第34話 転居宣言?
「それなら、やっぱり私は、どこか他のところに家を探した方がよさそうですよね」
彼に不自由させないようにするにはそれしかないだろうと考えてのことだったのだが、清史郎はそんなことを言われるのは青天の霹靂だとでもいうようにぽかんとした顔になったあと、
「な、なんでっ!? なんで出ていくんだっ!?」
と、慌てだす。
「いやだって、私がこの家にいると清史郎さんが大変そうだから」
「大変じゃない! 全然大変じゃないから……!」
今度は清史郎の方が私の腕をつかんできたが、すぐにハッと気づいて慌てて離してくれた。
しばらく見つめあうように互いに黙りこくる。妙な静けさが二人の間に流れたけれど、それを破ったのは清史郎だった。彼は視線を落とすと小さく息を吐いた。
「俺、ずっとこの家で一人で住んでて、それも気楽でいいなって思ってたんだ。だけど、琴音さんがきて、そのあと豆福さんや善治も来て。なんだか家の中がどんどん賑やかになって。それって……すごく新鮮なような、懐かしいような不思議な感じだったんだ。こんなこと、いままでなかったから。でも……これって、楽しいっていう気持ちなんだって、最近ようやくわかった。……だから、迷惑じゃなかったら、ここにいてくれたら嬉しい」
清史郎はとつとつと、一つ一つの気持ちを心の中から掬い上げて吟味してそれから口に出すようなそんな慎重さで言葉を紡ぐ。
そこには正確に自分の気持ちを伝えようとする清史郎の誠実さが表れているように思えて、琴音の口にも自然と笑みが浮かんだ。
琴音だって、何もかも失い傷心しきってここへ来たのだ。その傷んだ心はふとしたときに過去を思い出してはまだじくじく傷んだけれど、ここでの生活の中で次第に癒され、痛みが薄れてきたのも確かだった。
琴音が感じていた癒しを、清史郎もまた感じてくれていたのなら嬉しい。
「わかりました。もう出ていくなんて言いません」
はっきりとした口調で琴音が言うと、清史郎の顔がパッと明るくなる。
まったくこの人、いや、この鬼は三百年以上も生きているというのになんでこうもテンパってくると感情が顔に出やすいんだろう。
でも、彼を悲しませることはしたくないと自然にそう感じたことも確かだった。
「だけど、今のままじゃ清史郎さんが不自由でしょう? 早く私がこの家にいることに慣れてくださいね」
「う……うん。頑張る。……これくらいかかるかな」
そう言って清史郎は控えめに三本指を立てた。
「え……三日? ……それとももしかして三か月ですか、それ」
多めに見積もってみたけれど、
「いや……三十年くらい」
清史郎の答えは琴音の予想を遥かに上回っていた。人間とは比べものにならないほど長寿である鬼の彼にしてみればそれは短い年月なのかもしれない。だけど、人間の琴音にとっては人生の数分の一だ。
「そのころには私もう、定年退職間近ですけど」
「あ、そ、そか……! じゃあ、もっと早くに慣れらるように頑張ってみる」
「よろしくおねがいしますっ。じゃあ、約束の指切りしましょう?」
小指を差し出すと、清史郎は「え!?」と一歩後ずさった。
「指切り、知りません?」
「いや、知ってるけど……」
もうこれ以上赤くはならないだろうってくらい顔を赤くしながらも、清史郎は小指を絡めてくれた。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら、針千本のーます。ゆびきった!」
琴音の軽やかな声とともに指を切ったところで、廊下の奥から賑やかな善治の声が聞こえてくる。
「あ、琴音さん。おはよーございますーっ」
半袖シャツにジーンズというラフな格好の善治のすぐ後ろには、綺麗に髪を結いあげた舞妓姿の豆福もいる。
「あれ? 清史郎さん、どないしたん? お猿さんみたいに顔まっかっかやで。熱あるんちゃう?」
善治に言われて清史郎は、
「なんでもないっ。飯、できてるからっ。飯にしようっ」
いつもよりぶっきらぼうな口調で返すと、スタスタと廊下の奥にあるダイニングルームの方へと歩いて行った。
善治はまだ「どうしたん?」と首をかしげていたけれど、豆福は何かを察したらしくフフフっと微笑んでいた。




