようだ。

 何はともあれ、青の魔王討伐は終わったのだ。

 黒の魔王の居城に報告ついでに戻ろうと長距離転移魔法用のゲートの構築を始めた瞬間、ぞわりと虫が体を這うような悪寒に襲われた。他の面々も何かを感じ取ったらしく眉を顰めたり、鳥肌が立った腕を擦っている。

 何事か。首を傾げる時間も無く、何処からともなく低い声が響いた。

「どさくさに紛れて、何を企んでいるのかと思い見に来れば、こんな事をするとはな」

 怒り心頭と言った感じの声。声音からすると声の主は男だろう。だがそんな事よりも、声が聞こえる程の至近距離に『誰かが隠れ潜んでいた』と言う事実に戦慄が走る。

 未だに戦闘が出来ない白雷を取り囲むように背を向け合い警戒する。

「おかしいわね」

「ああ。気配がまるで感じ取れん」

「声がするから必ずいると思う」

 魔力索敵機を取り出し起動。潜んでいる奴は魔力までも隠せるのか、索敵機に反応は無い。

 けれど、声の主が誰なのか、放たれた言葉から推測する事は出来る。自分を含めた五人の視線が金の魔王の背に集中した。

「説明しなさい」

 マルタが代表して、魔王の背中を小突いて説明を要求する。

 しかし、気まずいのかバラされたくなかった事情でも有るのか、魔王はマルタに背中をバシバシ叩かれても不動のまま口を開かない。

「素直に喋ったらどうだ? 白雷に青の魔王の座を一時的に継承させるのは、貴様とノワールの独断だとな」

 第二の人物の呆れた声が響く。こちらも低い声音だから男だな。

 誰だろうと言う誰何よりも、放たれた台詞から考えられる『もしや』と言う推理を優先させる。

 だって、白雷も怪訝な顔をしているから。

「ふん。言わぬか。まぁいい」

 音も無く何もない空間が揺らめき、二人の人物が姿を現した。

 数刻前の白雷のような白味の強い銀髪の男と、炎を連想させる緋色の髪の男。双方共に冒険者風の格好をしているが、気になるのは共に金の魔王と同じ色味の赤い瞳を持っている事。この事から、この二人の正体が何となく想像付いた。

「フェールとラーヴか。白と赤の魔王がこんなところにまで、わざわざ何をしにやって来たのだ?」

「「「「おい!!」」」」

 非難の色強めに女子四人で突っ込む。何でそんな大物がここに来るの!?

