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第32話 なんで避けるんですかっ!?

 豆福と善治が「おおえ山」に来てから数日が経った。

 ずっと千鳥ヶ淵にいたため行く場所もないという二人に、「それなら、行き先が決まるまでウチの二階を使えばいい」と言ったのは清史郎だった。


 最初は二階にある三つの部屋のうち、空いている真ん中の部屋を二人に使ってもらおうと清史郎は考えていたようだったけれど、なんとなくいつの間にか善治は清史郎の部屋に、豆福は琴音の部屋で一緒に寝起きするようになっていた。


 琴音にとっても同じ部屋に二つ布団を並べて豆福と一緒に寝起きするのは、なんだか修学旅行のときを思い出して楽しい。

 修学旅行といえば夜のコイバナがつきものだけど、それはやめておいた。だって、延々と善治の話をされそうなのは目に見えているから。それに琴音の方も、元カレとのしょっぱい思い出なんか話したくもなかった。


 だから話すことといえば、お互いのことばかり。色っぽさなんてかけらもありゃしないけど、豆福から聞く明治の様子や現役舞妓時代の話はどれも新鮮で面白かった。


 ちょうど木箱に氷を入れるタイプの冷蔵庫が出たころで、傷みやすい魚なども買い置きできるようになって便利だったとか、お客さんに牛鍋屋さんへ連れて行ってもらうのが楽しみだったとか、豆福はそんな話を懐かしそうに語ってくれた。


 その日も明け方まで仲居の仕事をして布団に入ったあと、そんなおしゃべりをしてから眠りにつき、昼前に目覚ましの音で目が覚めたときにはもう豆福は鏡台の前で髪を梳かしていた。


 彼女のつやつやとした黒髪は腰あたりまでの長さがあり、それをツゲのくしで丁寧に梳かしている。

 そうやって髪を下ろしているのを見ると、まるで日本人形みたいだ。真っ黒な髪が白い豆福の肌によく映えている。それに白地に朝顔の絵が描かれた浴衣がまたよく似合って可愛らしい。


「おはようー。豆福さん」


 琴音は布団から起き上がると伸びをしながら朝の挨拶をすると、


「あ、おはようさんどす」


 豆福はこちらに身体を向け、ほころぶ花のように可憐な微笑みを返してくれた。


 彼女が来ている浴衣は、清史郎の母のものだった。

 はじめは琴音のパジャマを貸してあげたのだが、洋装は落ち着かないというので買いに行こうか考えていたら、清史郎が「母の古着があるから」と貸してくれたのだ。


 ちなみに豆福が座っている鏡台も、この部屋に以前から置いてあったもの。これも、清史郎の母が昔に使っていたものらしい。この部屋は、彼の母が一時期寝起きしていたことがあったらしく、彼女の物が多く置いてあるのだ。


 そのことを知って、やっぱりこの部屋使うのやめた方がいいんじゃないかと清史郎に言ったこともあったが、


「別にいいよ。滅多に帰ってこないし。邪魔なら全部捨てといていいって言ってたから」


 と、清史郎はあっけらかんと言っていた。

 そんなわけでお言葉に甘えて使わせてもらっているけれど、いつか清史郎の両親に会うことがあれば一言断りを入れておこうと思う。


 それはそうとして、豆福の黒髪はところどころ寝癖がついてしまっていて、梳かすのがなかなか大変そうだ。見かねて、


「手伝おうか?」


 彼女の後ろまで行くと、豆福は申し訳なさそうに鏡越しにこちらを見る。


「ええんどすか?」


「いいのいいの。ちょっと待ってね。この寝ぐせ直しフォームを使えば簡単に寝ぐせなんてとれるから」


 琴音は鏡台に置いてあったスプレー缶を取ると、手にプシュッと白い泡を出して豆福の寝ぐせのところに優しく塗りつけた。それから、もう一度クシで梳きなおすと、それまでの絡まりが嘘のようにクシ通りがするっとよくなって寝ぐせは消えてしまう。

 そのことに豆福は目をまん丸くさせた。


「琴音はん、なんて術を使いはったん!?」


「えへへ。これ、寝ぐせ直しスプレーっていうんだ。他にも、逆に癖をつけたいときとか、傷んだ髪の手当て用とか色んなスプレーがあるから、今度ドラッグストアにでも一緒に選びに行こうよ」


