逃亡先も襲撃されていた
シルヴェストルからの提案で、彼の故国であり、半年前に自分をこの世界に呼び出した国に向かう事になった。
この国からかなり離れていると言う理由で提案を受け入れたのだ。
シルヴェストルがこの街は放置で良いのかと話題に出さない当たり、何か思うところが有るのだろう。話しを振ってもあとで手紙を送ると言って直ぐに終わってしまった。
さて移動だが、この世界の長距離空間転移の術に使用する魔力量は、移動距離と重さで変わる。対して、自分の場合空間と空間を繋げるので、距離が遠いと使用する魔力量も増える。
世界によって同じ名称の魔法でも、発動までの過程が違うと再認識する瞬間でもある。
青の魔王が何時やって来るか不明なので、急ぎ魔法の展開を行ってもらい――転移する。
視界が一瞬だけ、真白色に染まる。
再び色が戻った時には、見覚えの有る建物――王城内だった。
懐かしいとは感じない。戻って来てしまったのか、とだけ感じた。
シルヴェストルの案内で移動を開始した直後、轟音が響き建物が揺れた。
「何でよ!?」
ミレーユが理不尽を嘆く。自分も同じ事を思ったので、頷いて同意した。
魔族がいなさそうなところに逃亡したのに、何故、散々聞いた轟音を耳にせねばならんのだ。
現状を知る為にも、シルヴェストルの案内で移動を始め――絶句した。
何故かって? それは、簡単な話しだ。
逃亡先も魔族の襲撃を受けていたからだよ。
「逃げても意味が無かったですね」
マルタの感想に全員が同意した。
通路を走り、建物の外に出ると、風が吹き荒れていた。押さえていた髪の毛先が風で宙を踊る。鬱陶しいので、風の障壁で強風を弱める。改めて周囲を確認する。王城勤務の兵士や騎士の死体が転がっている。二十数名の死体を目にしたシルヴェストルの顔から血の気が引いた。しかし、自分は死体よりも気になる事があった。
「悲鳴が聞こえて来ない?」
先の轟音以降、音が聞こえて来ない。
荒れ狂う風音は聞こえるのだが、悲鳴や倒壊音と言った別の音が響かないのだ。
どうなっているのか、顔を見合わせても、考察しても分からない。
ルシアに背を叩かれ、シルヴェストルは先導の元、移動を開始した。
訓練場らしき場所に辿り着いて、風が荒れる音以外の音が響かない原因が判明した。
音が響かないのではない。暴風で意図的に音が掻き消されていたのだ。そして、暴風を操り音を消していたのは、山羊の頭を持った魔族だった。山羊頭の魔族はこちらにまだ気づいていないのか、背を向けたままだ。
シルヴェストル曰く、高位の魔族は人間の姿を持っている。中位の魔族は頭部が人間ではない。
先代の青の魔王とその側近は皆、肌の色が青だったり、耳の先が尖っていたり、頭に角が生えていたりと人ではない特徴があったが、その姿はほぼ人間だったので、この情報には納得した。最近会った、白髪や今代の青の魔王(翼以外)は人間と変わりない姿をしていたしね。
さて、これらの情報から目の前にいる魔族は、恐らく中位の魔族なんだろう。
……丁度よく血の気の多い面子が三人もいるので、中位魔族の実力がどの程度か観察したいな。今後の為に。
そんな事を思っていたが、魔族と相対している生き残りの人間二人(満身創痍で転がっているが)に視線を向けると、見覚えの有る金髪の二人だったので、うっかり声を漏らしてしまう。
女子三人から疑念の視線が来るよりも先に、シルヴェストルが救助の為に攻撃魔法を放った。止める間もなく放たれた。放たれたのは氷の槍。暴風で飛ばされないように重みのあるものを選んだんだろうが、一声欲しかったな。
魔族はこちらに背を向けたまま、片手間作業のように氷の槍を素手で砕いた。こいつ中位魔族の中でも上の方じゃないか?