「惚けるな、ヘリオドール。城を少し破壊してやったらノワールは正直に吐いたぞ」

「……ちっ」

 銀髪が吐いた真実に金の魔王が舌打ちを零す。黒の魔王が正直に何を喋ったか気になるが、魔王同士の会話に割って入るのは気が引ける。

 青の魔王と違って、こいつらは基本的に『人間の社会を乱す事を好まない』のだ。割って入って人間の社会に害を及ぼすようになっては困る。

 口を挟んでも良いのは白雷だけなので、ここは言いたい事が有っても我慢。空気を読まず何か言いそうになったマルタの口を三人で塞ぎ、念話で喋るなと注意する。

「ヘリオドール……」

 批難を多分に込めた声音で、白雷が金の魔王に呼びかける。金の魔王は振り返らずに『待て』と声を上げて白雷の口を閉じさせる。

「ノワールの居城に戻った際に説明する気でいた」

「とんだ言い訳だな。再びあそこに行けると思っているのか」

「何だ。俺が行けないように細工でも施したか。陰気な男だなぁ」

「減らず口は変わらずか」

 魔王三人が一触即発の空気に包まれる。

 睨み合う三人を見て、白雷を含めた五人で念話による緊急会議を開く。

『コレ、どうすんの?』

『介入は厳しいし、すべきではない』

『下手に介入して狙われても困るよね』

『ええと、見捨てるで良いんですよね?』

 マルタの発言に、全員の視線が白雷に集中した。緊急念話会議に強制参加させられているにも拘らず、仏頂面を崩さぬまま白雷は答えた。

『それ以外の選択肢が有るのか』

『まさかの肯定!? どんだけ人望無いのよ!』

『この状況で人望が残っているのか?』

『残っていたら不思議じゃない?』

『元々有ったんですか?』

『『『お前の発言が一番酷い!』』』

 マルタの発言に思わず女子三人で突っ込む。

『逃亡出来るか分からんが、あの二人の魔王の情報を渡す』

『良いのか?』

 白雷の提案にルシアが確認を取る。睨み合ったまま動かない三魔王を見据えながら白雷は肯定した。

『現状では仕方ないだろう』

『……確かにな』

 自分達は魔王の情報を知らない。情報が有れば多少は即席で対抗策の一つ程度は思い付くだろう。

『銀髪が白の魔王フェール。魔法による遠距離攻撃は出来ないが、接近されたら死ぬと思え』

『近づいて敵を叩き斬るタイプか』

『ああ。自身の体を一つの剣に見立てて攻撃して来る。あれの手刀は鋼を切り裂くぞ』

 白雷の説明を聞き、何かの漫画でそんなキャラがいたなぁ、と思い出す。漫画の作品タイトルは思い出せないが、登場キャラの一人が手刀(てがたな)で紙を切り裂き、人間に裂傷を与えたりしていた。体も『鋼のように硬い体躯を持つ魔物』に例えられていた。アレと同じキャラか?

『身体強化特化系で、何気無い攻撃が即死系。で、体が鋼のように硬いとか?』

『良く判ったな。正にその通りだ』

『うぇ、マジなの』

 ミレーユは心底嫌そうだ。硬い奴は斬撃による攻撃が効き辛いから、確かに嫌だな。

『赤髪の方が赤の魔王ラーヴ。現存する魔王の中で王の座に最も長くいる男で、最も厄介な男だ』

『あれ? 赤の魔王って負傷したという情報が有りましたよね』

 マルタの疑問に確かにと思い出し、否と打ち消す。

『回復していないって情報で、負傷したとは言っていなかったよね?』

『確かにそうだな』

『回復していないと言われると、負傷したと思い込んでしまいますよね』

『偽の情報か、別の何かが回復していないだけだろう』

 情報収集に長けたものが多いと言う事は、言葉遊びに長けたものも多いと言う事なのだろう。

『情報が偽物だったとして、赤の魔王が厄介と言うのはどう言う事だ?』

 話しの脱線を防ぐ為にルシアが問いかける。

『赤の魔王は自然災害を『任意』で引き起こす事が出来る』

『地脈に干渉出来るって事?』

『簡単に言うのならそうだな』

『確かに厄介ね』

 自分も同じ事は一応出来るが、事前に多種多様な準備を要するし、何より時間が掛かる。

 その手間なく引き起こせるのなら、非常に厄介だ。

『周囲に援軍がいないとも限らない。早々に撤退しろ』

『そうね。これ以上ここにいても巻き込まれるだけだし』

 白雷の提案にミレーユが同意する。だが、

『貴様はまだ動けないだろう。どうする気だ』

『適当なところで逃亡する』

『なら、適当なところで二手に分かれよう』

 金の魔王はここに置いて行く事になる。魔王だからそう簡単には死なないだろう。多分。

『ククリ。心の声が駄々漏れですよ。私も同じ事を思いましたが』

『なら突っ込むんじゃないわよ』

 マルタとミレーユのコントはさて置き、早々に逃亡を図る。逃亡先はニ~三百メートル離れたところで良いだろう。

 魔王三人が睨み合っている事を確認。女子同士で互いの衣服を掴み、自分は白雷の肩に空いた手を置き――

「っ、伏せろ!?」

 何かに気づいた白雷が発した警告の声に従って身を伏せる。直後、音も無く頭上を何かが通過し、フードの頭頂部が少し削られ、はらりと、捲れて背に落ちる。何が起きたのかさっぱり分からん。確認したいところだが、白雷に腕を掴まれそのまま引っ張られる。抱き寄せられたような体勢になるが、背後で硬い何かを砕いた破砕音が耳に届き冷や汗を掻く。

