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第57話 はじめての幽世!

 童孟は華奢とはいえ成人男性。琴音と豆福の二人で運ぶのはちと厳しい。どう運ぼうかと悩んでいると、善治と酒呑童子が担架をもって駆けつけてきてくれたので彼らに運んでもらうことになった。


 いつもは大きく開かれている門も、いまはぴたりと閉じている。

 琴音は門の横についたレバーを握って、


「えっと、幽世へ行くには横にすればいいのよね……」


 確認するように口でつぶやいてから、えいやっとレバーを横に倒した。


 豆福と二人で門の両開き扉を開ける。門の外は、以前見たときと同じようにぼんやりと霞がかかっていた。通りを挟んで向かいに立つ建物の輪郭が霞の中にぼんやりと浮かんでいるが、あまりよく見えない。


 地面には舗装などなく土がむき出しになっている。ひんやりとした冷たい風が門の中へ滑り込んできて琴音は思わず身体を震わせた。


 と、その霞の中に一本の光の筋が見えた。筋はどんどんと太くなり、エンジン音とともに白いバンが姿を現す。

 普段は裏口に止めてある清史郎のバンだ。裏口から幽世に出て、こちらの正門へとまわってきてくれていた。バンのバックドアを開けてもらうと、すぐに童孟を車の中へ担架ごと運び込む。


「親父。そっちは任せたから」


 運転席の窓を開けて清史郎が頼むと、


「ああ、(とどこおり)りなくやっておくよ。関西弁の君も手伝ってくれるね?」


「あ、オレ? ええですよ」


 酒呑童子は善治を連れて門の中へと戻っていく。

 見送ってくれる豆福の足元には、時子がピッタリとしがみつくようにしてくっついていた。それでも琴音が助手席に乗ろうとドアに手をかけると、「いってらったい」というあどけない声とともに小さく手を振ってくれる。


 時子と豆福に手を振り返して、琴音は助手席に座った。シートベルトをすると、すぐにバンは走り出す。

 ガタガタとやけに揺れるのは、道路が舗装されていないためだろう。

 しばらく走ると徐々に霞が晴れて、周りの景色がよく見えるようになってくる。


「うわぁ……」


 現世の京都とは全く違う景色がそこには広がっていた。

 はじめて見る幽世の街並みに、琴音は目を奪われる。


 大通りの両側には平屋や二階家の建物が並んでいる。それ以上高い建物は、遠くに見える五重塔以外見当たらないため空がとても広く感じた。瓦屋根の家々が多いが茅葺のものもある。


「この街は開国前の日本の景色に似てるんだ。あのころから、こっちはあんまり変わってないから」


「なんだか映画のセットの中を走っているみたい……」


 江戸時代と言われても違和感ない街並みだが、そこを行きかう人々……いやあやかしたちの服装は千差万別だった。現代的な洋服を着ているあやかしもいれば、着物姿で闊歩している者もいる。


 行きかう車も、明らかに現世から最近買ってきたんだろうなと思しき車もあれば、明治や大正を思わせる車に馬車、それに馬まで走っていて時代感覚が混乱しそうだ。


 清史郎の車は道なりに大通りを進み、やがて大きな川へぶつかった。橋はわたらず、清史郎は川に沿って車を走らせる。


「ここは加茂川というんだ。現世の鴨川とだいたい同じ位置にある。現世と幽世は地理的にはよく似てるんだ」


「地名も似ているんですね。童孟先生の弟さんの家は大柳のそばにあるって言ってましたっけ」


「ああ。大柳なら、もうすぐ見えてくると思うよ。ほら」


 清史郎が指さす前方に、川沿いに立つ柳の並木が見えた。その中にひときわ大きな柳がある。あれが、大柳なのだろう。


 大柳までくると車を止めて、二人で聞き込みを始めた。

 といっても、『孔孟』という名前、それに『毎日、派手な着物を着て金色の長髪をした男が手紙を持ってくる家』という手がかりのおかげで、すぐにその家を知っているというあやかしを見つけることができた。


 教えられた場所へ再び車に乗って向かう。

 その家は、大柳から数分ほど歩いたところにある粗末な住宅が並ぶ一角にあった。

 小さな平屋の家で、木屋根のうえには瓦ではなく、ところどころに重石がのるだけの簡素な家だった。


 表札も出てはいない。しかし、家の前にはよく手入れされた鉢植えがいくつもおかれ、戸口の前も掃き清められている。質素だが丁寧に暮らしている様子がうかがえた。

 童孟を車に乗せたまま、琴音と清史郎はその家の戸口へと向かう。

 琴音はドンドンと木板を張り合わせただけの戸を叩いた。


「ごめんください。ここは孔孟(こうも)さんのお宅でお間違いないでしょうか?」


 戸の前で中からの返事を待ってみるが物音ひとつ聞こえてはこなかった。

 もう一度、戸を叩く。


「外科医をされていると聞いて、お伺いしました。ひどい怪我をした重傷人がいるんです。どうか、診ていただけないでしょうか」


 再び待ってみるが、やはり反応はない。


「留守なのかなもしれないな」


 と、清史郎。


「うん。でも……」


 琴音はまだ諦めきれないでいた。


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