第4話 心も体もほっこり京料理
座ってくださいと言われて、琴音は室内に目をやる。
椅子が四脚。テーブルと同じように椅子もまた漆塗の黒く上品な造りをしていた。座面と背もたれの部分だけ赤い布が張られていて、黒と赤のコントラストがかわいらしい。
(でも、どこに座ればいいんだろう)
おひとり様はこういうとき、どこへ座っていいものやら悩んでしまう。とりあえず奥の椅子に腰を下ろすと、思いのほか柔らかな座り心地だった。
座ったとたん、いままで意識していなかった疲れを感じてどっと体が重くなる。
あちこち歩きまわって、そのたびに思い通りにいかないことばかりで。きっと相当心身ともに疲れていたんだろう。足なんてもう、くたくただ。
疲れと心地よさのあまりうとうとと眠くなってきた。夢うつつに、夢の中なのに寝ることなんてあるのかな? と不思議に思いながらも、とろりとした眠気に身を預けていると、廊下から「失礼します」という声がかけられた。あの中居さんの声だ。
「は、はいっ!」
舟をこいでいた頭をあげて、琴音は慌てて返事をする。
すっと開いた障子の向こうで、あの獣耳の仲居さんが大きなお盆をもったままお辞儀をした。
「本日お客様を担当させていただきます、イネと申します。といっても、仲居はいまは私しかおらへんのですけどね」
そう言ってにっこりとほほ笑むと、獣耳の中居さん……イネは琴音の前にひとつの椀を静かに置いた。
「さあ、どうぞ。あったかいうちに、召し上がってください」
目の前に差し出されたのは、素朴な土色の椀に入ったとろりとした半透明のスープのようなもの。彩りなのか、真ん中にちょんと刻んだ緑の葉っぱがのっている。
これは何? と思っていると、イネが説明してくれた。
「これは、カブのすり流しです。上に載ってるのはカブの葉の刻み漬け。寒い中、身体も冷え切ってはるやろから、まずは温まるもんをと思いまして」
イネは赤いレンゲとお茶の入った湯飲みを置いて、ぺこりと一つお辞儀をすると障子の向こうに去っていった。
カブって、大根みたいなやつよね。あまり食べたことがないのだけど……。琴音は少し不安に思いながらも、添えられた赤いレンゲを手に取って、そっと掬うと口に入れる。
途端に、とろとろなカブのほのかな甘みが口の中に広がった。強く主張はしないけれど、ほうっと肩の力を抜いてくれるような優しい甘み。そこに、鶏の出汁があわさって、ふくよかな味の深みを醸し出していた。
一口目はするりと喉を落ちていってしまい、琴音はすぐに二匙目を口に入れる。そうしているうちに、どんどん匙が進んだ。
真ん中に添えられていたカブの葉を刻んだお漬物はピリッと辛みがあって、優しい味にキリッとした変化を与えてくれる。カブのすり流しに混ぜて食べるのもまたおいしい。
熱すぎずぬるすぎもしないほどよい温かさが、いつしか身体を中からしっかりと温めてくれていて、気が付くとお椀は空になっていた。
レンゲを置くと、琴音は小さく息を漏らす。食べたことのない味なのに、なぜか懐かしい気持ちになる味だった。
小さいころ、転んでケガをして泣きながら家に帰った琴音を優しく迎えてくれた祖母の姿が思い浮かび、そのとき慰めてくれた皺だらけの、だけど温かくて大きな手を思い出した。祖母に慰められてすっかり元気になったあの日のように、さっきまでの不幸な数々の出来事なんてどうでもよくなって、どこからともなく元気が湧いてくるような、そんな優しくて安らぎで包んでくれる味だった。
それから時を待たずして、再びイネの声とともに障子が開く。
「お待たせしました。お次はこちらです」
次にイネがテーブルに置いたものに、琴音は「わぁ!」と思わず驚きの声を漏らす。