第52話 望まれぬ客
「昔、二人の医者の兄弟がいた。二人とも外科手術を得意としていて、競うように腕を磨いていったんだ。そんなある日、酒が入った勢いで二人はどちらが腕が立つのかと言い合いを始めた。しかしどちらも譲らず、それなら腕を証明して見せようということになったんだ。それでお互いに腕を切り落とした」
「……え?」
予想外の展開に、琴音の口から変な声が出てしまう。
しかし、童孟の話はまだ続いていた。
「そして、それぞれ切り落とした自分の腕を縫い合わせた。だが、どちらも跡が残らないほど見事に縫い合わせたため勝負がつかなかったんだ。それで、勝負はどんどん加熱して、次は足を、次は腹をと、切り落としては縫っていくうちに、とうとう切る場所がなくなった。ついには勢いのあまりお互い首を切り落としてしまったんだよ。さすがに首を落とせば死ぬわな。そうして死んだ馬鹿な二人を見て、周囲の人間が言ったのさ。『どうもこうもならない』ってね」
「ええええ……!? なんでそこで、そんな落ちになるんですか。え、あれ……どもう、こもうって……」
「そうだよ。『どうもこうもならない』、つまり『童孟、孔孟ならない』。私たちの名前からそんな言葉ができたようだ。死んだあと、あやかしになって初めて知ったときには驚いたもんだ」
童孟は、な? 面白い話だろ? とでも言いたげだったが、その目はまったく笑っていなかった。
相変わらず沈痛な色に沈むその瞳には、激しい後悔がうかがえる。それが琴音にはとても気にかかった。
「……もしかして、それ以来、弟の孔孟さんとは会えていないんですか?」
童孟は笑おうとしたようだったが、やっぱりうまく笑えていなくて泣きそうな顔になる。
「……ああ、そうだよ。あいつもあやかしになって幽世に住んでいると知ったときは喜んだもんだ。でも、あいつは今も私のことを許してはいない。何度手紙を書いても、戸を叩いても、会ってはくれず無視するばかり。あいつは本当に優秀な外科医なんだよ。それは何より私が一番知っていたのに、つまらない意地を張ったばかりにな。……あれ以来、私は外科医をやめて内の病ばかりを診るようになった。もう、あんな過ちは二度と繰り返したくないからね。おっと、ついうっかり話し込んでしまった。荷物を持ったままだったのに、すまないね」
たしかに両手に持った荷物は重かったけれど、童孟の話が気になってしばらく重さを忘れていた。琴音は、えへへと笑う。
「大丈夫ですよ。私、見た目以上に力持ちなんです」
「そうはいっても、人間はちょっとしたことで身体を痛めてしまうからね。無理をするんじゃないよ。……って、さっきあんな話をした私に言えた義理じゃないな。それじゃあ、そろそろお暇するよ」
「はい。今度こそ、童孟先生の想いが弟さんに伝わるよう私も願ってます」
「琴音は、本当に良い子だねぇ」
ようやく柔らかないつもの笑みが童孟の顔に戻る。
「それでは失礼します」
琴音が軽く会釈をして玄関の方へ歩いていこうとしたときだった。突然、童孟が声を上げる。
「ちょっとお待ち! それは何だい!?」
突然の大きな声に驚いて、琴音は今すれ違ったばかりの童孟へ体を向ける。
しかしそれより早く、童孟が琴音の背中についていた何かをぺりっと引き剥がした。
「え……?」
それは人型をした白い紙だった。なんでこんなものが背中についていたんだろう? と思った次の瞬間、紙が独りでに幾重にも袈裟斬りされたように細かく千切れた。それと同時に、その紙をつまんでいた童孟の全身に、まるでその紙を写し取ったかのように同じ場所に同じような裂傷が現れる。
「……あ……」
腕からも、首からも、顔からも……全身いたるところから血を吹き出しながら、童孟は地面に膝をつき、そのままドゥと倒れこんだ。
「きゃ、きゃああああああ!!」
目の前の異様な光景に、琴音は金切声をあげる。
時を同じくして、開かれていた門から次々と人が飛び込んできた。飛び交う無数のスーツ姿の影。白い着物に薄水色の袴をはいたものも数人いた。
彼らは琴音と童孟を取り囲み、屋根にも庭にも広がっていく。いつの間にか、二十人あまりの不審者に『おおえ山』は取り囲まれていた。




