第53話 反撃!
「どないしたんっ……って、なんやこれっ! お前らどっから入ってきてん!」
琴音の悲鳴を聞いて二階の窓から顔を覗かせた善治だったが、屋根や庭のあちらこちらにスーツ姿の不審者たちが入り込んでいるのを見てぎょっと顔を強張らせた。
不審者たちは善治にも琴音にも構うことなく右手で印を切りながら、声を合わせてお経のようなものを詠唱している。
その直後、玄関から清史郎が裸足のまま飛び出してきたところで詠唱がひと際高く大きくなった。そして、
「「「破ッ」」」
掛け声とともに、キーンと金属音が辺りにこだまする。
その音に制されるかのように、玄関を出てこちらに駆け寄ってこようとしていた清史郎がピタリと足を止めた。二階からは相変わらず賑やかに騒ぐ善治の声が聞こえている。
「なんやこれ、身体が動かへんっ! 体中をハエトリガミでぐるぐる巻きにされたみたいやわ。なぁ、清史郎さん。こいつら何者か知ってるん?」
善治は窓を開けて庭を覗き込んだ姿勢のまま固まったように動けないようだ。
清史郎の姿を見てホッと安堵しかけた琴音も、彼らの様子の異様さに再びわけのわからない恐怖で身体が固まってしまう。
何が起こっているのか、まったく頭がついていかない。今にも叫びだして止まらなくなりそうだった。何が起こっているのか誰かに説明してほしいが、いまはそんな余裕のある人はいないだろう。
清史郎の目は琴音を通り過ぎて、その向こうに向けられている。そちらからゆっくりと近づいてくる草履の足音が聞こえ、琴音の前で足を止めた。
黒い袴に黒い着物。全身黒づくめの恰幅のいい中年の男だった。柔和な笑顔を浮かべてはいたが、その鋭い視線は清史郎へとまっすぐに注がれている。
「……陰陽師」
忌々しげに清史郎がつぶやくのを聞いて、黒袴の男はハッハッハと愉快そうに笑いだした。
「いかにも。我らは陰陽寮に所属する陰陽師だ。邪悪極まりないお前たち魑魅魍魎どもを殲滅せんがために存在する者よ。この店の存在はかねてより噂されてはいたが、幾重にも張られた結界に阻まれて入ることが叶わなんだ。しかし、千載一遇のめぐり合わせか、何千、何万と張り巡らせた糸がようやく通り、ここへの足掛かりをつかむに至ったのだ」
黒袴の男は、懐から一枚の小さな紙を取り出すと二本の指で挟んでチラつかせる。人型をしたその紙は、さきほど童孟が琴音の背中からはがしたものと同じものだった。
ハッと目を見開く琴音。彼の言う『糸』というのが何を指すのかはわからない。しかし、彼の話から、結界に守られていたこの『おおえ山』へ彼らを侵入させる糸口になったのが自分だったことはうっすらと感づいた。
(私があの紙を張り付けてたまま、ここに戻ってきたから……)
あの紙がどこで琴音の背にくっついたのかはわからないが、現世で買い物している間につけられたのだろう。そのせいで彼らをここへ呼び込み、童孟に酷い怪我までさせてしまった。
童孟は地面に伏せたままピクリとも動かない。石畳には血だまりが静かに広がりつつあった。はやく医者に見せなければ、そう思うのに琴音も身体を動かすことすらできない。
心の中に焦りと罪悪感が次々と湧き上がってきて息ができなくなりそうだった。
しかしそんな琴音の心中とは裏腹に、黒袴の男は機嫌よさげに朗々と語り続けている。
「私の代でこんな快挙を成し遂げられるとは、これほどうれしいことはない。早速、ここを一掃し、幽世への道を確保させてもらうぞ。我らの悲願だった、幽世の魑魅魍魎を一匹残らず討伐するための足掛かりとするのだ。お前は、話に聞く酒呑童子のセガレだな。なるほど、お前だけ妖力がとびぬけておる」
黒袴の男は清史郎のことしか興味がないようで彼しか見ていない。それを清史郎は動けないまま、じっと静かに睨み返していた。
「お前を討伐するために、これだけの術者をそろえたのだ。お前といえど、動くこともかなわぬだろうよ」
黒袴の男は勝利を確信しているのか、余裕の笑みを浮かべている。
そんな二人を見ていて、琴音はふとあることに気が付いた。
(……あれ? 清史郎さんの目、黒いまま……)
清史郎が鬼の力を使うときは瞳が赤くなるはずだが、いまは普段と変わらない色をしている。
(……ということは、まだ鬼の力を使っていないの……? それってもしかして、動けないんじゃなくて、動かず様子をうかがっているのかな……それとも、私がこの位置にいるから何もできないのかも?)
