愉快な魔王様
前回から間が空きすみません。
タイトル変更後の、沢山の誤字脱字報告ありがとうございます。
浮遊感類はなく、視界が真っ白から回復した。同時に四人で背中を合わせるように周囲を警戒する。屋内である事以外分からない、全く知らない場所。近くにいるのは、一緒にここに来たらしい魔族の男二人。
「警戒せんでいい。ここは黒の魔王の城だ」
一人ケタケタと愉快そうに笑う魔王に、四人揃ってジト目で見てしまう。暫し睨むように見つめていると、流石に居心地が悪くなったのか、魔王は咳払いを一つ零して雰囲気を変えた。
「ここは黒の女魔王――ノワールの居城だが、先に話しは通して在る。襲われる心配はないぞ」
金の魔王の説明が入るが、気になった事が有る。
「黒の魔王って、女性だったのですか!?」
「そっち?」
「え!?」
マルタとミレーユのボケ突っ込みはさて置き、ルシアと共に確認を取る。
「話しは通して在ると言うのは?」
「貴様等を連れて来て欲しいと向こうから頼まれた。代わりに白の魔王に『青の魔王排除までの間、絶対不可侵の約束』の取り付けをさせた」
「その白の魔王の配下が、さっきの城を襲撃していたよ」
「魔族間にのみ適用される。こんな時に人間の城を襲撃して得るものは無いだろう」
金の魔王はそこで台詞を一度切り、自分をしっかりと見据えて、だが、と続けた。
「推測でしかないが、『異世界の聖女』がいるかもしれないと思ったのかもな」
「あれ? あたしのせい?」
「かもしれないな」
魔王の肯定に内心呻く。とばっちりも良いところ……でもないか。先王の負の遺産だと思うとある意味当然。『先代の影響凄いな、辛いな』と過労気味な現王の肩を叩いてやりたい気持ちになる。
魔王が何も言わずに歩き始めた。白髪に背を押された。拒否権は無いらしい。漫才をしている二人の気を引いてから魔王を追いかける。白髪は最後に付いて来た。逃げないか監視が目的か。
黙って暫し歩き続け、両開きの扉の部屋に辿り着いた。魔王が扉を開ける。
ノックも声掛けもしていないがいいんだろうか?
そんな事を思っていると、白髪に歩けと肩を叩かれ、魔王のあとに続いて部屋に入る。
入った部屋は広かった。置物が一つしか無いせいか、部屋の面積以上に広さを感じる。
部屋に唯一存在する置物に――これまた豪奢な椅子に、肌の白さが際立つ黒いドレスを身に纏った黒髪の美女が座っていた。微笑んでいるだけなのにやたらと迫力がある。側近なのか、傍には深緑色の髪の、柳のように細い、初老の女性がいた。鳩尾辺りに手を当てているのは何故だろうか?
ズカズカと礼儀もなしに魔王が女性二人の傍に歩いて行った。初老の女性が鳩尾辺りに当てていた手を左右に動かしている。胃痛を感じているのか?
「久しいな、ノワール。連れて来たぞ」
「うふふ。感謝しますわ。ヘリオドール」
傍にやって来た魔王の闊達な挨拶に、黒髪の美女――ノワールと言うらしい――は微笑んだまま泰然とした態度で返した。そのまま歓談し始める。
おかしいな。魔王同士で勢力争いをしているって聞いていたんだけど。あと、ヘリオドールって誰?
