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襲撃、そして、逃亡

 そして、冒頭に戻る。戦犯会議の結果『王都に寄ろうと提案したマルタが悪い』で一致するも、全員来いと連行される羽目になった。連行と言っても城ではなく、やたらと大きな宿屋だった。ルシアが普通の宿なのか尋ねると、返事はなく苦笑された。

 あれか。国の諜報員用御用達の宿ってやつか。

 何故要人扱いなのだろうか。神官からの指示で動いているらしいし。

 騎士の男が宿の支配人らしき人と軽く話をすると、幾つかの鍵を受け取り、その内四つをこちらに差し出した。

「私達は四人部屋で構いませんよ?」

「そうだな。大体四人部屋を取っている」

 何故個室なのかと不思議に思って騎士を見つめる。答えは支配人からだった。曰く、現在個室しか空いていないと。

 四人で顔を見合わせる。明らかに分断を狙っているだろう。しかも自分だけ部屋が離れている。

 こういう時は事前に『何かあったら念話で救助を呼べ』と打ち合わせ済みだ。

 状況が変わらないので、部屋に移動する。何も起きなければいいな。



 個室で取り調べのように質問を受けた。

 質問は、魔族についてだ。

 数日前に遭遇した白髪の男は高位の魔族だったらしい。牛みたいな魔族の話もした。

 目を付けられている可能性が有るからしばらく宿にいろと指示を受ける。そして、外から鍵をかけられる。部屋からも出るなってか。

 まぁ、トイレも風呂もついた、それなりに広い部屋だから食事以外に困る事は無い。しいて言うなら、時間潰しだろうか。

 備え付けの茶器でお茶を入れてもいいが、ベッドに寝っ転がった。

 暫しゴロゴロとしていると、眠気がやって来る。

 最近夢は見ない。なら、今日も見ないだろう。

 目を閉じると驚くほど簡単に寝付けた。



 ――暗い場所にいる。

 ここはどこだろう。周囲を見回しても何も見えない。

 何となく一歩を踏み出すと、カツンと足音が聞こえて来た。

 何処からだろう。音源を探すと、何時ぞやかの白髪の男が現れた。

「そこにいたのか」

 眉根を寄せて、こちらを睨む。魔法で吹き飛ばした事を未だに根に持っているのか。

 碧い瞳と目を合わせて見つめると、不意にため息を零した。何と言えばいいのか。やりたくない仕事を押し付けられた、でもやらなくてはならない仕事だからなぁ、みたいな顔をしている。

「まぁいい。直ぐに拾いに行く」

 いや、拾いに行くって。

 自分は犬や猫じゃない。

 そう抗議の声を上げたかった。けれど、ここは夢の中。何も言えずに夢は終わった。



 目を開く。久しぶりに夢を見た。そして、

「起きたのか」

 夢とは違う、別の男の顔が至近距離にあった。

 藤の花を連想させる明るい紫色の髪。常緑樹の葉のような深緑の瞳。やや中性的な容姿だが、切れ長の瞳と怜悧な刃物を思わせる雰囲気のおかげで女に間違えられる事はない。遠くから見ている分には目の保養になるだろう。

 自分はこの男を知っている。寝起きで鈍った頭を動かして名前を思い出す。

 暫しの間、至近距離で見つめ合い、気が済んだのか男が身起こす形で引く。

 その動作で、自分達がどう言う体勢だったのか理解し、顔が引き攣りそうになる。

 仮にも、高位貴族の子息が女と添い寝紛いの体勢って、バレたら醜聞物の事をするな。

 こちらの心の訴えは届いていないのだろう。女嫌いだから耳を傾ける事はないだろうし。男はベッドから降りて改めて部屋を見回している。ベッドから起き上がって改めて男を観察する。若干やつれているように見えるが記憶の中の姿と変わりはない。

 しいて言うならローブ姿から、旅装に代わっているくらいか。

「宿とは言え、何の対策も取らずに寝るとは不用心だな」

 半年ぶりに会う、けれども何も変わっていない男が目の前にいる。何故ここにいるのか。しかも、何故か文句を口にしている。目が半眼になる。文句を言いたいのはこちらも同じなのだ。

「不用心って、外から鍵をかけられたのに、用心も何もないでしょ」

 事実を口にする。入口にテーブルでもおいて侵入妨害策でも取ればよかったのか。

「そもそも、普通の宿か尋ねて苦笑されたのに、結界とか張ったら誰かやって来るでしょ」

 額に手を当てて、眉間にしわを寄せる。少し苛ついて来た。立ち上がって服装の乱れの有無をチェックし、何時もの反論を待つ。だが、反論はなく、沈黙が下りた。

 不審に思って男を見ると、口を半開きにしたまま愕然としていた。

 ……美形の間抜けな姿って面白いけど、ちょっと不気味だな。

 何時になっても再起動しないので、軽く頬を突くが、正気に戻らない。ちょっと強めに肩を叩くと、何度かの瞬きの後に、こちらの肩を掴んで来た。

「外から鍵をかけられた? 事実か!?」

「? 事実だよ」

「では、個室にいるのは」

「個室しか空いてないって言われた。四人で動いていたけど、全員個室。あたしだけ他の三人の部屋と離れてる。聞かれたくない質問があるのかと思った」

「……」

 質問に正直に答えると男は下を向いた。あの野郎と言う小さな声と歯軋りが聞こえて来た。受け取った情報が違うのか。何だか怒っている。

 個人的にどうでもいいので、何故ここにいるのか尋ねる。一瞬強く肩を掴まれるが、手は離れた。

 顔を上げてこちらを見つめる瞳には、何とも言えないやるせなさの色が浮かんでいる。

 この半年間で何かあったな。それも、嫌な方向で。

 その予感は的中した。

 簡単に纏めると次のようになる。

 

