合流、そして、過去を知る
「ここが……」
コートのフードを被って顔を隠し、到着した金の魔王の居城内を白雷のあとに続いて歩く。
魔王の居城と聞くと『暗雲と稲光をバックにした真っ黒な城』を思い浮かべるかもしれないが、空は快晴で、城は白亜で美しい。人間用と言われても納得しそうな外観の城だ。ただし、警備兵は下位の魔族達だ。何も知らずに入城したら吃驚するな。
歩幅の広い白雷の背を小走りで追う。こちらに対する気遣いが無いのは、先程飲ませた増血剤への意趣返しか。
暫く移動を続けていると、単眼牛顔に一角獣に似た角を持った、見覚えの有る魔族が現れた。
何処で見たのかと記憶を探り、……そう言えば、何しに現れたのか分からなかった魔族がいたなと思い出す。食料の買い足しで街に寄る前に遭遇したあの魔族だ。
今度は何しに来たのかと内心で首を傾げていると、白雷が足を止めて牛顔魔族に話し掛けた。
「ボヴァン。ヘリオドールは戻って来ているか?」
「はい。人間の女三人も一緒におります」
「!?」
牛顔魔族の返答に思わず息を呑む。あの三人がいるのか。無事を喜びたいところだが、金の魔王に折檻をしていないか心配してしまう。血の気の多い三人だから仕方が無い、よね?
自己弁護の言葉を思い浮かべている間に、魔族二名の話は終わった。
「行くぞ」
それだけ言って白雷が歩き出した。その背中を慌てて追う。
すれ違う時に、牛顔魔族から胡乱な視線を貰ったが、何も言われなかった。代わりに聞こえたのはため息。
……あの三人が何もやらかしていない事を祈るしかないな。
口からため息が漏れないようにするので手一杯だった。
で。
到着した広間っぽいところで、心配事が現実になっていた。
女子三人はそれなりにボロボロな状態だが、元気は残っているのか、同じくボロボロで降参するように両手を上げている金の魔王に剣と拳を突き付けて尋問している。思わず白雷と顔を見合わせてしまった。視線を再び四名に戻す。こちらには気づいていない模様。
「元気そうだな」
「……そうね」
それしか言葉が出て来ない。
「空き部屋で休むか?」
「それも良いけど、どうせなら男除けと一緒が良いな」
「二度もやらん」
「信用が無い」
そう言い合い、白雷と暫し睨み合う。
『あー、そこの二人。遊んでいないでそろそろ止めて欲しいんだが』
割って入るように、突然、念話が響いた。
声の主は誰か?
白雷と同時に首を回して、声の主と思しき人物――金の魔王に視線を向けると、チラチラとこちらを見ていた。
『お楽しみ中じゃなかったの?』
『遊んでいたのではなかったのか?』
「誰がだっ!?」
念話で返したら、金の魔王より怒声で突っ込みが返って来た。お元気そうで何より。
その怒声で、女子三人もこちらに気づいた。
三人同時に金の魔王の向う脛に一撃入れてから、こちらに近づいて来る。人型だから人間の急所も一緒なのか、痛みで転げ回る魔王に、ちょっと同情してしまった。金的攻撃じゃないだけまだマシなのかもしれんが。
「「ククリ!」」「無事でしたか!」
「……一応、無事だよ」
背後の状況を無視する三人の図太さが羨ましい、と思ってはいけないのだろう。状況的に。
「ヘリオドールに尋問していたのか?」
「ああ。黒の魔王と密談で決めていた事を吐かせていた」
「どうせあんたも知らないんでしょ? 情報共有しましょ」
「……向こうがどう動くか分からない以上時間は無駄に出来ないか」
少し悩んでから白雷はそう結論を出した。
マルタが痛みで未だに転げまわる金の魔王を無理矢理起こし、情報の共有を行った。
魔法で三人の治療を行いながら、互いに別行動後の事を説明する。
白の魔王との戦闘は超激戦だったらしい。
取り分け白の魔王が、殴り合いとなったマルタの打撃に耐え切ったエピソードを語るルシアとミレーユの声に、妙な熱が込められていた。マルタは突っ込まないで満足げに頷いている。
……どんな経緯で、何でマルタが魔王と殴り合いをしたのか。謎だが、突っ込んではいけない。だって打撃系自称祈祷師だから。
一通りの話を聞いたら、自分と白雷の方でも何が起きたのか説明する。特に白雷の見た目が、元に戻っている事は説明せねばならない。
金の魔王も気になっていたらしく、説明すれば『ああ。それでか』と皆納得した。そして、女衆で金の魔王をチラ見し、顔を見合わせた。時間経っているから無理だよねと、頷き合う。金の魔王が何か言いたげな顔をしたが無視。
赤の魔王との戦闘はほぼ自分一人で行っていた。戦闘中に判明した『地脈に出入り可能』の点を忘れずに報告する。
報告内容を聞いた金の魔王は、何か心当たりが有るのか僅かに目を眇めた。
別行動後の説明が終わったら、今後の話だ。
今後の魔王同士の対立には口を挟まないが、自分は霊力を持っている為狙われるので、細かい事を尋ねる。特に魔族の派閥について。白雷に青の魔王の残存を纏める役をさせるとか言っていた事の正しい意味とか。
