唐突に告げる
四人で用意された客室に入り、警戒用の結界を張り、三人の装備の確認を行う。
ある程度の自動修復機能を付けたが、限界が有る。激戦となったら必ず見せて貰っている。
「自力で修理出来ないのが痛いわね」
「その分、頑張りましょう」
ミレーユのぼやきに、マルタが拳を握る。ルシアは無言で頷く。
「破損も異常も、特に無いね。今の内に付け加える機能のリクエストとか有る?」
「「「無い」」」
何時もの癖で三人に尋ねたが、不要らしい。困った事が有ればちゃんと言うので、今回は引き下がる。
全員で荷物の残量確認を行う。特に食糧系。この面子で食べられる料理が出来るのは自分とマルタだけだが、携帯食料やパンなどの調理の不要食品の残数確認は必要なのだ。
生鮮食品などの分配の見直し中、部屋全体を強烈な横揺れが襲った。
何が起きたと、四人で顔を見合わせる。こんな状況で起きる襲撃は一つしか思い浮かばないが。
自分が受け取る分の生鮮食品をマルタに押し付け、呼び止める声を無視して自分は廊下に出た。廊下にいた魔族達にも混乱が広がっている。
「待てククリ。先走るな」
遅れて部屋から出て来たルシアに捕まる。更に遅れて残りの二人も出て来た。揺れと振動は時間が経過すると共に強くなって行く。
「逃げましょうか」
マルタの提案に顔を突き合わせる。
「それが良いと思うけど」
「この状況で逃げ切れると思う?」
「無理だな」
自分、ミレーユ、ルシアの順で意見を言って纏めて、マルタを見る。異議は無いらしく、そうですね、とだけ呟いた。目が泳いでいたので、そこまで考えていなかった模様。いい加減考える癖を付けて欲しいわ。
現状と関係のない願望を心の中に仕舞って、ミレーユと手分けして魔法で振動の原因を探す。
城から逃亡しても良いが、この四人で魔王二人に勝てるか怪しい。一度失敗しているから、せめて金の魔王と白雷がいないと城から出るのは厳しいだろう。そう話し合い結論を出した。
探した結果、少し前までいた広間が震源地のようだ。
四人で長い廊下を駆け抜け、先程の広間に向かう。徐々に大きくなる轟音が耳に痛い。
「うわぁ……」
観音開きのドアの向こうは、一言で言うと激戦地だった。戦闘を行っているのは四名。
赤と白の魔王が金の魔王に攻撃している。白雷は撹乱役なのか、姿が霞む速度で駆け回っている。
集中攻撃を受けている金の魔王は……攻撃を受け流すように捌いている。ただ、真剣な表情で行っているから、内心では必死なのかもしれない。
「見た目の割に出来ますね」
「マルタ。それ言っちゃいけない奴」「今言う事じゃないわよ」
感心したようなマルタの呟きに、ミレーユと同時に突っ込む。言葉を発しなかったルシアは頷いた。
安定のマルタに脱力しそうになるが、一際大きな轟音が響いた。左右に分かれて飛来する物体を回避。飛来物はドアに激突。ドアを砕いて床に落ちた。飛来物の正体をよく見ると、自分の身長の半分ぐらいの大きさの瓦礫だった。
思っていた以上に大きかったので、背中に少しだけ冷や汗を掻いた。
轟音と揺れが静まった事に気づき、瓦礫が飛来して来た方向を見れば、魔族四名が戦闘の手を止めてこちらを凝視していた。白雷がこちらを物凄い形相で睨んでいる。白雷に念話で『逃げ切る方法有る? 有るなら教えて』と質問を飛ばすと、目を逸らされた。
無いのかよっ!?
「タイミングが悪かったな」
「そうっぽいわね……」
目を逸らした白雷を視界に捉えて、ルシアとミレーユがぽつりを呟く。
同意しながら、自分も四名を見る。城から出るところは狙われるとは思っていたけど、出るよりも早くに、魔王自ら乗り込んで来るとは思わなかったな。展開早っ。
短気が過ぎると、眉を八の字にする。向こうからすると、こっちの言い分はどうでも良いのだろう。
派閥が出来た数千年前の聖女と、同じ特徴の霊力を持った自分を認識している以上、使いたくない一つの方法を除いて、逃げ切れるか怪しい。
実質六対二なのに戦力に差が生じるのは、経験の差かしら?
