第33話 避ける理由
「避けてなんかない」
そう言いつつも清史郎の腰は引けていて、少しでも琴音から距離をとろうとしているのは明らかだった。彼の黒い瞳は琴音の方を向いていない。
「じゃあ、なんでそんな風に私から目をそらすんですか?」
彼の腕を掴んだままぐいっと身を乗り出してなおも尋ねる琴音。清史郎はその勢いに負けて思わず琴音に目を向けたものの、すぐにおろおろと目を逸らす。
逃げたそうにする彼の腕を、琴音は逃がしてなるものかと両手でがっしり掴んでいた。もし彼が本気で逃げようとすれば簡単に琴音を力で押しのけることができただろう。けれど彼はそれをすることはなく、しばらく膠着状態が続いた後、ようやく話しはじめた。
「……人……とは、あま……なかったから、……いいのか……だったら……いいんだと思って、それで……なるべく……ないように……」
でも声が小さくて、何と言っているのかうまく聞き取れない。
「……え?」
強めの口調で聞き返すと、清史郎はうつむき加減の上目遣いでこちらを見てくる。その目がちょっと潤んでいるようにも見えた。
(あ、あれ?)
なんだかこれでは琴音が清史郎を虐めているようにも見えなくはない。やりすぎてしまったかも、と少し申し訳なく思う琴音だったが、清史郎の方も観念したのか今度はもう少し声が大きくなる。
「……人間の女性とはあまり接したことがなかったから、どうしていいのかわからなくて……。だったら、顔を合わせなきゃいいんだと思って、なるべく家の中で鉢合わせしないようにしてただけなんだ」
清史郎の顔はまだ赤くて、ちょっと泣きそうになっているようにも見える。
琴音は、きょとんと彼を見返した。
「……え? それだけ? その……私のこと嫌ったり、邪険にしてたわけじゃなくて?」
「……なんで、俺が琴音さんのこと嫌う必要があるんだよ」
清史郎は、何を言われているのかわからないといった様子で戸惑っている。
いや、だって、しょっちゅう避けられたらそう思うでしょうよ! と琴音は言いたくなったけれど、これ以上言葉で責めるのはなんだか可哀そうになってきてその言葉を飲み込んだ。
代わりに口をついてでてきたのは、
「ほんとに、ただ、慣れてなかっただけなんですか……?」
もう一度確認すると、清史郎は「……うん」と頷く。
これはもしかして、人見知りというやつなのだろうか。
でも、そう考えると、いままでの態度も合点はいく。
まさか三百年以上生きてきた相手が今更自分に対して人見知りしているなんて想像だにしていなかった。いや、彼が琴音と同年代だと思っていた頃ですら、まさか今どきそこまで女性に免疫がないとか思わないもの。
「その……人間の、それも琴音さんみたいな若い女性といままでほとんど接したことがなかったから……。お客さんならともかく、いつも家の中にいると思うと、どういう態度とっていいのかさっぱりわからなくて。それで部屋の中に引きこもってた」
しどろもどろに何とか説明しようとしている清史郎。
琴音はつかんでいた清史郎の手を離すと、一つため息をついた。なんだか胸の中にもやもやとたまっていたものが、今の一息ですっかり出てしまったような軽い心地だ。
「……良かった。私、嫌われてるのかと思ってずっと悩んでたんですから」
清史郎は、今度は首を横に振った。
「嫌うわけない。琴音さんが仲居の仕事してくれて、すごく助かってるし感謝してる」
そもそも仲居の仕事をしてほしいって頼んできたのは清史郎のほうだった。それに仕事中は、とくに彼の態度に違和感を覚えたこともなかった。
避けられていると感じるのはいつも、仕事外で彼と顔を合わせたときなのだ。
「そういえば、仕事のときは普通に接してくれますよね? なんで、仕事のときとそうじゃないときで、そんなに人見知り度合いが違うんですか?」
琴音の質問に、清史郎はうーんと唸る。
「あまり自分では自覚してなかったけど、……たぶん、仕事中は料理のこと以外あまり考えている余裕がないからかもしれない。それにいままでもおイネさんとか仲居さんをしてくれる女性はいたし。……でも仕事以外で会うのは、それとは全然違うから、どうしていいのかわからなくて……」
最後の方はもぞもぞと声が小さくなっていく。
(そっか。仕事だとそれぞれ自分の役割をこなしているから、必然的にどういう態度をとればいいのか決まってくるものね。プライベートだとそれがないから、急に訳がわからなくなってたわけなんだ)
でも、家主であり店主でもある彼を引きこもりにさせてしまうのは忍びない。
すでに彼の生活に支障が出ているのなら、ここは自分から身を引くべきなんだろうなと琴音は考えて提案してみた。