女子四人で感嘆の声を上げ、シルヴェストルは驚いて固まった。
自分以外の女子三人は次いで、驚いて固まった男を見る。どの程度の実力があるのか考察しているのだろうが、考察の時間は得られない。
今の攻撃で、背後に魔法攻撃が出来る敵がいると知った魔族が振り返る。
何時ぞやかの牛頭と違い、二つの目を持っているが、瞳は赤く朱色のような色をしている。
「生き残りがまだいたのか」
暴風に掻き消される事無く、魔族の声がはっきりと聞こえて来た。器用だなと思う反面、魔法の制御技術が高そうだと感じる。
転がっていた二人が、こちらに気づいて何かを叫んでいるが何も聞こえない。恐らくだが、こちらの声も届かない筈なので、声を上げようとしたシルヴェストルの肩を掴んで止めさせる。睨まれるが止めろと、首を振る。
助けに行きたいんだろうが、こいつ一人じゃ絶対負ける。あそこで転がっている二人は半年前の救助隊のメンバーだった騎士と神官。相性の問題も有るんだろうが、精鋭に数えられる二人が追い詰められている相手に一人で向かうのは悪手だろう。
いっそ自分で殺るかと考え、行動に移すよりも先にミレーユがカットラスを鞘から抜いた。
「ストレスの発散も兼ねて私が殺るわ」
それだけ言うと、止める間もなく単身で障壁から飛び出し、魔族に斬り掛かった。魔族もミレーユ相手では分が悪いのか、吹き荒れていた暴風が弱まった。援護は不要だろう。
その隙にルシア、マルタと視線を交わし、二手に別れる。自分は予想外の結果に茫然としているシルヴェストルの手を掴んで転がっている二人の元に転移で移動する。残りの二人は他に魔族がいないか調査に向かった。
転がっている二人を障壁内に引き込み、魔法で治療を開始する。
シルヴェストルがミレーユの援護を始めようとしたが、邪魔にしかならんので直ぐに止める。
「ミレーユはあんた達より強いから大丈夫。鬱憤晴らしの邪魔すると後が煩いわよ」
「「「……何だと?」」」
ミレーユの実力が分からない、男三人が驚きと疑問の声を漏らす。
何故分からんと、内心で首を傾げ、それもそうかと、答えに辿り着く。
異世界から召喚されたのは自分だけ。ミレーユはこの世界で生まれた住人。いかにギルドで仕事を熟していようとも、国内の実力者ランキングで上から数えた方が早い己より『気の強そうなだけの女』の実力が上だとは思えないか。貴族には男尊女卑の傾向が有るから尚更か。
男共と一緒にミレーユの戦闘状況を見る。
鬱憤晴らしが楽しいのか、ミレーユが時折、高笑いを上げながらカットラスを振るっている。防戦に追い込まれた魔族は大変苦しそう。暴風が完全に収まっているのでミレーユの高笑いがしっかりと聞こえた。
楽しそう。戻って来たルシアとマルタがドン引く程度に。
一方男共は、自分達を追い詰めていた魔族がたった一人の女に追い込まれる様子に唖然としていた。
治療中に暴れなければいいので放置する。
男二人の治療が終わる頃に、ミレーユは魔族を斃した。
既にこの世にいないが余りにも哀れだったので、内心で合掌した。噛ませ犬されると大変だね。
完治した騎士オスカルと神官ユーグ――女子三人は名前を知らないので名乗らせた――から、何が起きたのか説明を受ける。反発されると面倒なので、基本的にシルヴェストルが質問を行う形だ。
で、次の通りの事が判明した。
・襲撃して来たのは白の魔王の配下で、纏め役が山羊頭だった。
・即位したての王は逃がした。
・魔族の目的は、先代の青の魔王の討伐に関わっていたもの達の実力の把握。
・下位の魔族はどうにかほぼ斃せたが、中位の魔族である山羊頭に苦戦。
「かの魔族は他に何か言っていませんでしたか?」
女嫌いだからか、シルヴェストルの質問にユーグが素直に答える。
「いや、特に何も言っていなかった」
質問役を任せて正解だったねと、女子四人は念話で思いを一つにした。
騎士の性か、面識のない女子三人にチラリと視線を向けてから、自分を見据えるオスカルから逆に質問を受ける。
「無事に確保したみたいだが、其方では何があった?」
確保って、自分は物品か何かなのか? 話しの腰を折ると進まないので突っ込まないが。
そう言えば、この騎士も女嫌いだったねー、と思い出し、面識のない女子三人をパーティメンバーと紹介し、他国の王都での再会と魔族の襲撃があった事を話す。
当然と言うべきか顔色が変わった。だがそれも一瞬で、直ぐに引き締まったものに変わる。
直ちに陛下に詳細な報告をと、騎士に手を引かれて移動となった。女子三人も付いて来る。
しかーし、『お前、女嫌いじゃなかったか?』と自分は疑問を顔に浮かべてしまった。
半年前、近づくなとか文句を言いまくっていたのに、どう言う心境の変化だ?