「正直に言って欲しい。魔王って斃すと駄目なの?」
「駄目では無い。無くなって困るのは『魔族の法たる派閥』であって、魔王では無い」
「魔族の法って事は、法律の事よね? そんなの在ったんだ……」
「実は存在する」
金の魔王の回答に、ミレーユ筆頭に皆で驚く。白雷も驚いているから、魔王になったものでなければ知らない情報なのかも。
「数千年前の話だ」
金の魔王は肩を竦めてから語り出す。
魔族の派閥が存在しなかった頃。
魔族は人と人の国を享楽的に襲っていた。国の滅びは魔族によって齎され、とある大陸では『人が狩り尽くされて』しまい、魔族だけの大陸となった。
このままでは『人が絶滅する』と、危惧した数多の国が協力して、霊力を持つ聖女や聖者を中心に『魔族狩り部隊』が編成され、数多の魔族が狩られた。
始めの内に狩られた魔族の殆どが下位の魔族だった。しかし、時間が経つに連れて、中位や上位の魔族までもが狩られる事態に発展した。
この状況は流石に不味いと判断した、一部の上位の魔族十体が魔族狩り部隊に襲撃を仕掛けるも、大陸最強を謳われた聖女の手により全滅。
予想外の被害に、残りの上位魔族が仇討ちに向かった。
しかし、相手は大陸最強の聖女。
激しい戦闘の末に、生き残った五体の魔族は撤退した。
撤退後、人の社会に干渉して二度と魔族狩りが行われぬように、生き残りの魔族は『魔族を縛る為の派閥』を立ち上げた。
「そんな理由で派閥が出来たの!?」
「生存競争と言えば聞こえは良いが、調子に乗った魔族の自業自得だな」
「全くだ」
マルタは仰天。ルシアは冷静に自業自得と言い、白雷も同意する。
「赤の魔王はその時の生き残りだ」
「うぇ、マジで」
「それでしつこかったのか……」
赤の魔王が異様にしつこかった理由に納得。ミレーユと共に呻く。
てか、聖女強過ぎでしょ!?
どんな聖女だったか質問すると、金の魔王は自分を見た。
「金の粒子となった霊力を持った聖女、だそうだ」
「――えっ」
思わず息を吞む。鼓動が速くなる。
今、魔王は何と言った?
「それって……」
その場にいた全員の視線が自分に集中する。
「大抵の霊力は金の靄状だ。だが、かの聖女の霊力は金の粒子だった。いかなる違いが有るのか判っていないが――」
金の魔王の赤い瞳が射貫くように自分を捉える。
「その分だと、貴様知っているな」
確信を持って、魔王はそう言った。
気になるのか、全員無言で視線を外さない。
「……霊力が、金の粒子になっている状態は、霊力を得る為に『対価となる何かを捧げた』証拠」
悩んだが答える。その結果、全員が驚きから息を詰めた。
「やり方は知らない。あたしもこれしか知らない」
「……いや、十分だ。済まんな」
頭を振った金の魔王は謝罪の言葉を口にした。魔族に謝られる。……何だか変な気分になるな。
「ちょっと待って。って事は」「ククリ。貴女の霊力は」「まさか、そう言う事なのか?」
三人からの言外の『もしかして』の問いに首肯する。
自分の、家族との縁の無さは三人とも知っている。故に揃って悲痛そうな顔をした。気にするな、割り切っていると言っても意味は無い。
「それが事実だとするのなら、数千年前の聖女は……」
「当時の魔族が『自ら生み出した聖女』だった。と言う事になるな」
白雷と金の魔王は同じ答えに辿り着いたのか、揃って悪感情から顔を歪めて悪態を吐いている。
そりゃそうだろう。
当時最強だった聖女誕生の理由が、因果応報の言葉通りに当時の魔族達に在ると知れば、当時の連中を罵りたくもなる。生き残りがいるから、文句は言えるけど。
「魔族の派閥の存在理由を考えると、赤と白の魔王に斃れられるのは不味いのね?」
話題変更を狙って、金の魔王に問い掛ける。
「その通りだ。……しかし、最悪な真実だな!」
金の魔王は吐き捨てるように言ってから、頭をガシガシと掻いた。
「当時の聖女を祀っている神殿が存在していたな。行けば何か判るかもしれん」
「調べる価値は在る。場所は何処だ?」
白雷が記憶の情報を口にすれば、ルシアが所在地を尋ねる。
「この大陸最高峰の山頂に存在した神殿だ。破壊されて今は瓦礫の山だが」
「瓦礫の山でも、何か残っているかもしれないわよ」
「そうですね。行く価値は在ります」
ミレーユとマルタが言う通り、霊力に関する何が残っているかもしれない。
白雷に道案内させる約束を取り付け、一旦ここで解散となった。
移動するには、皆の疲労が濃い。加えて、何時襲撃が有るかも分からない。
確り休息を取れと言う事だ。
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連続投稿二つ目です。予約投稿しているので時間が空いています。




