第44話 祟り?
豆福と善治が時子の相手をしていてくれるというので、琴音と清史郎、それに狛犬の阿空の三人は清史郎の運転でゴミ回収業者の元へと向かった。
助手席に座る琴音は、清史郎から教えられた住所をスマホの地図アプリに入れてナビを務める。ところが、早く着いてと焦る一方で、目的が近づくにつれどんどん不安がつのってきてしまっていた。
「……一度回収したものを、取り戻すことってできるんでしょうか」
きっと、そういう申し出は少なからずあると思うのだ。でもそのたびにいちいち対応していたら回収業者も仕事が回らないだろう。だから、一律に断っているんじゃないかと、そんな気がしていた。
琴音の膝に乗っていた、子犬に変化した阿空も琴音を見上げて「くん?」と心配してくれている。
「まぁ、直接行って、交渉してみるしかないんじゃないか?」
運転しながら清史郎もそう励ましてくれた。
「そう、ですよね……」
答えながらも、琴音の顔色は晴れない。
いままでずっと姿を現すことなくあの家に憑いていた時子があれほどまでに大泣きするだなんて、とても大事なものだったのだろう。
もし見つけることができなかったら、時子は「おおえ山」を去ってしまうかもしれない。そうなったら……。
『ざしきわらしが家を去ると、その家は没落すると言われている』
そう話していた清史郎の言葉が重くのしかかる。
もし自分のせいで「おおえ山」を没落させてしまったら、いったいどうやって償えばいいんだろう。そんなことできっこない。琴音の中の不安はどんどん強くなっていくばかりだった。
でもなにより心にのしかかっていたのは。
(あの子をもう、これ以上悲しませたくない……)
という気持ちだった。
あんな風に時子を泣かせてしまったことが今も胸の中にトゲとなって刺さり続け、思い出すたびにちくりと痛んでいた。
よほど気落ちした顔をしていたのだろう。信号が赤になって車が止まったタイミングで、清史郎が運転席から手を伸ばしてポンと琴音の頭を撫でた。
「……清史郎さん」
「そんなに、落ち込んだ顔をするな。琴音さんはよくやってくれてるよ。……いつもすごく助かってる」
信号が青になったので清史郎は手を引っ込めてしまうけれど、ほんのり顔が赤くなっていた。人間の女性に慣れていないという彼なりに精一杯頑張って励ましてくれていることがわかって、琴音は少し顔を綻ばせる。
そんな二人の間の微妙な空気を邪魔しちゃ悪いと思ったのか、膝の上にいた阿空が申し訳なさそうに言葉を挟んできた。
「あの……ちょっと、いいだか? オラに考えがあるんだが……」
ほどなくして車は京都市内の北部にあるゴミ回収業者の元へとたどり着く。
敷地内には大きな鉄筋コンクリートの建物がいくつか建っており、さらにその横の広いスペースには回収されたゴミが山になっていた。
早速、事務所らしき場所で「間違えて捨ててしまったゴミを取り戻させてほしい」と訴える琴音と清史郎だったが、予想していたとおり、けんもほろろに断られてしまう。
それでもなお引き下がらないでいると、事務所の奥から作業着を着た五十代くらいの恰幅のいい男性が現れた。
彼の胸につけられた名札には、『施設部長 田沼』と書かれている。
「申し訳ないんやけど、ここは一日に何十トンものゴミが集められてくるんや。そんな中から探すっちゅうんは、事実上不可能なんですわ」
大きな声に怯みそうになりながらも琴音はなおも食い下がる。
「捨てたのは、缶のごみの中なんです。どうにか、その中から探させてもらえないでしょうか」
しかし、田沼は頑として首を縦に振ってはくれない。
「あかんあかん。そういうお客さんはたまにおんのやけど、皆さんお断りしとるんや。特別扱いはできひんのです」
「そうですか……琴音さん。やっぱり諦めるしかないよ」
残念そうに清史郎が言う。その言葉に、田沼の強張っていた顔がわずかに緩んだ。この厄介な客がようやく帰ってくれそうだとほっとしたのだろう。
「そうですね。……あれは外に出してはいけないものだったのに。あんな呪われたものが他の人の手に渡ってしまったら、何がおこるかわからないのに。私はなんてことをしてしまったんでしょう……」
若干棒読みになりながらも、琴音は俯くと顔を両手で覆って打ちひしがれてみせる。
だが、わずかに開いた指の間から田沼の頬がピクリと動くのはしっかり見えた。
事務所の奥には立派な神棚が置いてあったので、もしかしてここの会社には信心深い人が多いのかも? と思っていたけれど、彼もそうなのかも。これはうまく話しに乗せられるかもしれないと琴音は内心期待する。
「……呪われた?」
「はい。あれは代々わが家に伝わる呪われた箱だったんです。今までその箱を持っていた人はことごとく不幸に見舞われたと聞きました。前兆は、身体が重くなるのだそうです。そのうち、身体が動かなくなり血を吐いて死に至るといわれています。まだ、こちらでそのような症状が出た方はいらっしゃらないですか……?」
琴音がそう言った瞬間、人間からは姿が見えないように消えていた子犬姿の阿空がぴょんと田沼の肩に飛び乗った。実際には琴音にもその姿は見えないのだけど、事前の打ち合わせでそういう手はずになっていた。
阿空が元々提案してくれたのは姿を消した彼が一人で忍び込んで缶を探すという話だったが、阿空自身は時子の缶を見たことがない。だから、できることなら三人で探した方が見つかる可能性も高くなるだろうということで、こんな筋書きになったのだった。
「うおっ!?」
急に重さを感じて狼狽したのか、田沼の視線がおろおろと泳ぎだす。
「どうしました? もしや、お心当たりがあるのですか? だとしたら、早くしないと! 数時間でどんどん呪いの効果は強くなると言い伝えられえています!」
「い、いやまさか……そんな……」
田沼は身体を硬直させたまま、真っ青な顔をしていた。
彼に聞かれないよう小声で清史郎に「今、どんな感じです?」と尋ねると、清史郎も琴音の耳にささやくように返してくれる。
「阿空さん、あの人の肩の上にのって、前脚で頭をぺしぺししてる」
それは姿が見えていれば微笑ましい光景だけれど、姿が見えないうえに呪いだなんだと言われたらさぞ不気味なことだろう。心の中でこんなことしてごめんなさい、と謝りつつも琴音はさらに続けた。
「呪われた人はまるで何かに叩かれたような頭痛も感じると聞いたことがあります」
重々しい口調で琴音が言うと、田沼はさらに額に大粒の汗をかきだした。
彼は「うーん」「でも、そういうわけにも」と独り言を言って悩んでいたけれど、ついには折れてくれた。
「わかりました。見学、という形で特別にご案内します。今回だけですからね!」
と、田沼はようやく資源ゴミの処理施設に入ることを許可してくれた。