倒壊の危険性はないのだろうかと不安を煽る、亀裂の多い通路を通り抜け、謁見の間だった部屋に辿り着く。謁見の間だったと称したのは、天井が無いからだ。十メートルある天井の穴から、見事な曇り夜空が見える。
執務室じゃないのかよと、突っ込みたいがかなりの人数が集まっているので、収容人数の問題でここになったのだろう。
現に、文官と武官の重鎮らしき壮年の男が勢揃いしている。
数段高い所に在る椅子に腰掛けているのは、一人の若い青年。シルヴェストルから聞いた話しによると三ヶ月前に即位したこの国の国王にて、王女の救出メンバー最後の一人――アーロン王子、いや現国王と言うべきか。
肥えた豚を連想させる先王に似ているなどと言えば、嫌そうな顔の一つぐらいはしそうだが、青年の容姿自体は先代国王を数十歳若くし、細くしたかのような感じなのだ。嫌な血の繋がりだね。
目の下の隈が濃く、やつれた感があるが――自分には頑張れとしか言いようがない。部外者だからね。女子三人が死相が出てないか、とかひそひそ話しをしているが参加もしない。過労死寸前を思わせる状態なので、追い打ちをかけるには哀れ過ぎた。
そんな状態でも、自分達に気づくと先に声を掛けて来る。自分は父親と違うと認識が強いんだろうね。
「戻ったか。……よく連れて来てくれた」
声が死んでいるが突っ込まん。シルヴェストル含む男三人が応答を返し、これまでの経緯の報告を始める。女子四人は口を挿むと色々と面倒な事になりそうなので、貝になっている。
他の重鎮達は値踏みするような視線を自分達女子四人に送って来るが、王の一睨みを受けて視線を慌てて逸らす。
山羊頭を斃したミレーユのお蔭で助かったのだから、王の態度が当然なのだ。こいつらあとで処罰されそう。
「……あー、ククリよ」
報告を聞き終えた王に名前を呼ばれて首を傾げる。
返事を返して、王の顔を見ると……目が回遊魚のように泳いでいる。頬を掻き、口籠っている。
「何ですか?」
話しが進まないので問い掛けると、暫し瞑目してから息を吐き、急に立ち上がった。そのまま目の前まで歩いて来る。
何事? 唐突な出来事に周囲を見回し解説者を探したが――周囲も王の奇行に驚いて固まっている。
目の前にやって来た王は、
「父の代から多大な迷惑をかけて済まなかった」
そう言って頭を下げた。頭を下げた意味を考え、『もしや』と言う答えに辿り着く。
「……おい」
「待て。そう言う意味ではない」
たっぷり十秒程経ってから思わず低い声が出たが、頭を上げたこいつは否定した。
「愚王と愚妹の愚行に巻き込んだのはこちらだ。馬鹿で我儘な妹が原因で君に故郷を捨てさせた。愚かだった父は君に労いの言葉一つ掛けずに城から追い出した。挙句、四ヶ月前、後代の青の魔王が報復の準備をしていると情報が入った時、君を連れ戻せとふざけた発言をした」
報復される一ヶ月前に情報を手に入れておきながら、何でそれが活かせなかったんだ?