「随分と仲が良いのですね」
マルタの茫然とした呟きに頷く。
「アンタら勢力争いしているんじゃなかったの?」
ミレーユが最後尾にいる白髪に尋ねた。質問内容に白髪は眉間に皴を寄せた。
「末端単位では多少はしている。外部との勢力争いよりも、内部の勢力争いの方が激しいな」
「そう言うところは人と変わらないのだな」
「……指摘するな」
ルシアの指摘に、白髪は眉間に寄った皴を揉んだ。
皴の揉み解し途中で悪いが、もう幾つか質問する。
「ヘリオドールって誰?」
「アイツの名前だ。金の魔王の座に就くまでは『雷光』とも名乗っていた。……さっきの城でも名乗っていただろう」
もう忘れたのか、と突っ込まれるが無視。強制転移喰らってど忘れしたとは言えん。
「ノワールは?」
「黒の魔王の名だな。真偽は不明だが『本質を知ったら絶望する』と言われた魔王だ」
魔王個人でも名前は有るのね。黒の魔王に関しては余談レベルの情報だが、覚えておいて損はなさそう。
「ふうん。アンタの名前は?」
「忘れたのか? 青い顔をしていた奴が言っていただろう?」
「それあだ名か二つ名じゃない?」
「……エクレールだ」
指摘すると白髪――嫌そうにエクレールと名乗ったので白雷と呼ぶか――改め、白雷は律儀に答えた。
早く行けと、白雷に促され、自分達も魔王達の許に歩み寄る。
歓談している魔王達にある程度近付くと向こうが先に気づいた。
「貴方達が異世界の聖女と仲間の皆さんね。ふふっ、ようこそ、我が居城に」
黒の魔王――ノワールが嫣然と微笑み、こちらに挨拶をして来た。随分と無視されていたがこの際流そう。面倒だし。
彼女の反応を見るに、呼び出しのメインの自分がやり取りをするのが無難そうだな。片手を上げ他の三人が口を開くのを制する。
「ご丁寧にどうも。顔を見たい以外で何か要望が有る?」
「そうね。青の魔王の対策会議でしょうか」
黒の魔王は艶やかにほほ笑みそう言った。
しかし、十分後。
広い部屋に色っぽい女の声と打撃音が木霊していた。
「ちょ、気持ち悪ぅ!? 縋り付くなあああぁ!」
「あはん♡ 抉るような拳があぁん」
マルタの辟易した絶叫と打撃音が響く。
恍惚とした嬌声を上げているのは黒の魔王だった。
「夢にまで見た打撃がっ、ありがとうございますぅ!」
繰り返すが。
マルタの打撃を受け、『黒の魔王』が恍惚顔で嬌声を上げている。
打撃を受けて黒の魔王は嫌がるどころか、もっと欲しい! と、催促している。縋り付かれ催促されているマルタは引き攣り顔だ。
少し離れたところで行われている『惨劇? 喜劇?』を眺める。
初老の女性――ソールは虚ろな目で『何も見ておらぬ。何も聞いておらぬ。何も起きておらぬ』と虚空に向かって呟ている。
どうしてこうなったか、記憶から抜け落ちているので思い出せない。
思い出せないと言う事は『思い出さない方が良い』可能性も有るので……記憶を掘り起こすのは止めよう。
誰だって思い出したくない記憶は有る。多分、これもそう言った類なのだ……!
「……あれが『本質を知ったら絶望する』と言われた魔王の真実」
ぽつりと呟けば他の五人も感想を口にする。
「確かに本質を知ったら絶望するでしょうね」
「絶望するのは主に魔王の部下だろう。まぁ、敵も裸足で逃げそうだが」
「それ以前にこんな情報が拡散したら、黒の魔王一派が瓦解する」
「情報の拡散を防いでいる優秀な立役者がいるのだろうな」
以上、ミレーユ、ルシア、金の魔王、白雷の順の感想である。
白雷が指摘した通りの立役者と思しき人物は一人しかいない。
全員がソールに憐みと同情の詰まった視線を送る。
送られた本人は虚空に視線を彷徨わせて現実逃避している。涙を誘う姿に胃薬を差し入れたくなった。
虚空に向かって延々と呟いていたが、突然我に返って、こちらを睨んで来る。
「隠匿せねばならぬ陛下の秘密。知ったからには――」
「いや、教えて誰が信じるのよ」
ソールはお約束の台詞を吐いたが、ミレーユの突っ込みに動きを止めた。
「確かにそうだな。付き合いの長い俺も初めて見るが、今でも信じられん」
金の魔王の発言にソールの瞳が虚ろになった。
「他者に情報を教えても、影武者と勘違いされるか、幻覚を見たと言われるのは間違いないな」
「逆に『王を侮辱した』って黒の魔王の部下の反感買いそうね」
「その可能性は高いな。黒の魔王の部下は忠誠心の高いものが多いからな」
ルシア、自分、白雷の追撃に、ソールの勢いは完全に萎んだ。
反論出来なくて納得してしまった、とも言う。
