第54話 あなたたちは何やってんですか!?
後方まで吹っ飛んで一塊になった陰陽師たちの中から、かき分けるようにして黒袴の男は起き上がってくる。その顔には先ほどまでの余裕は微塵もなく、代わりに憤怒の表情が浮かんでいた。
「おのれ! な、なぜ動けるのだ!!」
「なぜといわれても……そんな密度の薄い術で俺が拘束できるわけないだろ。昔はもうちょっと骨のあるやつらが多かったように思うが、お前ら陰陽師連中もそうとう腕が落ちてんじゃないのか?」
平然と言う清史郎に、黒袴の男はますます怒りを露にする。
「ぐぬぬ。それに、その後ろの女! そやつも鬼の一種なのだな! 調査が足りなかったのは我らの失態。鬼の一族はみな把握しておったはずだが……。そうか! ここ百年ほどの間に新たに増えた個体なのだな!」
そんな独り言のようなものを結構な声量で叫ぶので、清史郎の後ろに身を隠していた琴音にも丸聞こえだった。
どうやら琴音まで清史郎と同じ鬼と間違えられているようだ。誤解されたままだとまた容赦なく攻撃をされそうだったので、琴音は清史郎の後ろからそっと挙手するように手をあげる。
「あの……勘違いされてるようですけど。私、普通の人間ですよ?」
おそるおそるそう主張してみると、清史郎の背中ごしに黒袴の男が唖然とするのが見えた。
「に……」
「はい。あなたたちもそうでしょう?」
「そ、そうだが……ええっ、人間っ!? 人間の女が鬼どもと一緒にいるというのか!?」
「はい。ここで住み込みで仲居をしています。ちゃんとお給料ももらっていますよ」
琴音としては縁あって転職した先が鬼の営む料亭だったというだけなのだが、黒袴の男には信じられないようだった。
「なぜだ! なぜ食われずに済んでいるのだ! そ、そうか……保存食なのだな!?」
黒袴は自分の見識の範囲内で琴音がここにいる理由を探そうとしているようだったが、見当違いも甚だしい。
さっきまで感じていた彼らに対する怖さも、清史郎のそばにいると思うとすっかり薄れてきた。逆に、黒袴の言動にふつふつと怒りが湧いてくる。
「失礼なこと言わないでくださいっ! そもそも勝手に不法侵入しておいて、暴力で訴えてくるなんて犯罪じゃないんですか? あやかし相手だからって何してもいいっておかしくないですか?」
「え……ふ、不法? い、いやいや。こんな幽世でも現世でもない場所に法などあるわけがなかろう!」
黒袴の男は顔を真っ赤にして反論してくる。しかしその間、ほかの陰陽師たちはどうしていいのかわからないらしく、ただ成り行きを見守っているだけのようだった。
琴音はなおも続ける。
「でも、人間である私に攻撃を仕掛けてきたのは、傷害未遂じゃないんですか!? 童孟先生まであんなことをして、野蛮なのはどっちですか!! 私はまだここで働き始めて数か月だけど、清史郎さんはじめここのあやかしさんたちがどんな心根のもち主なのかはよく知っています。見ず知らずの人間を無償で助けてあげていることも知っています。あやかしさんたちは人間との新たな関係を築こうと模索しています。うまく共存していく未来を探っています。私はそんなあやかしさんたちの姿勢がとても好きです。それなのに、人間であるあなたたちは何をやってるんですか!? 同じ人間として恥ずかしいですよっ!!」
いっきに捲し立てた。何より、清史郎やほかのあやかしたちのことを一方的に邪悪だと決めつけて攻撃してくる彼らを許せなかった。その思いを、全部言葉に乗せた。
「な、なにを……! や、やれっ!!! そいつも構わず、やってしまえ!」
黒袴の男はほかの陰陽師たちに命令を下す。しかし陰陽師たちは動かずに、お互いの顔を見合わせるばかりだった。琴音の存在に、彼らの中で戸惑いが生まれたのかもしれない。
「何をしているっ! そやつらは平安の時代より人の世を惑わせ混乱に陥れる元凶だぞ! そんな小娘の言葉などに惑わされるな!」
なおも黒袴の男が発破をかけると、戸惑いながらもようやく陰陽師たちは動き始める。
しかし彼らが術を発動させるよりも早く、屋根に上っていた陰陽師たちが、屋根瓦を割って生えてきた植物のツルのようなもの次々と絡めとられた。
慌てて逃げようとした者も、素早く伸びたツルに捕まり動けなくなる。
「な、なにっ!?」
唸る黒袴。琴音も二階を見上げると、窓枠に腰かけた善治が見えた。
「まだ、射程距離はこんなもんやなぁ。練習したらもう少し伸ばせるんやろか」
「善治くん! もう動けるの?」
尋ねる琴音の声に、善治は「ああ、大丈夫や」と笑って答えると、窓の内側の廊下を覗く。
「この人が術を解いてくれてん」
善治に言われて、窓辺にすっともう一つ別の人影が姿を現した。
クラシックなダークブラウンのスーツにフェルトハットをかぶった、五十代とおぼしき紳士。
見覚えのあるその姿に、琴音は「あっ」と声をあげる。
「あなたは……!」
前に錦市場で出会った、あの紳士だった。