時間的に五秒も無い、僅かな時間に現実逃避したのがいけなかったのか。攻撃魔法が飛んで来た。飛び退いて回避し、障壁を展開する。
「ぬぉっ!?」
強烈な打撃が障壁に叩き込まれ、障壁ごと吹き飛ぶ。壁に叩き付けられるよりも前に、重力魔法を使った疑似飛翔で宙に浮き、床に落ちる無様だけは回避する。
宙に浮いたら目に見えない連続攻撃が叩き込まれ、障壁に無数の亀裂が入った。内側に空間遮断障壁を重ねて展開し、完全に破壊される事だけは防ぐ。
だが、ビキリと、内側に重ねて展開した空間遮断障壁にも亀裂が入った。思わず攻撃の主を二度見して、呻いた。
攻撃の主は、白の魔王。魔王の手指の先が、第一関節分だけど、僅かに障壁を突破している。こいつ、空間割断系の攻撃が出来たのか。
このまま無理矢理抉じ開けられては堪ったもんでは無い。突破された分だけ後ろに下がって、障壁を修理し同時に重ね掛けをする。しかし、攻撃の手は緩まず、逆に苛烈になった。
現実逃避した自分が言っちゃいけないんだろうけど、攻撃するなら反応寄越せよ! 前触れ無く狙うなっ!
「げっ」
亀裂が再び入った。今度は短距離空間転移で出入り口にまで戻る。白の魔王は追って来なかったが、警戒を怠る訳には行かず、障壁は修理してそのまま展開。障壁内にいれば安全と言う訳では無いが、盾としては使える。この切断力を考えると、赤の魔王同様に盾は使わない方が良いな。機動力頼りの回避が中心となる。
攻撃は来ず、睨み合いとなる。周囲に視線を動かせばその瞬間に攻撃が来る。故に他がどうなっているのか全く分からん。轟音や裂帛の気合などの声が耳に届く。
自分の周囲に白の魔王以外に誰もいない事から、赤の魔王が単身で五人同時に相手にしている、それだけは解った。分かっても、加勢と助力は出来ないが。
攻撃の機会を窺いながら、回避に徹するのだった。
足を止めて魔法で生み出した五十の雷の槍を、全て同時に放つ。白の魔王は叩き落す事無く、攻撃の手を止めて回避に専念する。僅かに掠めると、一瞬だけ目元が痙攣する。
……やっぱり、雷系は鬼門だったか。
白の魔王のイメージは『全身刃物』だ。刃物ならば雷撃系が効くかもしれないと言う、安直な連想から雷撃系の魔法をガンガン放った結果……思っていた以上に効いている。
目に見えてと言う訳では無いが、若干動きが鈍っている。最初に比べれば少しスピードが落ちた程度。この僅かな時間で追撃となる魔法を構築する。
「――石火、熔鉄」
周囲の拳大の幾つかの瓦礫が風の魔法で浮き上がり、高温の炎で熱せられて行く。炎で焙られた瓦礫は床に熔け落ちる事無く、球体状に形を変えて砲弾のように撃ちだされた。
本来ならばこの『熔鉄』が発動するまでに、最低でも三十秒近くの時間が掛かる。炎・土・風の三つの属性を混ぜた、使用するには絶妙に難易度の高い混成魔法だが、発動時間そのものを短縮する魔法『石火』を使用した事により、僅か五秒で発動した。
魔法で生み出した『即席溶岩弾』が白の魔王に迫る。白の魔王は先程と同じように回避に専念した。生物に該当するから溶岩系が駄目なのか? 判らんけど。
ある程度白の魔王が接近して来たところで、次の魔法を発動させる。
「震天動地」
一定範囲の空間を振動爆砕する魔法を発動。広範囲魔法に分類されるので、可能な限り範囲を絞り、自分を中心に白の魔王を巻き込む形で発動させた。発動と同時に自分は転移で避難したから無傷だけど。
岩盤すらも砕く魔法の直撃を受けて、ついに白の魔王が肩で息をする。ここまでやらないとダメージが通らないのか。無駄に頑丈だな。
こう言っては何だが、赤の魔王の時よりも落ち着いて戦えている。経験が活きていると言えば良いのか。
白の魔王が赤の魔王よりも『弱い』ってのも有るのかもしれない。
追加の魔法攻撃を放つ為に、使用する魔法を選んでいたら、砲弾が放たれるような音が響いた。