いや、それよりも。今代の青の魔王って二ヶ月も経たずに勢力を掌握したのか。早過ぎる気がするが、水面下で先代の首を狙っていたんだろうね。それを自分が横から殺ったから予定よりも早まったか遅くなったかは不明だけど。
「俺は反対した。君の行方を知るものは一人もおらず、捜索を行えば父の発言が虚偽であったと他国に広まり王家の信用が下がると進言もした。全て却下されたがな」
当時を思い出してか、自嘲している。目の下の濃い隈が原因で『ちょっとやばい奴』感溢れる表情に内心少し引いた。
しっかし、先王は本当に馬鹿なのか。どんな教育受けたんだよ。国のトップが嘘吐くとか、確かに大問題だろう。過去の契約類を履行してくれるのか不信に思われる。仮に王が代替わりしても、汚名返上には時間が掛かる。
先代の傷跡は深そうだね。気の毒だが、部外者が関わるのは避けた方がいいな、コレ。
「報復が有った当日、王城は荒れた。王と王女が死んだ事で『これを機に』などと考える輩まで出る程だった」
「……お疲れ様」
少し労っておこう。膿が齎した害悪は想像以上にやばかったらしい。裏事情の暴露に、思わず肩を叩いた。
どさくさに紛れて国家転覆を狙う輩までいたか。大変だったね。
まぁ、こいつは先代の王に比べると遥かにマシな方だ。問題山積みだが、どうにか熟しているんだろう。
「青の魔王のお蔭で情報が漏れ回り、他国に距離は取られはしたが、代替わりにまつわる問題が全て消えたのは良かったな」
言っていいのかよと突っ込みたいが、言った本人が妙にすっきりとした顔をしているので、ぐっと堪えてこれ以上喋らせていいのか少し考える。すっきり顔から想像するに、誰かに愚痴りたかったのかもしれないね。だが、周りを見て欲しい。俯いている奴や苦虫を嚙み潰したような顔をしている奴が続出しているぞ。
これ以上妙な裏事情の暴露は聞きたくないので、謝罪は受け入れると言って終わらせた。
謝罪自体は受け入れたんだから、睨むな男共よ。
嘆息を零し、疑問を一つぶつける。
「確認だけど、謝罪の為だけにあたしを呼んだの?」
「それも有るが、尋ねたい事も有った」
「尋ねたい事?」
鸚鵡返しに問い返すと、王は頷き口を開いた。
だが、言葉を発するよりも先に場違いで楽しそうな声が響いた。
「ほう、追い出した女をわざわざ呼び戻す程の内容なのか。それは是非とも聞いてみたいな」
音源は頭上。何時からいたのか、穴の開いた天井の端に金髪と白髪二人の男――否、見覚えの有る魔族が眼下を覗き込むように立っていた。魔族の姿を確認したおっさん達が騒ぎ出し、近衛騎士と思しき男達が慌ててやって来て王の周りを固める。
白髪はシルヴェストルが白雷と呼んだ男。金髪は夢で二度見たが、誰かは分からない。だが、白髪よりは上の人物なのだろう。距離にして十メートル程度離れているにも拘らず――魔力による威圧だろう――妙な圧力を感じる。隣の白髪からは感じないのでこちらに向かってわざと威圧を飛ばしているな。
隣の女子三人は騒ぐ事も身構える事もなく自然体だが、気配が感じ取れなかったので警戒はしている。
こちらの反応に満足したのか、金髪が愉快そうに口の端を歪めて笑みを浮かべ、数メートル離れた自分の後ろに音も無く降り立った。白髪も後に続くが、金髪の斜め前に降り立った。
「何の用だ?」
ルシアが威嚇しながら問う。隣に立つミレーユはいつでもカットラスが抜けるように身構える。自分はマルタに捕獲され、ミレーユの陰に隠れるような位置に立たされる。
抜刀出来る体勢を取ろうとしたんだけど、マルタの動きが早く、左手で鞘を掴んだままになった。
この三人とパーティを組んだ場合、自分は魔法による攻撃と支援の担当になる、と言うか担当せざるを得ないので剣を振り回す事は余り無い。
そもそも自分は、『創り出す』事に特化している。後付けで『使いこなす』ようにしたのだ。
故に、出会った当初は不満を抱いたが、何時からか、仕方が無いと割り切れるようになった。特化している事が何であるか忘れかけていたから、不満を抱いたのかもしれない。
金髪はこちらの動きを見て、くつくつと笑い出す。女受けの良さそうな笑みに、美形って得だなと、場違いな感想を抱く。
「待て睨むな。俺ではないが、手助けはしてやったのだ。こちらの話しぐらいは聞いてくれてもいいのではないか?」