「ちぃっ」

 続いて、金属同士がぶつかったと思しき音とルシアの舌打ちが聞こえた。

「風刃!」「風槌!」

 間髪入れずにミレーユとマルタが魔法を発動させる。マジで何が起きてるの!? 白雷の黒鎧を叩くが本人は無反応。

 背後で何が起きているのか知りたいが、白雷に抱えられた状態でそのまま跳び退るように移動。着地と同時に地面に降ろして貰う。やっと背後の確認が出来ると振り返る。しかし、もうもうと立ち昇る砂埃で視界は悪い。薄っすらと人影が見えた。

 風刃と風槌を受けて無傷っぽいな……ん?

 冷静に観察し違和感を覚える。先程放たれた魔法は風刃と風槌の二つ。魔法を放った当の本人達も違和感を覚えたのか、怪訝そうな顔で人影を見ている。

 ……いやいや、何で人影が見えんの!? 当たった対象を問答無用で吹き飛ばす風槌を受けたよね!?

 放たれた魔法の種類を思い出し、思わず人影を二度見し、魔王達を見る。金髪と赤毛がいる。いないのは銀髪。さっきの攻撃は、こいつか姿が見えない部下が放ったものか? 

 思わず人影を凝視。曖昧な輪郭で判らない。が、人影が切り払うような動作を取ると同時に風が吹き、疑問の答えを見た。

 姿を現したのは銀髪――白の魔王。さっきの攻撃は部下でもなく本人の攻撃のようだ。

 金属音がしたよね? 無手だが、白の魔王の手は手刀の形を取っている。服装に変化は見られない。金属製の籠手はおろか、バングルやガントレットと言った類のものは着けていない。もちろん魔法による強化の類も見受けられない。

 人間凶器は漫画の世界だけにして欲しいわ。そう思ったが、ここは魔法や魔族が存在するファンタジーな世界だったな。畜生!

 突き付けられた逃避したい現実に思わず遠い目をする。

 ここは逃亡を選択すべき何だろうけど、背を見せたら間違いなく串刺しだろうな。逃亡を考えた瞬間、白の魔王が僅かに目を眇めたので逃げるのは厳しそう。何と言うか、逃がさんと言う気迫が凄い。

 後ろに下がりたいが、一歩下がれば背後にいる白雷にぶつかる。切実に、魔王にサンドされたこの立ち位置から逃れたい。何かロックオンされているし。

 どうやって逃げようか?

『ククリ。そこの足手纏いだけを連れてここから逃げろ』

 逃走手段を考えた矢先に、ルシアからまさかの指示がやって来た。

『あ~。そう言う事ね。確かにあんたは逃げなさい。こいつらに霊力を奪われたらとんでもない事になるわよ』

 納得したミレーユからも逃げろと言われる。

『心配するな。我々も呪いで簡単に死ねないからな』

『あんた一人を探すのは楽よ。早く行きなさい』

 説き伏せるように言われ、思わずマルタに振ったが、

『三人で逃げるのは厳しいでしょうね』

 まさかの肯定に、仕方が無いと諦める。

 でも、一人で逃げるのは何となく嫌なんだよね。状況が状況だから仕方が無いんだろうけど。

 一歩下がって白雷の鎧に触れる。白の魔王の目が眇められ、両手を手刀の形にして構えた。

 直後、ミレーユとルシアがそれぞれ愛用の剣で斬り掛かった。白の魔王は手刀で難なく弾き、人体から鳴る筈のない金属音が響く。怖ろしい全身刃物だ。

 マルタの雷属性の魔法攻撃が乱れ飛ぶ。流石の白の魔王も攻撃が掠めるとやや動きが鈍る。

 この隙に、自分は白雷を連れてゲート無しの短距離転移魔法の連続使用で逃亡した。

 移動先は、数刻前まで使用していた待機場所に使用していた岩場。魔法の連続使用で息切れた。息を整え、白雷に痛みを和らげる魔法を掛けながら逃亡先を考える。二択――いや、実質一択か。シルヴェストル達がいる国は却下。行先として問題しかなさそうだが、黒の魔王の居城が安全牌か。