微かな悲鳴が聞こえた事も有り、振り返って飛来者を確認し、障壁内に招き入れて受け止め、即移動。数瞬前までいた場所を白の魔王の手刀が通り過ぎる。
吹き飛ばされて来たのは、マルタだった。めっちゃ重傷だった。移動しながら魔法で治療する。続いて、ミレーユとルシアも床に転がった。纏めて回収し、治療を施す。金の魔王と白雷は健在だったので放置。
早いな、などとは思ってはいけない。
三人揃って重傷なんだもん。自分が赤の魔王と当たった時は、手加減されていたって事かな? それはそれで悔しい気もする。
纏めて治療を施している間も、白の魔王の執拗な攻撃が繰り出される。蓄積ダメージが原因で、最初に比べれば少しばかり威力が落ちている。それでも、障壁に亀裂を入れる程度の威力は残っている。やはり『魔王』の名は伊達では無いな。
三人の負傷具合と、攻略突破口の見えない白の魔王を思うと、最終手段を使うしかないのかも。
半年以上も前、この世界に来る前に、備えていたアレを使うか否かを、決断する時が来てしまった。
時間が経つにつれ回復して来たのか。徐々に苛烈になる白の魔王の攻撃を見るに、『どうする?』と、考える時間はなさそうだ。
駄目押しをするように、追加で二つの轟音が響く。
視線だけで音源を確認すると、金の魔王と白雷が瓦礫に埋まっていた。遂にこの二人も負けたのか。
フリーとなった赤の魔王がこちらに振り返る。
三人治療中。二人は行動不可能。赤の魔王に負傷と疲れは見られず、白の魔王は時間の経過と共に回復しつつある。
……使うしかないか。
形勢逆転の手は思い付かない。けれども、戦闘を終了させる手は思い付いている。
「難儀だなぁ」
ぽつりと、本音が漏れる。赤の魔王と目が合う。この城に来るまでの戦闘が『碌な状態じゃなかった』事を思い出し、再戦しても勝つ手が浮かばないとはっきりと自覚した。白の魔王とコンビを組まれては、こちらに勝算は無い。
宝物庫からロザリオを取り出す。それを見たルシアの目が見開かれた。
「っ、ククリ」
「ごめん。先に逝く。ここで調べる予定だった情報は、何時か会えた時に教えて」
最期となる言葉を三人に掛ける。僅かな間を得て、それぞれの言葉が返って来る。
「……ごめんなさい。肝心な時に役に立たなくて」
「ここで得た情報は、次に会った時に必ず教えるわ」
「次に会う時は、今以上になる。楽しみに待っていろ」
マルタ、ミレーユ、ルシアの言葉に頷く。
一方、自分達の会話の意味が解らない、赤と白の魔王二名は怪訝そうな顔をしている。
三人の治療が終わると同時に、自分は障壁を解除して転移で移動した。
移動先は決めていない。ただ遠くへ、時間が得られるだけの距離を求めて移動する。
適当な方向へ移動を続けたせいか、気づけば海の上だった。今度は垂直に雲の上にまで転移し、ある程度の高さになったところで重力魔法で体を浮かせる。
ロザリオを両手で握り締め、宝物庫にあれこれ仕舞い、目を閉じて転生の術を発動させる。
重力魔法が消えて、遥か真下の海へ垂直落下する。高度的に海面に直撃するまで十数秒程度だ。だが、それだけあれば術の起動は終わる。
「――!」
落下による風切り音の中、声が聞こえた。何だろうと目を開くと、焦った顔をした赤の魔王がいた。
光に包まれて落下する自分を見て驚いているんだろと判断して、再び目を閉じようかと思った。でも、見事に逃げ切れた事に気づいて『ざまぁみろ』と口を動かす。読唇術が使えるのか、赤の魔王が睨み付けて来た。しかし、もう遅い。
視界が光に埋め尽くされて、自分の意識は途切れた。
お読みいただきありがとうございます。
主人公の途中脱落は予定です。こんな終わりも起きるよねと、組みこみました。
もう少しお付き合いください。
次がエンディングです。




