第47話 ガラス職人さんへの依頼
早速、琴音は時子の壊れた風鈴を直してもらうために、『ガラス工房 青泉』を訪れてみることにした。
清史郎の車で送ってもらえたらよかったのだけど、料理の仕込みなどで忙しそうだったので一人で行ってみる。祇園を出ると、祇園四条駅から京阪電車で北へ向かい、出町柳の駅で叡山電鉄に乗り換えて京都市の北部にある岩倉までやってきた。
「えっと……このあたりのはずなんだけど……」
名刺に書かれていた住所をスマホの地図アプリを見ながら探して歩いていると、案外あっさりと場所を見つけることができた。
表札には『青泉』とあり、普通の二階建ての一軒家の隣には平屋が建っていた。平屋の入り口には『ガラス工房 青泉』と書かれた看板もかかっている。
(ここに間違いなさそう)
琴音は工房へと足を延ばすと、ガラス戸から中を覗いてみる。
工房の照明はついていたが、中に人の気配はなかった。
(青泉さん、どこにいるんだろう)
きょろきょろ中を伺っていると、突然背後から声をかけられる。
「いらっしゃい。なんの御用ですか?」
「きゃっ」
慌てて振り向くと、大きな袋を肩に担いだ青泉が立っていた。
いまは不精ひげもなく、ジーンズに厚手の綿シャツを着て、使い込まれた皮のエプロンをしている。
彼は琴音を見ると、「あ」と声をあげた。
「君は、あの不思議な料理屋さんの……!」
「お久しぶりです。あの、今日はちょっと頼みたいことがあってお伺いしたんですが……」
「立ち話もなんだから、どうぞ入って」
彼に案内されて工房の中に入ると、途端にむわっと熱気が全身にからみついてきた。工房の隅には大きな電気炉があり、それが熱気を生み出しているようだ。
壁際にはスチール棚が並んでいて、そこにこの工房で作られたと思しき製品がたくさん並んでいる。
ガラスのグラスやティーセット、お皿やアクセサリーなどいろいろなものが置いてあって、ついそちらに目を奪われそうになってしまった。
青泉は手に持っていた袋を床へおくと、入り口近くにあった二人掛けのテーブルセットの椅子を引いて琴音に声をかける。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、はいっ」
引いてもらった椅子に腰かけると、青泉は向かいの椅子に腰を下ろした。
「それで、頼みたいことというのは?」
「実は、これなんです」
琴音は自分のトートバッグから箱を一つ取り出した。あの時子が大事にしていた缶は彼女にしか開けることができないため、中身だけ手ごろな箱に移してもってきたのだ。
箱の中から布包みを取り出し、青泉の前に開いて置く。
「この割れてしまった風鈴を、直したいんです」
青泉は興味深げに、ガラスの破片をしげしげと眺めていた。
「ずいぶん派手に割れてしまってるね。それにこれ……ずいぶん古いガラスだよね?」
さすが専門家。青泉は見ただけで、だいたいの年代がわかったようだ。
「はい。そうなんです。もうどれくらい古いものなのか私にもわからないんですが、……ここで直せますでしょうか?」
青泉は「うーん」と唸っていたけれど、
「いまうちで作っているガラスとは混ぜる材料がいくらか違うようだね。色々調べて試してみないとうまくいくかわからないけど……他でもない、一飯の恩のあるアナタの頼みだから。精一杯やってみるよ」
そう言って、彼は快く修理の依頼を受けてくれた。
「ありがとうございますっ」
青泉は丁寧に布包みを包みなおすと、できあがったら連絡すると約束してくれるが、そこでふと琴音は問題に気付く。
(あ、でもどうやって連絡してもらえばいいんだろう)
琴音のスマホの番号を教えてもいいが、「おおえ山」にいるときにスマホが使えるのかどうか試したことがないのでわからなかった。
ただ、「おおえ山」には黒電話が一台あって、あやかしの客たちが予約を取るためによくかけてはくる。
あやかしの客は幽世から訪れるものも、現世から訪れるものも両方いるので、おそらくあの黒電話はどちからかかってきた電話も受けることができるのだろう。
そう考えて琴音は「おおえ山」の電話番号を伝えると、工房をあとにした。