沈黙が降りるが、打撃音と嬌声が響く。話し合いと言う空気ではない。
外部からの音を遮断する障壁を展開し、話し合いを始める。突如始まった惨劇(?)で何処まで話し合いが進んだか全員が忘れたので、初めからやり直しである。
「確認だが、青の魔王はいなくなっても良いのだな?」
「ああ。それには白の魔王と赤の魔王も同意を得ている。何せ『完全排除』と決めたからな。頭が消えたら派閥も解体する予定だ」
ルシアの確認に金の魔王は肯定を返した。
ソールも『黒の魔王の成果』を報告をする。
「陛下は白の魔王と『絶対不可侵』の約束をもぎ取りました。青の魔王を討つまでは動かないでしょう」
「討った直後に動くとかありそうね」
ミレーユの懸念に全員が苦い顔をする。青の魔王『一派』の排除が終わるまでじゃないから当然か。
「その懸念は当然だろうな。赤の魔王に監視を頼むか」
少しも悩まず、金の魔王は他所に丸投げを決めた。
「赤の魔王は何もやっていないの?」
監視『を』って言った事は何もしていないって事か? 何となく引っ掛かり尋ねると、金の魔王は素直に頷いた。
「ん? そうだが」
「待て」
白雷が待ったをかけた。そこで魔王も気づき、口が半開き状態で固まった。おい魔王。お前の側近が頭が痛いと言わんばかりの顔をしているぞ。
しかし、二人の反応で判明した事が有る。
「赤の魔王は動けないのか?」
ルシアのド直球な問いに、男二人は目を泳がせた。どうやら隠したい情報だったらしい。ソールに視線を送れば、瞑目していた。
「……赤の魔王は回復していないので動けん」
「回復していない?」
やや間を開けて金の魔王がそう回答すると、ミレーユが鸚鵡返しに尋ねた。
「ああ。会談するまで俺も知らなかった。青の魔王が王位を得て最初にやったのは『赤の魔王の排除』だ」
「思い切った行為だが、あそこの一派は情報収集に長けたものが多い。娯楽として人間の振りをして情報収集をしている奴までいる。王位を得た情報の拡散を防ぐ為かもしれないな」
「だが排除に失敗し、手負い傷を負わせて撤退したと聞いている。失敗した事で逆に情報の拡散が早まった」
「自業自得、いや、因果応報か。何故、成功すると思ったのだろうな」
魔王、白雷、ソールの解説を聞きルシアが感想を零す。自分も確かにと思う。情報の拡散を気にする当たり、行き当たりばったりではないんだろうけど。初手から失敗してどうするんだ? 確実にやれよ。
そして今更だけど、魔王の居城に強制連行された理由が何となく分かった。
魔王が負傷してるって重大な情報だよね。金の魔王がうっかり漏らすか、会話からバレる事を誰かが想定してここに連れて来たんだな。会話から考える限り、白雷が進言しそうだけど、気安い仲の黒の魔王が提言していそう。
気まずい雰囲気を払拭する為に咳払いをしてから話しを進める。進行代わって欲しいわ。白雷を見たら目を逸らされた。ちっ。
「コホン、あー、と、赤の魔王には情報収集と監視に集中して貰うとして。囮を使った討伐計画だけど、囮役はあたしだよね?」
確認したら魔族三名が同時に頷いた。
「擬態が出来る奴がいない限り無理だろう、と言いたいが、霊力を持った人間の代わりが務まる奴がいたらそいつを起用している」
「そもそも、霊力を持った人間を囮にする事自体が無い。故にお主以外に出来る奴がおらぬが正しい」
魔王とソールの言葉を聞き、『マルタに代役をさせる』案をなしにする。が、ルシアとミレーユはパーティメンバーなだけあって自分と同じ事を考えていたらしく、揃って口元に手を当てて考え込んだ。
「? 何か代案が有るのか?」
考え込んだ二人を見て魔王が問いかけて来る。『没案・マルタ代役』の説明をすると、白雷の口元が引き攣った。そう言えば、あんたはマルタの拳の威力を身を以って体験していたわね。
「あたしは普段から霊力が体外に漏れないよう気を使っているし。マルタに霊力を込めた何かを持たせて、あたしの霊力を完全に封印すれば行けると思うんだけど」
「まぁ、身長はともかく髪色は同じだしな。最悪、ほぼ同じ身長の私が代役を務めればいい」
「ルシア、拳で行ける?」
「拳だけに限定されると微妙だな」
剣の腕前はパーティメンバーでも上位のルシアだが『拳』は使い慣れていないだろう。
打撃系なマルタがおかしいのだ。本人は否定するだろうが、ゲーム内天職『重拳闘士』はリアルファンタジーにおいて天職だったと言う事なのだ。
どこぞの国の教会で行われていた『ボクシング試合終了後→神の教えを説く』を見て、コレだと、思う当たり運命だったんだね。打撃系が。