 ・三ヶ月前に報復として王城が襲撃された。

 ・その襲撃で、国王と側近一同が全滅。

 ・王女は拉致されるどころか、殺害された。

 ・王太子は無事だったので、そのまま王位を継いだ。


 ここまでは理解出来る。

 王城が襲撃されたのは単に『やられたらやり返す。泣き寝入りはせん』の精神から来る報復だ。その証拠に、王と側近が全滅している。王と側近を殺されたから、王と側近を殺したと言う所だろう。

 自分が何故、先代の青の魔王と側近を纏めて討伐したのかと言うと、単に魔王と側近の区別が付かず、攻撃してくるから纏めて薙ぎ払ったからだ。攻撃して来なかった奴は無事なはず。

 王女を拉致したのは先代魔王だった。つまり、後釜の魔王は何かの生贄に使える王女を必要としなかったから殺したのだろう。あの我が儘性格じゃ、愛でる気も起きなかったか。父王に甘やかされているからとは言え、実の兄を見下す王女だった。

 妹だからではなく、王女だから救出する。

 そう言って自ら救助メンバーに参加した兄は確かにまともだったな。王と比べるとが付くが。

 王太子が無事だったのは、庇護対象を目の前で殺し、屈辱感を与えたかったんだろう。流石に兄として見限っているとは思うまい。救助後も家族として扱わないと言っていたしな。

 王族としては傲慢な部類に入るが、能力は有るし王になっても問題はなさそうだな。別問題は山積みだろうけどね。

 だがしかし、次の内容は理解出来ない。


 ・青の魔王討伐最大功労者が王子でない事が周辺国及び国民にばれる。

 ・王国が異世界から召喚した聖女を無下に扱い、放逐した事が周辺国及び国民にばれる。

 ・異世界聖女行方不明も盛大にバラされた。

 ・全て先王とその側近がやったのだが、そんなの関係ねぇと、言わんばかりに周辺国から距離を取られた。

 ・国では民が暴動を起こしているらしい。


 完全に自業自得の展開だな。

 こう言うのは何だが、先王とその側近はどうも国の膿っぽかった。膿を出し切れた訳じゃないだろうが、かなり減っただろう。だから、大変ね、頑張ってね、としか言いようがない。他人事過ぎる? 今の自分は部外者だからこれでいいのだ。

 正直な話、魔王討伐メンバーとは仲が良かった訳ではない。

 常識の違いのすり合わせでかなり揉めた。全員十歳以上年が離れていたって事もあり、世間話のような会話も出来なかった。共に行動はしたが、背中を預けて共に戦場をかけた訳でもない。顔を知っている以上の繋がりは得られなかった。

 得られないのならしょうがない。さっさと殺るぞと、攻撃に容赦がなかったのは『早く帰りたかった』からなのだろう。

 仲良くなれなかったから、元の世界帰れないまま、城から放逐されても彼らに助けを求めると言う選択すら思い浮かばなかった。

 この半年間、一度も彼らの事を思い出さなかった。その程度の絆なんだろう。未だに名前が思い出せないんだし。


 ・異世界聖女不在を知り、青の魔王以外の魔王も動き出した。

 ・数日前、各国の神官が黒髪の少女が魔族に襲われるという神託を受け、その少女が聖女じゃないかと捜索を開始。

 ・ただし、聖女の顔を知る人間が非常に少ない為、距離を取った侘び代わりに黒髪の少女を保護したら王国に一報入れる事に。


 最後の情報を聞いて、それでいたのかと納得した。

 もう一つ納得する事が有った。

『貴様、何故こんなところにいる?』

 数日前、白髪の男はそう言った。

 よくよく考えると、女ではなく、貴様と言っている。この時点で何故と思わなかったのか。

 仕事でいると言って、怪訝そうな顔をしていたのも、自分を命令で探していたからか。

 そこまで思考が回ると、今の自分は弛んでいる。

「本人確認してどうする気だったの? まさかだけど、今更、戻って来いはないよね? こっちもきな臭い状況だから、人の多い所はなるべく避けてるの」

 常道で行くなら、人ごみに紛れている方がいいだろう。だが、この世界の魔族は『人間の被害を気にしない』傾向にある。つまり、人ごみに紛れていても『探すのが面倒だし、被害も人間だから、まぁいいか』で手を出してくる可能性が高い。これでは何かが起きた時の周囲の被害は計り知れないので、あえて人が少ない所にいるのだ。自分は気に病まないが、マルタが気に病むのだ。

 今回王都に寄ったのは食料品の調達の為で用が済んだら離れる予定だった。

 何の因果か、宿に押し込められた。魔族の情報が欲しいと言うのも嘘じゃないんだろうが、単に自分と引き合わせも兼ねていたのか。本人確認して連れて行けと。

 しかし、現状を考えると王国に戻るべきではない。

 お国事情に巻き込まれるのが自分一人なら、この世界から去ればいい。でも、今は仲間がいるのだ。その選択は出来ない。

 どうなるのかと、男を見つめる。難しい顔をして考え込んでいたが、徐にこちらの手を掴んで引き寄せ、何故か肩に担ぎ上げた。予想外の行動に驚きの余り固まってしまったが、何事も無かったかのように歩き始めたので、慌てて背中を叩いて待ったをかける。足は止まったが降ろしてはくれない。

「ちょっと何するの! 降ろして!」

 暴れようにも、足と背は抑え込まれている。必然的に出来る事は背中を叩く程度しか出来ない。

「ねぇ、聞いてるの?」

 背中を何度も叩いたが反応がない。

 この男、宮廷魔術師団――この世界で魔法を使う者は魔術師と呼ばれる――に所属する魔術師で、先王の側近の一人が父親と言う、貴族の中でもかなり地位が高い。加えて宮廷魔術師団に所属しているから軟弱だと思うが、この男は意外と鍛えていた。何でも、宮廷魔術師団は騎士団の一種だとかで、ある程度は鍛えるらしい。加えて身長が高い。頭一個分以上の差が有り、つま先立ちになっても肩から顔が出ない。自分が小柄だという自覚があるが、それを差し引いてもこの男は背が高かった。