笑うのを止めてをひらひらと振っている。どうやら、女子三人から一睨みを貰った様子。その証拠に三人に視線を動かしていた。
「手助け、……あれが、手助け、ねぇ」
「そう言うのであれば、攻撃対象の選別程度はやって貰いたいものだな」
「こちらを巻き込む攻撃を『手助け』と言うかは別ですね」
「まぁ、足止めにはなったね。障壁を張る手間が発生したけど」
当時の状況を思い出し、女子四人で口々に文句を言えば、ミレーユの肩越しに見える白髪が仏頂面になり、何だそれはと、男共が騒ぐ。
「ま、待ちなさい! 手助けなど――」
「? 在ったけど、気づかなかったの?」
遮るように言えば、シルヴェストルは動きを止めた。
「気づいていなかったっぽいわね」「そのようだな」
ミレーユとルシアが追い打ちをかける。
「魔王の足止めが出来る暇人は一人だけでしたよね?」
そして、マルタが止めを刺した。
シルヴェストルからの反論は無い。当時の状況を思い出し、今になって理解したのだろう。
自分達は魔王がどの程度の強さで、彼我の実力の差が分からないから、いつも通りの自然体でいられた。
だが、シルヴェストルは違う。魔王との実力の差がはっきりと理解出来ているから青褪めていた。魔王登場にプチパニックを起こしていても不思議は無い。しかし、プチパニックを理由に気づけなかったと言う、言い訳を許す女子三人ではない。
これ以上話しが進まなくなると困るので、念話で女子三人にストップをかけ、ミレーユの背で見え難い金髪の魔族に声を掛ける。
「ねぇ、金髪の方。あんた誰? 話しって何?」
自分の誰何に、金髪は愉快そうに笑い声を上げた。さっきから愉快そうにしているが、刺激の無い人生でも送っているのか?
「あー、悪いな。貴様らのような態度を取る奴がいなくてな」
笑いの嚙み殺しが出来ていないが、問いの返答を返す気が無いのか?
「随分と刺激の無い人生を送っているのだな」
「刺激が欲しいんなら、殺るけど……どうする?」
金髪の態度が気に入らないのか。ルシアとミレーユが抜剣する。それと、ミレーユよ。『やる』に妙な字を当てるではない。
「待て、すまん。俺が悪かった」
二人の本気を感じ取ったのか、金髪は素直に謝る。……何と言うか、魔族らしくないな。
「まずは……俺が誰だったか? 俺の名はヘリオドール。雷光か、金の魔王と言えば分かるか?」
「「「「おい」」」」
女子四人で同時に突っ込みを入れた。
「これで、金の魔王……」
「確かに、想像以上に愉快な奴だな」
「魔王らしさの欠片も無いじゃん」
「青の魔王の方が、よっぽど魔王らしいですね」
自分、ルシア、ミレーユ、マルタの順で感想を述べると、背後の男共から『そんな事を言っている場合か!』と突っ込みが入った。
煩いよ。魔族に脅えて、自分達に居丈高に文句を言う権利は無いぞ。
「それで、だ。話しがあるのは――」
楽しそうに、にやにやしながらこちらを眺めていた金髪――金の魔王は言葉の途中で表情を引き締めると、こちらをしっかりと見据えてから続きとなる言葉を紡いだ。
「――お前達女四人だ」
「「「「……はぁ!?」」」」
意味を理解するまでに少々時間がかかった。つーか、何言ってんの?
思わず魔王をガン見すると、苦笑しながら説明してくれた。
纏めると次のような感じ。
・代替わりした青の魔王から他の魔王の領地への侵攻が増えた。先代は余り侵攻しない奴だった。
・余りにも回数が多く、『使える』と判断した人間までも取り込みながら侵攻を続けている。
・状況を憂いた黒と赤の魔王との極秘会談で、青の魔王勢力の完全排除が決まった。白の魔王は青以外の魔王に対しては中立を宣言。
・青の魔王完全排除に向けて色々と画策しているが、最も確実で尚且つ手っ取り早い手段として本人を狙うも中々尻尾が掴めない。
・極秘会談から二か月後。青の魔王が人間の城を強襲し、先代の青の魔王を討ち取った人物を探している事を知る。
・再度会談した結果、青の魔王の尋ね人を囮に使って討伐の計画が立ち上がった。
・本人の協力が得られるか不明だが、青の魔王に先に確保されても困る為、接触し交渉を試みる事になった。
「ま、簡単に言うとこんなところだな」
魔王はそう締め括ったが、個人的な感想としては、マジかよ、以外になかった。と言うかね。
「もしや、あたしが原因か?」
魔王が代替わりして、情勢が変わった。代替わりの原因は自分が先代を斃したから。つまり、自分が処々の騒動の原因じゃね?