 長距離転移用のゲートを組み上げる。

「ぬぉっ!?」「っ!?」

 あと少しで組み上がると言うところで、下から突き上げるような地震が起きた。片膝を着き転倒を防ぐが、集中力が途切れてゲートが霧散してしまった。地震の揺れは日本人の感覚としてはそこまで酷くはない。揺れは震度四強ぐらいか。久し振りに体験する地震で驚いた。そして、『まさか』と言う疑惑が湧く。

 自然災害を任意で引き起こす事が可能な赤の魔王。地震も自然災害の一種である。つまり、任意に引き起こされた疑惑が浮上する。

「何処へ逃げる気だ?」

 その疑惑の答え合わせをするように、赤の魔王がふらりと現れた。こいつも転移系の魔法が使えるのか。

「……ヘリオドールはどうした?」

「フェールに押し付けた」

 白雷の問いに簡潔な回答が返って来た。

 ――不味いな。

 状況もそうだが、戦力的にも、色々と不味い。

 魔力の取り込みが終わっていない白雷は、まだ戦えない。

 腹を括るしかないのか。


 ――前触れなく、視界に『死の光景』が映し出された。


 白雷を連れて全力回避。縮地の技能も使って可能な限り距離を取る。一秒にも満たない程度の遅れで、地面から岩の槍が大量に突き出た。パッと見て三十を超す数の槍が生えている。やっぱり、地脈に干渉出来るから、地属性系の魔法が得意なのか? 槍で見えなくなった赤の魔王について考察する。

「へ?」

 不意に視界が横にズレた。いや、ズレたと言うのは表現として正しくない。突き飛ばされて視界が横移動しているが正しいか。誰が誰に付き飛ばれたかって?

 自分が白雷に突き飛ばされた。

 そりゃあ、もう、手加減が無い。完全に意表を突かれて、突き飛ばされた自分は地面に転がった。顔面ダイブではなく肩から地面に着いた。地味に痛い。

 いきなり何をすると、起き上がって上げようとした抗議は、視界に飛び込んで来た光景で消えた。

「ちっ」

「がっ!?」

 舌打ちと、苦悶に満ちた声。

「――え?」

 赤の魔王の右手刀が、白雷の腹を貫いて、貫通していた。思考が停止し、呆けた声が零れた。

 白雷は鎧を身に着けている。打ち合わせの時に疑問に思って尋ねたが、こいつの鎧は特注なのか鋼並みに硬い。それでいて軽い。何この反則鎧? と思った。初対面の時? ははは。あの事は忘れましょう。本人の名誉の為に。

 そんな頑丈な鎧が、紙か何かのようにあっさりと貫かれている。我が目を疑い思わず二度見した。おいおい、何の冗談だ? 全身凶器は一人で十分だってば!

 赤の魔王が肘近くまで埋まっていた右腕を引き抜いた。ん? 何かを掴んでいる?

「ごふっ」

「これもやっておくべき事。仕方ない、か」

 追い打ちを掛けるように、赤の魔王は白雷を自分とは反対方向に蹴り飛ばした。地面を転がりうつ伏せになった白雷に起き上がる気配は無く、赤い水溜りが彼を中心に広がる。本人に動く気配が無いのに変化が現れた。

 瑠璃色の髪の色が抜け落ち、元の白髪に変わって行く。否、戻って行く。

 何なの? 何が起きているの?

 見た事の無い現象に茫然とする。座り込んだまま、この現象を引き起こした赤の魔王を意識せずに見てしまう。片腕を血で赤く染め、何かを掴んでい、る?