 この世界の人々は総じて長身大柄だった。人種の違いだと思う。つーか泣きたい。

 背を叩いて反応がないので、拳で一発殴るかと、唸りながら思案していると、今度は男の足元が光り出した。光は五芒星を中心とした、魔法陣の形を作り始めた。


 余談だが、この世界の魔法の属性は色で別れており、白、黒、赤、青、緑となっている。そして属性の数が五つだからか、魔法陣も五芒星をメインにしたものが多い。

 

 ……今はそんな余談を思い出している場合ではない。

 魔法陣に目を凝らし、霊視を発動させて術理を読み解く。視覚情報量が増え、頭痛がするが、読み解くと同時に停止させる。

「聞いてる!? ここで魔法の発動させるのは不味いよ!!」

 起動中の魔法は空間転移。恐らくだが、転移先は王城だろう。反応が無いのは術の発動に集中しているから。背中をベシベシ叩きまくっているが、集中力が途切れないのは流石だ。

 しかし、この宿は特殊なのだ。光が魔法陣を作り始めた時点で、部屋の外に魔力が漏れる。

 自分の大声を聞きつけてか、上位魔法の発動を感知したからか、廊下が騒がしくなり、ドアが蹴り開けられた。

「おい、何をやっている!」

 姿勢上、誰が来たのか確認出来ない。声からして男だろう。最終手段として念話を発動させる――前に念話が届いた。

『強い魔力を感じるけど、何が有ったの?』

 届いた声はミレーユだった。現パーティメンバーで自分の次に、魔法適性と技量を誇る彼女だから気づいたのか。状況は悪化する一方なので、素直に謝った。

『ごめん。拉致されそう。行先は多分、召喚国』

『はぁ? 何でそうなってんのよ!』

 ミレーユの突っ込みは御尤もだと思う。自分も何処をどうしたらこんな状況になるのか分からない。

『魔法陣の構築完了まで、残り一分弱かな』

 床の魔法陣の状況を確認する。起動まで一分も無いだろう。

『直ぐ行くわ』

 その返事を最後に念話は途切れた。

 ミレーユとの念話による会話中も、男と乱入者の会話は続く。

「副師団長殿! 魔法の起動を停止してください」

「断る。どうやら、彼女には一度色々見せねばならないようなのでな」

 乱入者は近づいて来ない。それもそうか。これだけ強い魔法を強制的に停止させたら、余波で何が起きるか分からない。少なくとも、この宿は半壊するだろう。

 頭痛の痛みに耐え、背中を再び何度か叩いて声をかける。

「ねぇ、何で肩に担ぎ上げるの? 降ろしてよ」

「……」

「聞いてる? 何で黙るの?」

 妙な沈黙が下りる。魔法の発動まであと三十秒在るか無いか。

「君は、私の名を忘れたのか?」

「え?」

 何故そんな問いが来る。確かに直ぐに名前が思い出せなかった。でもそれは、彼を名で呼ぶ機会が余りにもなかったから。いやそもそも、

「名前を呼んだら嫌そうな顔をしなかった?」

 記憶の中の状況を指摘すると、何故か絶句した。ぽつりと一言漏らした。

「嘘だろう……」

 そう。討伐メンバーの男共は皆名前で呼ばれるのを嫌がった。だからこそ、名前が思い出せないのだが。

 視界が光で満ちる。魔法陣の構築が完了したらしい。しかし、新しい足音とミレーユの声が響いた。

「間に合った! 闇を以って恩寵を喰らい尽くせ――晦冥(かいめい)!」

 ミレーユの詠唱が響き、男と自分の周囲に闇の帳が下りる。そして、空間転移の魔法陣は砕かれた。

 晦冥――闇属性の魔法だ。ファンタジー系のゲームでよく有る『魔法の発動の邪魔をするディスペル系』の魔法。

 これは、魔法の発動を妨害するだけではなく、起動した、あるいは起動中の魔法を強制的に停止させる。世界によって違うが、魔法陣には魔力が込められているものが多い。砕けば込められていた魔力が爆発する事もある。しかし、この魔法は、魔法の停止と同時に魔力を霧散させる。故に、この世界の魔術師からすると厄介な魔法だろう。

 現に彼は魔法陣が砕かれ、魔力が霧散し、驚愕している。

 その隙を逃す女子はいなかった。

「おい、いい加減ククリを肩から降ろせ」

「そうですね。紳士の風上にも置けないわ」

 台詞と同時に風切り音が鳴るが、バキン、と何かに弾かれる。恐らくだが、障壁でルシアの剣を弾いたのだろう。

「ちっ」

 ルシアが舌打ちを零す。推測が当たったらしい。

「せいっ」

 マルタの裂帛の気合から放たれた打撃音で、バキンッ、と何かが割れる。男が呻くように驚きの声を上げている。どうやら、割れる音はマルタが拳で障壁を粉砕したらしい。相変わらずどうなっているのだあの拳は? 聖結晶を使ったけど、ちょっと強化しすぎたかな?

 肉を打つ打撃音が響き、身体が傾いた。解放されるのかと思ったが、男が尻餅をついた。解放はされない。それどころか、危うく備え付けのテーブルに顔をぶつけるところだった。

 やっと足が床に着いたので、背中に手をついて立ち上がりを試みるも、何故か、手が離れない。

「手を放せ」

「……」

「アンタさぁ、半年前の救助部隊の一人だったんでしょ。今更、ククリに何の用なのよ」

「……」

「黙り込まないで説明してください。魔法で拉致逃亡を図ったのですから、理由ぐらいは有るのでしょう」

「……」

 三人の問いかけに応えず、黙秘している。

 話が進まない事この上ないので、自分からも声を掛けるか――と思い、そう言えばと思い出す。

『君は、私の名を忘れたのか?』

 この女嫌いが、名前を呼んで欲しい、みたいな事を言い出していたな。確認の為に名前で一度呼んだ時の顔を思い出す。眉間に皴が寄り、すっごく嫌そうな顔をしていたな。他の三人も。全員美形だから顔で言い寄ってくる女が多くて、女嫌いになったんだろうけど。