思わずそう訊ねると、魔王は否定した。
「そうとも取れるが、魔王の代替わりはそう遠い未来でもなかっただろう。先代は王の地位の保持の為に、霊力を保有していたこの国の王女を狙った。意味は分かるか?」
「霊力で底上げしないと、簒奪される恐れがある状態だったって事?」
「代替わりは簒奪が基本だからな。今代の青の魔王であるサフィールは、霊力保持者を見つけては霊力を奪い続ける所業を何百年も繰り返して、下位から上位にまで上り詰めた奴だ。お蔭で霊力保持者が見つかっても、サフィールに霊力を奪われ済みと言う事が殆どだった」
「そんな中、この国の王女は霊力保持者だと判明した、と」
「先代からすると、正しく『藁にも縋る』思いだったのだろうが、自滅要因である貴様を自ら引き寄せた」
ちょっと同情心が湧いたが、さっさと地位を譲り渡せば助かったんじゃ、とも思ってしまう。
それが出来ればここまで大事にはならなかった――と言うか出来なかったが正しいか。
「異世界の人間を呼び寄せる愚行には呆れるが、貴様にはこの国に思い入れは無いだろう?」
「確かに無いね。滞在時間も短かったし」
謝罪は受け入れたが、思い入れは無い、皆無だ。同意が得られて魔王は嬉しそう。
しかし、続く言葉を放つと魔王は口の端をやや引き攣らせて固まった。
「でも、そっちに協力する利点も無い」
魔族同士の勢力争いに関わって良い事は何か有る?
ぶっちゃけ無いでしょ。
「あたしは本来ならこの世界にいない筈の部外者なの。これ以上関わって騒動を引き起こす気も無い」
この世界にいるのは、元の世界に帰して貰えなかった事が起因している。
元の世界に帰れたら――そんな仮定は考えたが、現実にはなっていない。
自力で他世界に移動自体は出来るが、いかんせん、今回は距離が遠過ぎた。消費魔力を考えると数年単位で準備が必要となるだろう。
仮の話し、たとえ帰れたとしても、元の生活に戻れるか怪しい。
元居た世界で記憶を取り戻した。記憶が戻る前の状況ははっきり言って良くない。取り戻してこの世界に来るまでに状況が悪化したけど。
元より、十五歳に成ったら家を出ようと考えていたのだ。予定は少し早まっただけなので、現状に問題はない。
何より、探していた仲間がいる。
目を眇めた魔王と睨み合い、一触即発の緊張感に包まれる。
……包まれたのだが。
何が楽しいのか。魔王が失笑を零した事により、緊張感が緩む。
「おい」
「待て、分かっている」
同族にまで窘められている。
「本当に、魔王の威厳皆無ね」
「全くだな」
殺気駄々漏らしなミレーユの台詞にルシア共々同意する。
何でこんな奴が魔王なんだろう?
「交渉は不成立ですからさっさと帰りなさい」
マルタの台詞に頷くと、魔王は困った顔をした。
「それがな。黒の魔王が貴様らを直接見てみたいなどと言っていてな」
「「「「はぁ?」」」」
女衆四人の疑問に満ちた声がハモる。いや、頬を掻きながらそんな事を言われてもこっちが困るだけだ。
抗議の声を上げようとした瞬間、足元が光輝いた。四人揃って足元を見て、次いで魔王をガン見する。何時の間に? などと言う突っ込みは無い。
……何この展開? こいつらを追い出してからにしろよ!
ルシアが嘆きを零す。
「空気の読めない男は嫌われるぞ」
「ふっ、空気は読んだぞ? 従わないだけだ」
魔王の堂々とした開き直りの台詞に、四人の心は一つになった。
「「「「悪質だっ!!」」」」
異口同音に突っ込みを入れると同時に視界が真っ白になった。
連投はここまでになります。
まだ続く予定なので、お付き合いいただけると嬉しいです。
菊理がメタな発言をしても展開早めで行こうと思っています。