第39話 豆福の決意
料亭が定休日の夜。
琴音は、自室の押し入れの前に仁王立ちしていた。
この押し入れ。四分の一は琴音と豆福の布団をしまうために使わせてもらっているのだが、残りの部分は物がパンパンに詰まっている。その中でも結構な割合を占めているのに用途がよくわからないものが、大量の缶の容器とガラスビンなのだ。
なんでこんなものを大事にしまっているんだろうと不思議だったのだけど、清史郎いわく、缶の方は戦前に料亭で弁当をやっていたときに容器としてつかっていたものの残りなんだそうだ。
そしてビンの方もやっぱり戦中戦後の物がなかった時代に食べ物などの保存用にとっておいたものがそのままになってしまったのだという。
缶の容器の方はもうさび付いてしまって使えそうにない。ビンもいまさらこんなにとっておいても仕方がないんじゃないだろうか。
というわけで押し入れを圧迫しているこれについて清史郎に相談したところ、彼はあっさりと「もう使う予定もないから、リサイクルに出してくれたらありがたい」ということだったので、思い切ってこの休みの日に整理しようと考えたのだ。
「ほんま、いっぱいあるどすなぁ」
「ビンの方はものによってはネットで売れそうなのよね。でも、缶のものはもう錆びちゃって使い物にならなさそうよね」
押し入れから引っ張り出した大量のビンと缶を前に二人で眺めていたが、見ているだけでは作業は終わらない。せっかく今日は豆福が手伝ってくれるというのだから、ちゃっちゃとすませてしまおうと琴音は腕をまくった。
「じゃあ、ビンの方は私が売れそうなのとそうじゃないのを分別していくから、豆福さんは缶をこっちの袋に入れてもらえるかな」
「任せておくれやす」
「おおえ山」も営業している限りは常にゴミがでる。じゃあそれをどうやって処分するのかというと、生ゴミは幽世のゴミ屋さんが大八車でやってきて買い取ってくれていた。
それ以外の燃えるゴミや不燃ゴミ、それにリサイクルゴミなんかは幽世では捨てづらいらしくて現世の方で捨ている。
ついでに言うと「おおえ山」は個人宅ではないので、ここから出るごみは事業ごみとなるのだそうだ。というわけで、資源ごみは京都市の事業ゴミ用ゴミ袋に入れて、契約しているゴミ回収業者に持って行ってもらわなければならないのだ。
現世に存在しない店にもかかわらず、きちんと現世のルールにのっとっているあたりなんとも面白い。こういう部分でも、この店は現世と幽世の狭間にあるという立地を上手く利用しているようだ。
そんなわけで、琴音はスマホを使って中古市場サイトを見ながら、どのビンが売り物になるものなのかを調べつつ分別していく。
一つ一つ、うーん、これはどっちなんだろう、なんて迷いながら夢中で作業していたら、豆福が「あら」と声を上げた。
「ん? どうしたの?」
顔をあげると、豆福は十センチ四方ほどの小さな缶を手に不思議そうに眺めている。もともとお菓子か何かが入っていたようで周りには可愛らしいひまわりの花畑が描かれているようだけれど、全体的にまんべんなくさびついていてかなり年代もののようだ。
「これ、開きしまへんのや」
豆福が力を入れて蓋を取ろうとするけれど、びくともしない。
「どれどれ? 貸してみて?」
琴音も開けようとするけれど、やはりまったく蓋が動かない。蓋が完全にさびついてくっついてしまったようだ。
「ダメそうね……」
ためしに耳元で缶を振ってみるけれど、何の音もしない。
「何も入ってないのかな。だったら、これも一緒にリサイクルでいいんじゃないかな」
「そうどすね」
豆福はゴミ袋に、その缶も入れた。
その後も作業は続き、しだいに窓の外が白み始めたころのこと。
トントンとドアを叩く音がした。
「はーい」
琴音がドアを開けに行くと、清史郎が立っていた。
「豆福さんいる? 狛犬の旦那が仕事終わったからって、こっちに寄ってくれたんだ」
その声に、パタパタと後ろから豆福が駆け寄ってきた。
彼女は手を胸に当てて、期待を込めた目で清史郎を見上げる。
「そんなら、これから教えてもらえるんやろか?」
尋ねる豆福に、清史郎は「ああ」と答えた。
「今日は早めに仕事終われたから、時間とれるってさ」
「頑張ってね、豆福さん」
琴音が声援を送ると、豆福は少し緊張した面差しでうんうんと頷く。
ここ「おおえ山」を出て、昔お世話になっていた置屋に戻ることを決意した豆福だったが、彼女は百年以上前に死んだ人間であり、いまはもうあやかしとなった身だ。
そのままの姿で戻ることはできない。そこで考えたのが、現世で暮らす他のあやかしたちのように変化の術を身に着けることだった。
ふつうは長年あやかしとして生きているうちに自然と身に着けていくものなのだそうだが、豆福はそんなに待っていられないと言う。
そのため誰か変化の術が得意なあやかしに教えてもらうことになったのだが、その先生役として白羽の矢が立ったのが、現世でいまも現役の狛犬として働いているイネの旦那だった。
「アテ、きばります!」
ぎゅっと小さな手をコブシにして、豆福ははりきっていた。