 それにしても、未だに思い出せないこいつの名前か。

 天権と言う情報に干渉する魔法で、個人情報を読み取ってもいいが、討伐メンバーの顔と名前を思い出している内に少し思い出した。

 騎士と神官、宮廷魔術師からそれぞれ一人ずつ代表で選ばれ、王子と共に王女の救助に向かった男達。確か名前は、騎士オスカル(こいつは名前と職業がイメージと一致していた為覚えていた)、ユーグ(確か神官)、アーロン(こいつが王子)、そして、目の前の男の名前は覚えにくかった。

「あ~と……ねぇ、シルヴェ……スト、ル? そろそろ、手を放してくれない?」

 男――シルヴェストルの名前を呼んで背中を叩く。

 こいつの名前、シルヴェスターと似ているのに微妙に違っていて、覚え難く、言い難かったんだよね。だから確認で名前を呼んだのだが。この時に『言い難いから、ジルか、ヴェスって呼んでもいい?』って聞いたら嫌そうに顔を顰められて、嫌われたんだよね。自業自得だけど。

 名前で呼び背中を叩いた結果、手の力を緩んだので、その隙に抜け出した。

 こそこそと部屋の隅にまで移動すると、何故かルシアから念話が飛んで来た。

『おい、何故重力魔法で逃亡しなかった?』

『ごめん。思いつかなかった。ベッドでうっかり寝ちゃって、起きたら部屋にいたからびっくりした』

『はぁ? 起きたら部屋にいたって、あんた鍵かけなかったの?』

『あれ? あたしのところに来た男が、外から部屋に鍵を掛けて行ったんだけど。皆は違ったの?』

 念話に割って入って来たミレーユの質問に答えると、沈黙が返って来た。

 念話中だが、シルヴェストルを見る。俯いたまま、動いていない。まぁ、ルシアに剣の切っ先を突き付けられているからかもしれないが。

『この宿は、外から部屋に鍵をかけられたのか』

『つーか、監禁じゃない!』

 ルシアとミレーユから愕然とした、感想と突っ込みが聞こえて来た。

『え? 部屋から出るなって事かと思ったんだけど』

『暢気すぎる!』

 感想と突っ込みに言い訳をすると、今度はマルタから念話による突っ込みが飛んで来た。あとでお叱りかな?

 そんな事を考えていると、落ち着いて来たのか、部屋を見回す余裕が出て来た。

 シルヴェストルを取り囲むように立つのは、パーティメンバーの三人。

 その後ろに、自分達をこの宿に連れて来た騎士連中がいる。

 そして、すっかり忘れていた事を思い出した。

『勢ぞろいだけど、これで大騒ぎになってる?』

 ちょっと人が集まり過ぎているので、念話で三人に確認を取る。

『これでってどういう事よ?』

『まるで追加要素が有るかのような口ぶりだな』

『ルシア。不吉な事を言うのは止めなさい。ちょっとした騒ぎではありますけど』

 これで、ちょっとした騒ぎか。

『ん~、不吉なのは合ってるかもね。これでちょっとだと、あれが来たらどうなるんだろ?』

 脳裏に浮かぶのは、白髪の魔族。拾いに行くって事はここに来るのだろうか。

『あれって何!?』

 念話なのに、三人の声が揃った。

『マルタが謝罪強要してた魔族』

『あー』

 回答すると、納得したのかミレーユとルシアの声がハモる。マルタはたらりと脂汗を流す。 

 念話による会話がカオスな状況に陥り、何故かタイミングよく、遠方から雷鳴のような轟音が響く。

 三人と顔を見合わせると、窓に駆け寄った。窓を開けて外を見ると、赤く染まった、夕暮れの空が歪んでいた。

「何だあれは?」「結界か何かが歪んでるんじゃないの?」「結界って歪むっけ?」

 目を細めて、波紋が広がる空を確認し、ルシア、ミレーユと共に憶測を口にする。

「そんな事を言っている場合じゃないでしょう!?」

 再び轟音が響き、マルタの突っ込みが入り、シルヴェストルや騎士達も窓辺に寄る。

 空を見上げて騎士達は『結界が!?』と悲鳴を上げている。

 外からも悲鳴が聞こえて来る。空から視線を下げると、王都の住民達が空を見上げて、パニックを起こしていた。

 三度目の轟音で、空に亀裂が入り――砕けた。

 硝子のような破片が宙に飛び散り、彼方此方で絶叫のような悲鳴が上がる。

「王都の守護結界が」

 騎士の一人が茫然として呟いた。その言葉から考えると、砕け散ったのは王都の守護結界。誰が破壊したかは不明。

『ククリ。私達四人を纏めて外に転移させる事は可能ですか』

 マルタから念話が入る。念話なのは茫然としている、騎士達の事を考えてか。

『距離にもよるけど。どこに転移すればいい?』

『マルタ。囮として外に出る気か?』

 割って入って来たルシアの言葉にマルタは肯定した。

『はい。これが魔族の侵攻ならばの仮定ですが――派手に戦いながら移動すれば魔族の目は私達に向かうでしょう?』

『戦力をあたし達に集中させる気? ここの連中の実力ってどれくらいよ。まさかだけど、魔族一体倒せないぐらいに弱いの?』

 ミレーユの疑問に、半年前の青の魔王との戦闘を思い出す。 

『シルヴェストルがいた少数精鋭四人で、魔王の幹部一体の足止めが出来る程度。中位の魔族なら相性にもよるけど一対一で行けるかな。高位魔族が一体でもいたら厳しい』

 この判断は過小評価ではない。半年前に実際に見たそこからの推測である。

『相手によっては気休めにすらならないのか』 

 ルシアが念話でため息を吐くと言う器用な事をした。他の二人からは反論がない。

『取り合えず、宿の外に移動すればいい?』

 三人に念話で確認を取ると、直ぐに了承が返って来た。

 元々、一ヶ所に集まっていたので、互いの服を掴み、空間転移魔法を発動させ、窓の外に出る。下を見ると少し高度が高かった。重力魔法を発動し、全員の落下速度を落とす。頭上から悲鳴が上がり、背中に降って来た何かがしがみ付いて来た。

