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第30話 白い布?

 一反木綿はひらひらと空中に舞い上がってくるんと一回転したあと、ふわりと琴音の頭に舞い降りる。


 そのまま、するすると螺旋を描くように琴音の頭の先から下まで降りていく。ほかほかと琴音の全身が温まってきた。髪も服も身体も靴の中までも、まるで全身ドライヤーを当てたようにすっかりと乾いてしまった。


「すごい……」


 琴音の感嘆の声に一反木綿はピンと布の身体を伸ばして嬉しそう。さらに高速にくるくると空中を舞った。


 次に清史郎の頭の上にも舞い降りて琴音にしたのと同様にしたら、彼の全身もすっかり乾いたようだった。


 それが終わると一反木綿は豆福のところへと飛んで行った。しかし、そこで前回彼女を乾かすことができなかったことを思い出したのだろうか。一反木綿は空中でくしゃっとなり、様子を窺うように目をぱちくりさせて豆福を見る。


 豆福はそんな一反木綿に、申し訳なさそうに言った。


「かんにんな。アテ、もうずっと濡れたまんまなんどす……」


 しかし、一反木綿はフルフルと首を振るようにして布の端を揺らすと、意を決したようにぴょんと飛び上がった。


 そして豆福の頭上で、ぽんと数倍の大きさに広がる。まるでシーツのような大きさになった一反木綿は豆福の頭の上にふわりと舞い降りた。そして、彼女の隣にいた善治ごとまとめて一緒に包み込む。


「なんやこれ!?」


 と、善治は驚いてあたふたしていたけれど、数秒後一反木綿がしゅるしゅると元の姿に戻ったときには、あれだけびっしょり全身濡れていた善治と豆福は、すっかりからっと乾いていた。


 いままで自ら水を湧き出し続けて自分の意志では止められなかった豆福。

 その彼女の始終ぐっしょりと濡れていた振袖はもとのハリを取り戻し、頭の上から足の先まですっかり水気が消えていた。

 そのことに、豆福は驚いた様子でパタパタと身体のあちこちを触る。


 もしかすると、善治と再会できたことで豆福の何かが変わり、水を出さなくなったのかもしれない。それとも一反木綿が頑張ったおかげで彼女の水けを全て飛ばすことができたのだろうか。理由はわからなかったけれど、全力を出し尽くした一反木綿はへなへなと地面に落ちてくしゃっとなった。


 豆福は血の気の戻った手で一反木綿を大事そうに抱き上げると、優しく胸に抱く。


「おおきにありがとうさんどす」


 そして、彼女は清史郎と琴音にも目を向け、深く頭を下げた。


「清史郎はん。琴音はん。ほんまに、おおきに。なんと礼を尽くせばええのかもわからへんどす。お二人がおらんかったら、アテ、善治はんにこうして会うこともできまへんどした」


 善治も彼女の隣で頭を下げる。


「ほんまに、この恩はどう返したらええんか……」


 二人にそんな風に(かしこ)まれても、琴音はどう反応すればいいのか迷ってしまう。

 清史郎も同様のようで、困った声を返した。


「俺たちはただ、頼まれたことをしただけだ。それ以外のことは……まぁ、成り行きのついでというか……」


 琴音もうんうんと大きくうなずく。


「そうですよ。私たちただ、椿餅を届けに来ただけなんですから。そのお代なら豆福さんにいただいてますし」


 とはいえ、結局、無事に善治へ渡せた椿餅はひとつもない。だから、まだお代分の仕事もできてはいないのだ。


 一部は川の中に落ち、他は琴音が悪霊たちに襲われたときに膝の上から落ちて、ボートの床に散らばってしまっていた。回収できるものは回収してきたものの、どれももう食べられるものではない。


「でも……」


 まだ納得のいかない様子の善治に、清史郎は「そうだ」と言葉を重ねた。


「椿餅。結局、善治さん食べてないよな。せっかく自信作ができたんだから、食べて行ってほしい」


「まだ、厨房にあるんでしたっけ?」


 琴音が尋ねると、清史郎は目を細める。


「ああ。琴音さんが食べたいって言ってたから。余計にたくさん作っておいたんだ。そろそろ桜も見ごろだし、庭の桜を見ながら食べるのもいいんじゃないか?」


「うんうん。すごくいいです。それ! ね? 一緒に『おおえ山』まで戻りましょう?」


 琴音たちの申し出に、豆福と善治は申し訳なさそうにしていたけれど、二人で目を見合わせたあと、こくんと同時にうなずいた。


「一反木綿にも世話になったから、熱燗一本つけるよ。八塩折之酒(やしおりのさけ)でいいか?」


 清史郎の言葉に、まだ豆福の胸に抱かれてくたっとなっていた一反木綿が急にピンッと張りを取り戻す。そのうえ、するりと豆福の手をすり抜けると、嬉しそうにくるくると空中を回りだした。

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