「どらぐ……すとあ……?」


「ああ、えっと。薬屋さんね。いまの薬屋さんは、風邪薬とか傷薬だけじゃなくて、こういう日用雑貨もいろいろ売ってるの」


「へぇ……ほんま、すごい世の中どすなぁ……。お風呂場で教えてもろた『しゃんぷー』と『こんでそなー』いうんも、えらいびっくりしましたわ」


 と、豆福はまだスプレー缶を眺めながら驚いた表情をしている。

 昔は洗髪用の固形石鹸で洗っていたから泡立つまでが大変だったんだって。だから、お風呂場ですぐに泡がたつシャンプーと髪がつやつやになるコンディショナーを見たときも目をまん丸くして驚いていた。


(百年以上のブランクがあるんだもの、現代の生活に慣れていくのもそれはそれで大変だよね)


 とはいえ、日本が明治期のような暮らしぶりに戻ることはもう二度とないだろう。あやかしになったとはいえ豆福たちも現代を生きていくことには違いがないのだから、少しずつでも慣れていってくれたらいいなと琴音は密かに願うのだった。


 そのあと豆福は髪にたっぷりと油を塗りこんで、さらに櫛で梳いていく。この油は、昨晩、清史郎に分けてもらったごま油だ。


 たぶんネットで探せば今も日本髪を結うための専用油は売ってそうだから、あとで探しておいてあげようかな。そんなことを考えながら豆福が髪を梳くのを手伝ってあげる。

 ひととおり梳き終わったら、次はあの舞子の髪に結い上げることになる。だけど、それは一人でできると豆福は言うので、


「そっか。じゃあ、私は顔洗ってくるね」


 服を着替えると、琴音は自室から出てトントンと階段を下りていった。


 洗面所や風呂場は一階部分。料亭の裏手にあるのだ。建物は古いけれど、ちゃんとお風呂もスイッチ一つで沸くし、蛇口を捻ればお湯も出る。

 昔は庭にある井戸から水を汲んできていた時代も長かったらしいので、このあたりの水回り事情が近代化していてくれてとっても有り難い。


 洗面所で洗顔をして、ついでに洗面所の鏡の前で髪を梳く。以前は自室にある鏡台でやっていたけれど、今は豆福が使っているから最近は琴音はこちらで髪を梳くようにしていた。


 豆福は毎日髪を結いなおすわけではなく、結いなおしているのを見たのは今日が初めてだった。それでも寝ている間に崩れてしまった日本髪をちょこちょこ直したり、あの舞子特有の白塗りをしたりと身支度にとても手間がかかる。


 だから豆福が来てからは鏡台を彼女に譲ることにしていた。琴音は元からそんなにしっかりメイクをするタイプでもないので、洗面所の鏡で充分だ。東京のワンルームマンションに住んでいるときだって、ずっとそうしていたのだし。

 髪を整えて、メイクも済ませ、


(よし、今日はファンデーションのノリもばっちり)


 と機嫌よくメイク道具をポーチにしまっていたら、後ろでガタガタっと大きな物音がした。

 なんだろう? と振り向くと、洗面所の床に置いていた掃除用のバケツに清史郎が盛大に躓いて倒れそうになっていた。


「……なにやってんの? 大丈夫?」


 つい、ため口でそう聞いてしまう琴音だったが。


「ご、ごめん……」


 清史郎はなんとか態勢を立て直すと、慌てた様子で洗面所から立ち去ろうとする。うつむき加減で、明らかに琴音のことを見ていない様子。まるで顔をそむけるようなその態度に、琴音は少しむっとなる。

 それで、すぐさま清史郎を追って廊下に出ると彼の腕を掴んだ。


「ちょっと待ってください。なんで、そんな風に私のことをいちいち避けるんですか!?」


 今日だけじゃない。いつもそうだ。清史郎は仕事のときは普通に接してくれるのに、仕事以外になると急に琴音のことを避けるような態度を取る。まるで一緒にいたくないとでもいうようなその態度に積もり積もったモヤモヤが我慢しきれなくなって、清史郎に問いただしてやるつもりだった。

 しかし、


「……避けて、なんか……」


 振り返って顔をあげた清史郎。その顔は、赤く染まっていた。

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