 首を動かして誰がしがみ付いて来たのか確認すると、シルヴェストルの顔がやたらと近くにあった。

「おい、何故ついて来た?」

 ルシアが剣の切っ先を突き付けるが、怯む様子はない。

「私の手元に魔族に関する情報がある。そちらがどの程度の情報を持っているのか知らぬが、どこまで知っているかの確認はしておくべきだろう」

 確認か。自分の場合この世界の魔族について殆ど知らないから、聞いておいても損はなさそうだな。

「……確認は必要そうだな」

 何を考えたのか。ルシアが渋々と言った感じに剣を降ろす。

 ミレーユとマルタは何やら考え込こみ、仕方ないと言った顔をする。

 地面に着地する。

 取り敢えず王都から出ようと提案をしたところで、視界が白く染まり、四度目の轟音が響いた。宿泊施設から少し離れた道に、空から落ちた何かが激突した。どうやら、轟音は激突音だったらしい。土埃が盛大に舞い上がるが、自分の目には道に激突直前に辛うじて人型に見えた。

 攻撃が来ると全員で身構えるも、数秒経っても動きがない。

 不審に思ったミレーユが、風の魔法で砂埃を散らすと、落ちて来たものの正体が判明した。

 空からやって来たのは、蝙蝠の翼と蜥蜴のような尻尾を生やした魔族の男だった。全身黒く焼け焦げ、鳩尾から下腹部にかけて大穴が開いている。翼にも穴が開き、尻尾は半ばから折れて鍵尾のようになっている。

 胸が上下に動いていないので、恐らく事切れているのだろう。しかし、周囲は魔族が降って来たと大騒ぎになり、我先にと、何処かに逃げ出す。人気が無くなる入れ替わりに、部屋に置いて来た騎士達がやって来て、魔族が倒れていると知り、周囲を警戒する。

 一方自分達は、襲撃は侵攻じゃないのかと、五人で顔を見合わせ、空を見上げ、何が起きているのかと注視する。

 数度、雷鳴が響き、その度に夕方の空が白く染まり、轟音が響く。混乱の悲鳴が聞こえて来る。

 どうしたものかと、考えているとルシアがリーダー格っぽい騎士の首根っこを掴んだ。おまけに愛剣の腹で頬を叩いている。

「おい。貴様らは住民の避難誘導類を行わなくてもいいのか?」

「わ、我々は、君達の監視を命じられている。住民の避難誘導は警羅隊が行っている筈だ」

 ルシアの脅迫に騎士は顔を引き攣らせながら正直に喋った。

 個人的に、監視を命じられたとか、喋って良いものなのだろうかと、少しだけ気になった。

 その後、ルシアからの質問攻めが続いた。少しでも口を噤めば、拳を鳴らすマルタが笑顔で威圧する。周りの騎士が救助に入ると、ミレーユがカットラスを抜いて威嚇する。

 何時見ても見事なチームワークである。そして、最終的に自分に助けを求めるのもお約束だ。殆ど助けないけど。

 このふざけたやり取りをしている間も、彼方此方から轟音と悲鳴が聞こえて来る。

 やがて、必要な情報を引き出し終えたルシアが騎士を開放する。解放された騎士は両足を揃えて座り込む。横座りで涙ぐんでいる様は、凶悪犯に弾除けの人質にされ、救助された女性のように見える。周りの騎士たちが慰め始める。

「ククリ。あの三人は何時もこうなのですか?」

「何時もの光景ではある」

 口の端を引きつらせたシルヴェストルが、小声で訊いて来た。答えは『是』以外にない。今後一緒に行動するなら、この程度は慣れて欲しい。そこまで言うと、今度は無表情になる。自分には思考が停止したように見えた。

 言葉をかけるか悩んだが、取り合えず移動しながら考えよう。

 三人に声をかけ、シルヴェストルの腕を掴み、宿泊施設前から移動を始めた。



 轟音と悲鳴が響く街中は、どこか戦時下を思わせる。住民は兵士達の誘導でどこかに避難して行く。避難移動の様子は人間で出来た川の様で我先にと進んでいるものの、押し合いの怒声類はない。轟音の度に悲鳴が上がる程度で非常に静かだった。

 自分達は人で出来た川を遠目に見ながら、建物の屋根の上を足場に川の流れに逆走している。

 逆走にも理由はある。移動開始直後になるべく広い場所への移動が決まり、シルヴェストルの提案で広場に向かう事になった。

「音は響いているが、一体どこで戦っている?」

「ほんとーに、見えないわね。どうなってんのよ?」

 音はサラウンドに聞こえるが、周囲を見回しても敵影はない。

 夕焼け空も時々一瞬だけ、轟音と共に白色に染まるが、肝心の音源が見えない。魔族の襲撃なのに、何故魔族が見えないのか。

 見えない敵を探しつつ移動を続け、ついに広場に到着した。

 広場は銅像の残骸と魔族の亡骸があるだけで、非常に広かった。そして、住民が広場から避難した理由も分かった。

「着きましたよ。しっかりして下さい」

 マルタは、肩に担いでいた荷物を降ろす。顔を青くした荷物――シルヴェストルは今にも吐きそうな顔をして、口元に手を当て座り込んでいる。気の毒な状態だったので、道具入れから水筒とコップを出す。コップに水を注いでから差し出すと、シルヴェストルは一気に飲み干してから礼を言って来た。コップに二杯目を注ぐ。直ぐに飲み干す。顔色が少し良くなって来た。

 さて、疑問に思うだろう。何故、シルヴェストルがマルタの荷物となり、吐き気を催しているのだろうか。

 答えは簡単。単純に自分達四人の移動について来れなかったからだ。鍛えていてもやっぱり後衛なのか、建物から建物へ移動する方法に慣れていないのか。それとも、自力で屋根の上まで移動出来なかったからか。理由は多分、最後だろう。

 住民を避けながらの移動が面倒な事から、屋根伝いに移動が決まった瞬間、シルヴェストルは疑問顔で足がピタリと止まった。いい笑顔のマルタが、お節介かしら、と言いながら直ぐに担いで走り出す。

