第35話 善治の頼み事
食事は以前は料亭のカウンターで店が始まる前にちゃちゃっと食べてしまうことが多かったけれど、最近は豆福と善治もいるので店の裏のプライベートスペースにあるダイニングルームで食べることが多くなっていた。
ここは普通の家のダイニングルームほどの広さで、隅に昭和を感じさせるキッチンがついている。部屋の真ん中にダイニングテーブルが置かれ、四脚の椅子が囲んでいた。
今日の献立は、タケノコご飯に鶏肉の柚子胡椒焼き。それに豆腐のみそ漬けと、山菜の和え物に青菜と麩の味噌汁だった。
「いただきますっ」
タケノコや山菜は料亭の料理にもよく使われているのを見かける。
鶏肉の皮はカリッと香ばしく焼かれていて、身はふっくらと箸で解せるほどやわらかい。そこに照り焼きの甘辛いタレがほどよくなじんで、最後に口の中で柚子胡椒のピリッとした味が引き締めてくれる。
どの料理も相変わらず「これ、料亭に出せますよね!? まかないで食べちゃっていいんですか!?」っていうくらい美味しいのだけど、この中で琴音が一番好きなのは豆腐のみそ漬けだった。
これは木綿豆腐をしっかり水切りしたあと、ガーゼに包んで八丁味噌や白みそを混ぜたものを塗ってから二日ほど冷蔵庫で冷やしてつくるのだそうだ。清史郎曰く簡単にできるから豆腐が余ったら片手間によく作るらしいのだけど、豆腐とは思えないコクがあって、まるでチーズのような味わいになるのだ。
箸でつまんで口に入れると、ふんわりと味噌の風味とともに濃厚なチーズのような味わいが口の中に広がる。ワインにもとってもあいそうで、寝起きだっていうのについついワインが一杯ほしくなってしまう。
善治と琴音も、「これもほんまおいしいわぁ」と驚きながらもパクパク平らげていた。
(ふふふ、清史郎さんのおいしい料理を毎食食べられるのがこの仕事の特権だものね)
善治と琴音もこの「おおえ山」に来て以来、料亭の仕事をよく手伝ってくれていた。善治は掃除や窓ふき、皿洗いなどなんでもしてくれるし、意外にも彼は簿記の知識もあるらしく日々の伝票整理などもやってくれる。考えてみたら彼は生前は会社勤めをしていたそうなので、そこでそういう知識を覚えたのかもしれない。
それに百年以上水の中にいたためなのか生まれつきなのかわからないけれど、少し色の抜けた茶色っぽい髪色と瞳の色、それににこにこと愛想よく笑う愛嬌の良さで、なんだか昔からここ「おおえ山」で働いていたかのようにすっかりお客さんともなじんでいた。
豆福は、琴音と同じ仲居の仕事を手伝ってくれている。おかげで仕事を分担することができて、琴音の仕事もずいぶん楽になった。それに、かわいらしい舞子が仲居をしていると噂になって、ここのところ客足も伸びているのだ。
だから、彼らにはいつまでもここにいてほしいななんて琴音は思っていた。けれど彼らにとってここは仮住まい。新たな転居先をみつければ、きっとそちらに移って行ってしまうにちがいないと琴音は考えていたし、清史郎もそのつもりのようだった。
そんなことを考えながらご飯を食べていると、二膳目のたけのこご飯をかっこんで箸を置いた善治が神妙な顔つきで琴音に言った。
「琴音さんに、ちょっと頼みたいことがあるんやけど、ええかな」
「……ん? 私に?」
ちょうど食後の緑茶を淹れてくれていた清史郎が一人一人の前に湯飲みを置きながら教えてくれた。
「はじめ俺に聞かれたんだけど、現世のことは琴音さんの方が詳しいと思うから、琴音さんに聞いてみたほうがいいって俺が善治に言ったんだ」
「あ、お茶ありがとうございます。……私にわかることならいいけど」
目の前に置かれた湯飲みを手に取って、ふーっと冷ましながら琴音は答える。
善治はお茶には手を出さず、両手を膝に置いたまま居住まいを正して琴音に向き直った。
「実は、とある会社を探してほしいんや」
「会社!?」
全然想像していなかった質問に、琴音は思わず声をあげてしまう。
「そうなんや。昔、……明治のころに大阪の道頓堀川の近くにあった、丸三紡績商会っちゅう会社がいまどうなってるか調べてほしいんや」
「まるさんぼうせきしょうかい? ちょ、ちょっと待って……!」
スマホで彼が言った会社名を検索してみたけれど、ヒットはしなかった。でも、もしかすると今は社名を変えているのかもしれないし、もっとよく調べてみる必要はありそうだ。
「もう少し調べてみたら、何かわかるかもしれない」
琴音がそう答えると、善治の顔が輝く。
「ほんま!?」
「ちょ、ちょっとまって。まだ見つかると決まったわけじゃないんだから、そんなに期待はしないで。……大阪の会社って、もしかしてここ、善治くんが昔勤めていた会社なの?」
琴音の質問に善治は、神妙な顔つきのまま頷く。
「……そうや。オレが昔務めてて……めちゃめちゃ世話になってたのに、迷惑かけてしもた会社なんや。一言も謝ることもできなかったから、せめて今どうなっとるんか知りたくて……」
いまその会社が存続しているのか、それともとっくに廃業してしまったのかは調べてみないとわからない。しかし、それを知って一体どうしようというのだろう。
善治がその会社に勤めていたのは今から百年以上前のことなのだ。もし会社が残っていたとしても、善治が社員だった記録は残っていない可能性が高い。
琴音には彼が会社を探したい理由はわからなかったけれど、その様子から何らかのケジメを付けたがっていることは察せられた。だから、快く返事を返す。
「わかった。ちょっと時間かかるかもしれないけど、調べてみるね」
「ほんまに、ありがとう」
善治は深く頭を下げた。そんな善治を、隣に座る豆福は温かな視線で見守っている。
「豆福さんも、何か調べてほしいことあったら言ってね」
一応彼女にもそう声をかけたら、彼女の瞳がわずかに揺らいだ気がした。しかしそれも一瞬のことで、
「おおきに。アテも、何かありましたら琴音はんと清史郎はんに相談しますさかい、そのときはおたのもうします」
彼女はふんわりと微笑むのだった。