「髪色なんて魔法で好きなように変えられるし、それも良さそうよね。でも、徒手空拳で臨んだ方が良いならマルタが最適でしょ」
マルタに関する過去を思い返していると、ミレーユからも『マルタ推し』の声が上がる。
自分達五人の視線は、自然と会話に加わっていない二人に向かう。
恍惚の表情を浮かべてマルタにしがみ付く魔王と、必死になって引き剥がしに掛かるマルタ。それを見たソールの口から白い靄が漏れだした。ミレーユが慌てて叩き戻す。
ミレーユと二人掛かりで精神を安定させる魔法をソールに掛けながら、視線を逸らし再び会議を行う。
「ククリ。霊力を込めた武具をマルタに持たせる事は可能か?」
「可能と言えば可能だけど、長く持たないよ?」
実は霊力は『一時付与』は出来ても『恒久付与』は出来ない。一度、大量の霊力を付与すれば、恒久付与と成るかと思い試したが失敗した。どうやっても『回数制限』が付いてしまう。聖結晶のように『魔力を霊力に変換する』効果を持つ鉱石などが有ればいいのだが、今のところ見つかっていない。
「いや、マルタが持っている事に意味が有る」
「意味? ……あーそう言う事?」
「囮役だから確かに意味は有るでしょうね」
ルシアの言い分に、ミレーユと共に納得する。
マルタは霊力を持っていない。だが、霊力を込めたものを持たせれば誤認させる程度は出来るだろう。そうなると、霊力を込めるのは、マルタの籠手で良いな。まず手放さないし。
マルタの籠手は打撃の際に手指を傷めない事を第一に作った代物。初めて作った時は籠手がどう言ったものか詳しくなかった事も有り、『手指を保護する為の打撃用武具』として作り……不評だった。
『シスター嘗めてんのか!?』
と、ヤンキー口調で問い詰められたっけな。今となっては懐かしい思い出だ。
その後も話しを詰めたが、結局『囮役はマルタが適任』で決着した。
マルタの打撃ですっかり忘れていたが、魔族には『基本的に物理攻撃が通用しない』のだ。耐久の限界を超える程に魔法攻撃を叩き込むのなら倒せる。
で、この魔族に対して『物理攻撃は不可、魔法攻撃ならもしかしたら』の例外が霊力。『少し前の過去』で判明した事だが、神聖魔力も可能である。
白雷に打撃が通ったのも、マルタの籠手に聖結晶を着けたからだと、思う。
打撃を思う存分に堪能して(?)、肌が異様に艶々な魔王を、ソールを除く全員でマルタから引き剥がし、計画を話す。
疲労困憊なマルタを癒やす魔法を掛けつつ労う。
だが、誰だって変態の相手は嫌だ。ここは頑張ってくれ。
精神的に疲労困憊に見えるソール発案で一時休憩となった。個室を貸してくれるらしいが、ここは黒の魔王の居城。油断は禁物。
しかし、思っていた以上に疲労が溜まっていたのかベッドに寝転ぶと強烈な眠気がやって来る。
これまでの経緯を思い出すと、疲れが溜まって当然か。
襲撃、逃亡、襲撃対応手伝い、やっと区切りが付いたと思ったら、強制移動、そして作戦会議。
何をどうしたらこんな流れになるのか。こんな運命を用意した奴を殴りたい。
幾重にも結界を張って、仮眠を取る事にした。
――気づくと、暗闇の中に立っていた。
上下左右前後、全てが黒一色。己の手すら見れない程の暗闇。
――ここは、また夢の中か?
最近多いな。霊視の影響かと嘆き、視界で金の粒子が火の粉のように舞った。
『生まれ付きの霊力は金の靄状。金の粒子は『何かを捧げた』証』
前触れなく、女の声が響いた。周囲には誰もいない。でも、この声は聞き覚えが在った。
『一体、何を捧げれば、それ程までの霊力が得られると言うの……』
独白めいた女の声。
かつては返せなかったが、今の自分が返す言葉は決まっている。得られない『欲しかったもの』については、割り切りが出来たから。
「捧げた覚えはない」
自らの意思で何かを捧げた覚えは無い。意思とは関係なく勝手に『捧げられていた』が正しい。
確かに霊力は有れば便利だけど、得てしまった過程を思うと、とてもではないが喜べない。
ガクンと、どこかに引っ張られる感覚。目が覚めるのだろうか……。
前回から時間が空きすみません。
そして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
区切りを考えた結果ここで一回区切る事にしました。
進みが悪くなると、短編ネタを書き起こして流れを決めて序盤だけ書いたり、ネット小説を読み漁るなどをしてどうにか書き進めました。
青の魔王を倒す複数の過程の内、どれが作者的に面白く感じるかと、悩んでいるので次自話も間が空きます。