 降ろして欲しかったんだろうね。抗議の声を上げようとして舌を噛んだ。抗議を無視する為にタイミングよくマルタが跳びはねたのは気のせいだろう。いい笑顔だったけど。

 そうそう、情報の確認は広場に行こうとシルヴェストルが提案する前に終えている。故に、今喋れなくなっても問題はなかった。哀れな。

 そのまま乗り心地の悪い状態で移動する事、約十分少々。

 広場に着いて降ろしてもらう前から、グロッキーになっていたのは、まぁ、仕方が無いだろう。シェイク具合も酷かったし。

 シルヴェストルの背中を擦っていると、轟音が響き、銅像の残骸ら辺に何かが落ちた。一拍遅れて、剣を持った白髪の男が降り立った。見覚えのある、黒い鎧に黒マント。修復したのか、新品なのかと気にしてしまうのは、ある意味自分の性分が貧乏性なんだろう。

 男がこちらに振り返る。数日前に会った男だった。こちらが警戒するよりも先に、何とも言えない微妙な顔をした。

 それもそうだろう。

 座り込み青い顔をした男。四人いる女の内三人が警戒、一人は男の介抱をしている。どう見ても、これから戦うと言った空気ではない。自分が男の立場だったら、何してんの、と言った言葉を口にするだろう。

「あれは、白雷か……うっぷ」

 未だに青い顔のままだが、シルヴェストルには白髪の男に心当たりが有るらしい。吐き気を堪えて、男の名を口にする。だが、再び吐き気が悪化したらしい。口元に手を当てて蹲る。

 空気を読んでさっさと回復しろよ。そんな視線がシルヴェストルに突き刺さるが、当の本人は気付ける状況ではない。背中を擦りながら、各種魔法を使って、シルヴェストルの回復を試みる。

 と言うか、マルタよ。原因なのに、何故手伝わない、そして気付かない? ステゴロ女の汚名返上のいい機会だと言うのに。

 数分後。シルヴェストルはどうにか復活した。代わりにシリアスな空気は消え去った。

 立ち上がり、キリッとした顔で、自ら白雷と呼んだ男と向き合う。

 咳払いを一つ零して空気を入れ替えを試みてから、未だに微妙な顔をした男に問いかける。

「コホン。金の魔王の側近よ。都の襲撃に来たのではなかったのか?」

 さっきまでの事など知らんと、言わんばかりの顔をしている。

 ……と言うか、王の側近だったんかい。

 シルヴェストルの言葉に突っ込みを入れたいが状況的に、ふざけている場合じゃない。

 向こうもグダグダな空気の入れ変えには賛同だったらしい。

 一度目を閉じ、深呼吸をするように息を吐いた。再び目を開くと、何も見てないと言わんばかりの真面目な顔をする。

 男二人が真面目な空気を醸すだけでシリアスな空気に戻る。何てありがたい事か。

 そんな事を思いながら、水筒とコップを道具入れに仕舞う。その背後で、何か言いだしかけたマルタの口をミレーユが背後から手を伸ばして塞ぎ、ルシアが右腕、自分は左腕にしがみ付いて、マルタの動きを止める。ついでに念話を飛ばして注意もする。今マルタが何かを喋ったら、絶対に、シリアスな空気が崩れ去る。ミレーユとルシアもその確信が有ったから、マルタの動きを封じに掛かったのだろう。

 視線がこちらに集中した。またシリアスブレイクかと思ったが、幸いな事に、男二人は見なかった事にしてくれるらしい。視線は直ぐに逸れた。漸く話が進むのだろう。

 白雷と呼ばれた男は、極力、マルタ気にしないように気を付けながら、何故か自分を見る。

「結界の破壊と襲撃の予定はこちらにはない。青の方だ。用があるのは黒髪黒目の女だ」

 男の言葉に、色々と突っ込みを入れたい。自分が口を開くよりも先に、シルヴェストルが反論する。

「都上空で戦闘を行っていたにも拘らず、襲撃犯ではないと主張されて、信じて貰えると思っているのか?」

 道理である。戦っていた所を見ていない以上、事実か偽装かの判断はつきにくい。

 加えて、見ただけで魔族がどの魔王の配下など分からない。男の足元に転がる魔族の亡骸が、敵か捨て駒の部下か判断出来ない。

「我ら魔族の勢力争いは、人間も周知だと思っていたが、どうやら違ったようだな」

「その情報が有っても、貴様の言葉の真偽など分かる訳ないだろう」

 鼻で笑われて、シルヴェストルは怒っている。怒っているところは見た事が無いのでちょっと珍しい。

 言い合いをしている二人を物珍し気に眺めていると、ルシアから念話が飛んで来た。

『白髪が言っている事だが、何処までが真実だと思う?』

『あたしに用が在るのは事実だろうけど、襲撃は微妙かな?』

 白髪の言葉を思い出しながら答える。

『何でそう思うのよ?』

『結界の破壊と襲撃の予定はこちらには無いって言っていたでしょ』

 割り込んで来たミレーユに言葉を返すと、ルシアは納得出来たらしい。

『そうか。結界の破壊も襲撃もせずに都に入る方法が有れば、あの物言いになると言う事か』

 ルシアの言葉を肯定すると、成程、と他の二人から言葉が返って来る。

『どうやるかは想像出来ませんね。本当にそんな方法が有るのでしょうか』

『でも、あいつの見た目は普通の人間と、あんまり変わらないわよね』

 ミレーユの言う通り、白髪の見た目はほぼ人間と変わらない。自分も初対面時『どこの騎士?』と内心で首を傾げたぐらいだ。

『この都の結界が『魔族や魔物を通さない』特定種族の選別機能付きの結界じゃないからじゃない?』 

 種族選別機能付きの結界なら、確かに魔族は通れないだろう。だが、その選別機能がなく、結界の機能が上空からの攻撃を防ぐだけの結界だったら破壊する必要も無いだろう。白髪の場合、目立つ容姿はしているが、変装すれば都に入る事ぐらいは出来そう。