 白雷に起きた変化を見届けた赤の魔王がこちらに振り返った。怖気を誘う血色の瞳と目が合い、茫然としていた思考が正常に戻る。

 ……魔王がいるんだ。立て。立たないと危険だ。

 正常に戻った思考が警告を発する。警告に従い慌てて立ち上がったが、赤の魔王は自分の事など無視して手に持っていたものを地面に捨てた。ビチャリと、生々しい音を立てて地面に捨てられたそれは、目を凝らして見ると何かの臓器のようにも見えた。けど、確認する間も無く、臓器らしきそれは魔法の炎に焼かれて、瞬く間に灰と化した。

 臓器。何故臓器に見えたのか。それに見えた事が、意味する事は何か?

 導き出した答えに顔から血の気が引くのを感じた。

 確かに有効な手段かも知れないが、『喰らった心臓を胃袋から取り出す』とか、随分と強引な方法だな、おいっ!? 

 距離はやや遠いが、未だに動く気配の無い白雷に治癒魔法を掛ける。今更過ぎるかもしれないが、それなりに効果の高い魔法を発動した。金の粒子交じりの白い光が白雷を包む。失血分は補えないが、そこそこマシな状態にはなるだろう。

 すると、赤の魔王が意外なものを見たと言わんばかりの顔をした。

 何故そんな顔をされなければならない。そう思ったが、白雷は魔族で自分は霊力持ちの人族。どう考えても手を組む関係じゃないよな。敵対して当然の関係だ。

 思考が冷えて来た。同時に疑問が湧く。何故白雷は自分を突き飛ばしたのかと。答えは聞こえた舌打ちに有るんだろうな。

 身構えると同時に赤の魔王の姿が消えた。直感を信じ、飛び込み前転の要領で飛び退けば、赤の魔王の拳が地面にめり込み、クレーターが出来た。素手で戦うタイプなのか? マルタと代わって欲しいわ。つーか速いな。目で追えないんだけど。縮地に似た技能かスキルを持っているのか。こう言う時、相手のステータスが見たくなる。ゲームじゃないから数値を見ても意味は無いんだけど。でも、保有のスキルや技能類が判ればそれなりに対処は可能そう。

 暢気な感想を零している場合ではない。

 目で追えない攻撃が繰り出される。それらを全て直感で避けて行く。一発でも当たったらアウトだ。肩を掠っただけで吹き飛ばされるってどうなってんの? 避け切れなくて障壁張ったら一発で粉砕された。マジでマルタと交代したいわ。

 唯一の救いは徒手空拳だから射程が短い事か? でも侮れない。赤の魔王の移動速度も打撃の威力も自分よりも上。縮地使って避けてんのに、追い付かれるって反則過ぎない? 未だに反撃が出来ないんだけど。出来ても魔法の乱れ打ちだけだろうが。

 回避不可能な攻撃には、短距離転移を使いたいが魔力の消費量を考えて却下し、打撃用の盾を道具入れから取り出して攻撃を受けたら、今度は大砲で打ち出される人間砲弾の気分を味わった。一瞬、盾を持つ右腕が折れたと、思う程の衝撃だった。

 失敗したわー。そんな間抜けな感想しか浮かばん。

 背中から岩に叩き付けられた。後頭部にクッション代わりの左手を差し込む時間すらない。全身の骨が砕けたと錯覚する激痛に襲われる。全身を強打した際の衝撃で肺の空気を吐き出す。強制的に行われた空気の排出で肺が痛みを訴える。