彼の鬼の力は強すぎて、細かな調整がしづらいと前に言っていたのを思い出す。いま、彼がこの黒袴やほかの陰陽師とかいう連中に何かしようとすると、琴音まで巻き添えにしかねなくて手が出せないのかも。
童孟もすぐそばにいるが、彼は地面に伏せているため琴音よりはまだ巻き添えを食らいにくいだろう。
(でも、どうしよう。身体は動かないし……動か……え、あれ?)
童孟が襲われたときに驚いて荷物を落としたままの形になっていた琴音の指。少し力を入れると、思いのほかあっさりと動かすことができた。腕と足もゆっくりじわじわと少しだけ動かしてみたが、なんの抵抗もなく自分の望む通りの動きをする。
(私……動くよ?)
善治と清史郎が連中の術とやらによって動けなくなっていたので、てっきり自分も動けないものだとばかり思っていた。
(そうか。この術ってやつ、もしかしてあやかしにしか効かないんじゃないの?)
そのことに、どうやら陰陽師たちも気づいていないようだ。彼らの視線は清史郎ただ一人に注がれていて、琴音のことを気にいしている者はいないのかもしれない。
そこで、琴音は陰陽師たちに気づかれないようにこっそりと指だけを動かして、清史郎に合図を送ってみることにする。くいくいっと指を動かすと彼はすぐに気づいてくれた。一瞬驚いたように目を見張ったけれど、彼の口はほんのわずか笑みの形になった。
今度は指で清史郎の方を指さしてみる。そっち行くからね、という意味を込めてみた。
清史郎の口が小さく動く。わかった、とそう口の動きで読み取れた。
(よしっ。意図が伝わった!)
うまくいきますように。琴音は心の中で祈りながら指で小さくゆっくりと、『三』、そして次に、『二』と形を作る。琴音の指が『一』を形作ったとき、清史郎が叫んだ。
「来い! 琴音!」
その声と同時に琴音は清史郎の方へと精いっぱいの全速力で駆け出した。
黒袴を含め陰陽師たちはやはり誰も琴音が動けるなどと思っていなかったのだろう。予想外のことに慌てた彼らに、一瞬隙ができる。
とはいえ、それもほんのわずかですぐに彼らも動きだした。あちこちから早口の詠唱が聞こえたかと思うと、さっきまで琴音がいた場所に小さな落雷が立て続けに落ちた。
すぐ間後ろで聞こえるバリバリドン!という大きな音に驚き、思わず足を止めそうになった琴音だったが、なんとか止まることなくこちらに向かって駆けてくる清史郎の横を走りぬけるとすぐに彼の後ろに回る。
清史郎は琴音を背中にかばうと、黒袴に向けて右手を突き出した。
「邪悪極まりないのは、どっちだ。うちの大事な客や従業員に手をかけんじゃねぇよ!」
そう言い捨てる清史郎の右手に瞬時に風の塊が生まれる。彼はそれを、黒袴とその周りに控えていた数人の陰陽師たちに向けて勢いよく放った。
ゴウという音ともに、陰陽師たちは枯葉のように数メートル後方へと吹き飛ばされていた。