 そこまで考えて、この都の防衛結界の種類は何だろうと考えるが、既に破壊されている事を思い出し、別の疑問が湧く。

『ねぇ、どうしてこの都の結界は破壊されたんだと思う?』

 結界の破壊者が別人なら、何故結界を破壊したのか。三人に尋ねてみた。

『どうしてって、結界の機能を知らなかったとか』

 解放されたマルタが、素直に思った事を答えとして返して来る。

『魔族だけを通さない結界など滅多に存在しない。現役で稼働しているのなら自然と有名になる。さして有名でもなく、魔族の脅威にも晒されていない国の王都の結界にそんな機能はないだろう。邪魔だから以外の理由など在るのか』

 推測を交えて語るルシアにミレーユが噛み付いた。

『あのさぁ、結界に何かあったら、住民とか兵士とか騎士とかが、蜂の巣を突いたみたいに、大騒ぎになってわらわらと出てくんのよ。そんな理由でさ、結界を破壊して利点とか有るの?』

 確かにと頷き、何かが引っ掛かった。三人の顔を見回して、頷いたのはルシアだけだった。

『蜂の巣。……蜂の巣か』

 ルシアも同じ所が気になったらしい。思案顔になっている。

『結界に何かあったら、全員大騒ぎになってわらわら出て来る』

 確認のように呟くと、マルタとミレーユも結界が破壊された理由に気付いたらしい。

『結界を破壊したのは、探す手間を省く為でしょうか』

『あいつが出てきてからずっと静かだったのは、包囲じゃなくて、今も探してるって事?』

 ミレーユの疑問に魔力探知機を道具入れから取り出し、魔力を流して起動させると、魔力を持った何かが広場に集まって来ている。

 この探知機は、古い漫画だが『ド〇ゴ〇レーダー』とか、船舶用レーダーの映像を参考にして作った。魔力探知機の名の通り、周囲の魔力を探知し、探知する魔力量の指定も出来る。スマホ型にするか、懐中時計型にするかでミレーユと揉めたのはいい思い出だ。結局、両方作ったが。

 スマートフォン形状の探知機の長方形の画面を見ると、魔力を持った何かが広場周辺に続々とやって来ている。

『これを見ると包囲だね』

『じゃぁ、一人で他の魔族を始末していたのは』

『妨害か、捜索か。この場合両方だろうな』

 空を見上げる。日は完全に沈み、空は真っ暗だ。雲が出ている為、星は見えない。広場の明かりは、壊れずに残っていた数本の街灯のみ。

 あれだけ響いていた轟音は何処からも聞こえない。それは、音源の男が未だにシルヴェストルと『暢気』に言い合いをしているからか。

「あれ?」

 ふと湧いた疑問に、念話ではなく、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 その場にいた全員の視線が集中する。

 誤魔化しは効かないと判断し、疑問を白髪にぶつけた。

「何で暢気に喋ってるの?」

 そう問いかけると、白髪は口の端を歪めた。見え方によっては『笑っている』ようにも見える。容姿の整った騎士が笑っている様は、年頃の貴族令嬢ならば喜んだだろう。しかし、自分は何故か寒気を感じ、まさかと言う、己の問いの答えに辿り着いてしまった。

「まさかだけど、目の前で掻っ攫えとか言われてないでしょうね?」

 顔が引き攣ってしまうのは、仕方が無いだろう。そんな愉快な理由で、堅物そうな男が暢気にお喋りに付き合うとか思わん。

『誰の』と『何を』の言葉が抜けた問いだったが、意味は伝わったらしい。

「そこに辿り着いた時点で、答えは分かっているだろう」

「いや、否定しなさいよ!!」

 白髪の答えにミレーユは全力で突っ込みを入れた。

「金の魔王って想像以上に愉快な方だったんですね」

「魔王のイメージが崩れるんだが」

 しみじみとマルタとルシアが感想を述べる。シルヴェストルは予想外の展開に唖然とし固まっている。

 こんなお遊びに付き合うって、こいつも割と愉快な奴なんじゃないか? なんて思ったが口には出さない。だって、シリアスな空気が再び吹き飛ぶって、しかも、空気を駄目にするのが堅物ってどうなってんの!?

 プチパニックを起こした自分とミレーユを無視して、白髪は周囲をぐるりと見回す。その動作を見て、やべぇと、危機感が募った。それは、他の四人も同じだったらしく、背中を合わせる位置に移動すると同時に、それはやって来た。

「……多いわね」

 ミレーユの呟きに、白髪以外の全員が頷いた。

 大量の魔物と魔族が広場を包囲するようにやって来たが、直ぐに攻撃してくる気配は無い。魔物も大人しくしている。どうやっているかは不明だが、魔物を手懐ける事が出来ているらしく、『待てをしている犬』のようにも見える。

 魔物を従えている魔族は下位の連中ばかりなのだろう。目の前の白髪のように『見た目がかなり人間に近い』奴は一人もおらず、二本足で立っているが、頭部が牛や馬、犬、鳥などの動物か昆虫のものばかり。鳥や、蝙蝠の翼や尻尾が生えている奴もいる

 そう言えば、宿泊施設の近くに落っこちて来た魔族も翼と尻尾が有ったな。全身黒焦げだったから頭部は分からなかったが。

 それにしても、魔族と魔物に囲まれたこの状況では『白髪は敵なのか、それとも敵の敵か』どちらなのか、判断が難しいな。

 本人は敵の敵を主張している。でも、味方じゃない。

 転移で王都の外に逃亡を考え始めると同時に、空が白んだ。空を見上げると、極太の白い光の槍が豪雨の如く大量に降って来る。

「!? 神盾!」「ちっ」

 頭上に両手を翳し最短で構築出来る最も硬い障壁を展開する、ミレーユとマルタが間を置かずに障壁を強化し、ルシアが一瞬で距離を詰めて来た白髪に斬り掛かるも躱され舌打ち零す――この三つが同時に起きた直後、槍が障壁に激突した。