 脳震盪を起こし、視界がチカチカする中、痛みを我慢して息を吸う。呼吸するだけで肺が痛む。しかし、全身を強打したにも関わらず、骨折などの怪我は無い。

「ぐ……」

 全身に治癒魔法を掛けながら右手に持った盾を頼りに起き上がる。魔法のお蔭で多少痛みが和らいだが、立ち上がるには時間が掛かる。

「思っていた以上に頑丈だな」

 肩で息をして呼吸を整えていると、呆れと感心交じりの声が耳に届き顔を上げる。歩み寄って来たのは赤の魔王。緋色の髪を揺らしながらこちらを観察している。

 青の魔王との戦闘で負傷したって聞いたけど、本当に負傷したのか疑わしい程の実力だ。

 立ち上がるがよろめいて片膝を着く。後頭部を強打したダメージがまだ抜けていない。それでも、どんな攻撃が飛んで来るか分からないので顔を上げる。

「大した気骨だが、今は不要だな」

 正面に立った赤の魔王が自分を見下ろす。立ち上がれない自分は見上げるしか出来ない。

 ニヤッと、口を歪めた直後、蹴りが飛んで来た。反射的に盾を間に滑り込ませて、蹴りを受け止めたがふら付く体では踏ん張りが効かず、そのまま吹っ飛んだ。飛ばされた威力を利用して、重力魔法による疑似飛翔で地面を滑るように飛んで距離を取るが、容赦のない追撃が来た。邪魔になりかねない盾を道具入れに仕舞い、身を捻って氷の槍をやり過ごす。 

 実体験して改めて知ったが、こいつの攻撃は受けたら駄目だ。回避不可能な攻撃は後先考えずに短距離転移で対応するしかない。

 攻撃に転じたいが、接近するのは自殺行為だ。カウンターを取られたら一巻の終わりな気がしてならないし、盾で攻撃を受けただけで吹き飛ばされる。もう一回、岩か地面に叩き付けられたらアウトだ。治癒魔法を使っても焼け石に水状態。負傷した端から治しても意味無さそう。

 逃亡したいが、やっても絶対に追い付かれる。ゲート無しで岩場にまで来たのにあっさりと追い付かれたのが良い証拠だ。

 魔法の乱れ打ちに紛れて逃げるしかないか。

 攻撃を転移で回避し、上空へと逃げる。そして、眼下に向かって初級魔法を放つ。一息に放てるだけ放ったその数は千を超す。無差別爆撃で岩と地面が砕かれ、砂埃が舞い上がり眼下を隠す。地上だと上空を隠すような感じになっただろう。

 赤の魔王が巻き込まれた事は視認した。無傷だとしても『逃亡出来れば』関係はない。転移魔法で移動するが、

「……どうやって先回りしてんの?」

 何故か転移先の草原に赤の魔王がいた。無傷だろうなとは思っていたが、本当に無傷だとちょっと凹む。

「霊力保持者は可能な限り管理した方が、サフィールのような愚か者の出現が防げるのでな」

 疑問の回答は得られないと思っていたが、魔族の都合を語られても困る。

「見逃してくれないの?」

「ヘリオドールの部下であるエクレールが霊力による強化を受けている以上、却下だ」

「事後承諾の譲渡で何でこうなんのよ」

 見逃してくれない赤の魔王の無慈悲な回答に、思わず額に手を当てた。事後承諾と言った瞬間に魔王が目を僅かに眇めた。寝込みを襲われた事がバレなきゃいいんだが、譲渡方法について尋ねられても答えたくない。

 この状況からどうすれば逃れられるんだろう。

 第二ラウンドが始まる気配に気が重くなった。


ここまでお読み頂きありがとうございます。そして、間が空いてしまいすみません。

始めはマルタが真面目に戦っているところを書こうとしたのですが、何故か進みが悪く気づけば魔王の一人が噛ませ犬にランクダウン。すまんと謝りつつも、こいつはここで退場だからいっかと書き進めました。

魔王も全員登場し、かなり混沌とした状況になって来ましたが、エンディングの内容は決まっています。途中どんな蛇行をするか、大体決まったのでこのまま突っ走ろうと思います。終わりまで付き合って頂けるとありがたいです。

短編が幾つか書き上がりそうなので、見直ししたらこちらも投稿します。

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