 槍を視認してから、障壁に激突するまで、約三秒程度か。

 王都で絶えて久しい別種の轟音が再び響く。

 頭上に翳した手に、障壁が防ぐ反動が重く返って来る。金属の盾で降り注ぐ岩を受け止め続けているような気分だ。二人掛かりの補助を受けているのに、そんな感想を持ってしまう程に重い。

 更に数秒後。轟音に呆けて対応が遅れたシルヴェストルが、視界の隅で慌てて障壁の強化を手伝い始める。国でも上位に位置する彼であっても、共にいる三人に比べると、やはり反応速度が遅い。

 今後、一緒に行動するのは難しいだろう。この面子の実力を考えると、彼はどうしても足手まといになる。

 余計な事を考えていたからか、障壁にピシッと、亀裂が入る。ミレーユが即座に亀裂を直す。

 体感でおよそ一分後。

 槍の豪雨が止んだ。障壁の維持にそれなりの魔力を消費し、膝に手をついて肩で息をしてしまう。魔力の回復薬を一本、道具入れから出して服用する。想像以上に魔力を消費したのでもう一本飲みたいが、回復薬の効果が出て来るには少し時間が掛かるので、あとで飲もう。

「ハハッ、これも凌ぎ切るとはな。いやはや、異世界の聖女とやらの実力は見事だな」

 頭上から哄笑が響く。呼吸を整えながら聞き覚えの無い声に誰だろうと、首を捻る。心当たりが在りそうなシルヴェストルを見ると、頭上を見上げて、険しい顔をしていた。気のせいか、顔が若干青い。

「青の、魔王」

 血の気が引いた顔で紡がれた言葉に、女子四人はギョッとして、頭上の声の主を見る。

 最初に目を引いたのは、蝙蝠の翼に似た二対の黒い翼。鮮血を思わせる赤色の瞳に、街灯の明かりを反射する肩下まである長髪は、ガスバーナーの青い火を連想させるような青白い色をしていた。身に纏う鎧は青黒く、腰の左右に剣を佩いている。

 いつの間にかいなくなった白髪と比べても遜色のない整った容姿の青年がいた。

 ……何で人間に近い容姿の魔族は、どいつもこいつも美形なんだろう? あれか? 人間を誑かす為に美形なの?

 いやいや、暢気な疑問を浮かべている場合ではない。

「あの男が、青の魔王ですか?」

 マルタの疑問に、シルヴェストルは頷いて肯定した。声に出して肯定しないのは、恐怖心があるからか。未だに、青い顔をしているので当たりな気がする。妙な行動を取らなければいいので、しばらくは放置しておこう。

 改めて、青の魔王を観察するが、半年前の戦いでは見なかった顔だ。どこかに隠れたのか、逃げたのか? いや、魔王の後釜に成る程の実力者だからこそ、どさくさに紛れての事は狙ってもおかしくはない。やはり隠れていたのだろう。

 ミレーユに見覚え有るか念話で尋ねられたが否定する。

 その間に、風を撒き散す事無く、青の魔王が数メートル先の地面に降り立った。

 自分達を視界に収めると、にぃ、と毒のある笑みを浮かべた。背筋に悪寒が走る笑みで大変気味が悪いです。

「白雷の野郎はどっか行っちまったが、まぁいい。本命はこっちだしな」

 目が合うと鳥肌が立った。周囲の魔物が唸り声を上げる。

 全員の警戒心が最高値になる。

 ナイフに手を伸ばした直後、白く光り輝く雷の矢が広場一帯に降り注ぐ映像が見えた。

 即座にドーム状の障壁を展開したと同時に、映像が現実となった。

 視界は白で埋まり、魔族と魔物と地面を穿つ轟音が響く。矢は障壁の頭上を、砕かれた地面の破片が障壁の横を、轟音を立てて叩く。全員が耳を手で塞いだ。耳鳴りがする程の大音量に思わず顔を顰める。

 ミレーユが風の魔法で響く音を最小限に下げる。お蔭で土砂降り程度にまで音量が下がった。マルタは先と同じように、シルヴェストルは僅かに遅れて、障壁に強化を施す。

 魔法の適性が低く、補助魔法しか使えないルシアは気配探知で周囲の索敵を行っている。

 しかし、あれだなぁと、内心で独り言ちる。

 状況の展開がコロコロ変わり過ぎじゃないか? 魔王が口上を述べてから襲撃って思ってたのに。

 メタな感想を思うが、矢が降り止む気配が無い。魔王も足止めされている。一体誰の攻撃か――考えるまでもないか。暇な奴など一人しかおらんし。

 ふと、気付いた。

 ……魔王が動けない、今がチャンスじゃない?

 念話で、シルヴェストルを含む四人に退却を提案すると、了承が返って来た。移動先は、宿泊施設だ。

 今度は一息に飛ぶのではなく、足元に転移先と繋がるゲートを開く。この方法を取るのは、障壁を維持する必要がある都合からだ。

 ルシアとシルヴェストルが飛び込み、危険の有無を確認してから手招きをする。

 続いて、マルタとミレーユの順に飛び込む。ゲートと障壁を維持しているので自分は最後だ。

 いざ飛び込もうとして、ビキリと、障壁に亀裂が走った。亀裂を見て思わず呻く。

「げ」

 恐ろしい事に、青の魔王が障壁に拳をめり込ませていた。こちらの逃亡を感知したらしい。雷の矢は翼を傘のように使って器用に防いでいる。

 急いで飛び込み、ゲートを閉じると同時に障壁が砕けた。

 真下にいたシルヴェストルに受け止められる。顔が引き攣っていたのだろう、シルヴェストルに尋ねられた。

「何があった?」

「魔王に障壁を突破された」

 素直に答えると、全員が呻いた。

 取り合えず、窮地からは脱出したのだ。移動を開始だ。

連投は次で一旦終わりになります。


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― 新着の感想 ―
シルヴェストルって菊理の事、好きなの?って思ってたら、 お話しが終わってしまいました。 凄く気になります。
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