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第22話 何歳なんですか?

 その後は特に会話もなく、微妙な空気のまま車は嵐山に到着した。

 河原町周辺の通りはすでにこの時間でも渋滞し始めていたけれど、清史郎はナビも見ずに車の少ない通りをうまく選ぶので予想以上に早くたどり着くことができた。


 嵐山駅近くの時間貸駐車場に車を止めると、椿餅の重箱を抱えた清史郎と彼のコートを手にもつ琴音は渡月橋に向かって桂川沿いを歩いていく。


 この川は、渡月橋を挟んで上流を大堰(おおい)川、下流を桂川と呼ぶのだそうだ。さらに上流に行くと保津川、そのさらに上流は再び大堰川と呼ぶらしく、同じ川なのに場所によって次々に名前が変わっていくのが面白い。それだけ古くから人々に親しまれてきた川なのだろう。


 川沿いには食べ物屋やお茶屋、カフェなどが並んでいた。そのにぎやかな観光地の雰囲気に、さっきまで清史郎とのぎくしゃくした空気に落ち込んでいた琴音もそわそわと浮き立つ気持ちがわいてくる。


 考えてみたら、京都に到着した当日はホテルが倒産していたり土砂降りの雨に降られたりでどこも観光できなかったのだ。そのあとは、料亭・祇園おおえ山の唯一の仲居として働くことになったので、観光している暇もなかったし。


「はぁ……私もどこか観光したいなぁ」


 こっそり呟いたのに、少し前を歩いていた清史郎が足を止めると驚いた眼でこちらを振り向いた。


「そっか、今日、琴音さんがきて初めての定休日だったんだ。……ごめん、何も気づいてなかった。今からどっか観光してきてもいいよ? 車で送ろうか?」


 いきなりの申し出に、琴音も驚いてパタパタと顔の前で手を振る。


「いえいえ、お気遣いなく。京都に住んでいるんだから、これからいくらでも行く暇ありますし。それに、今からどこかに行ってたら、貸ボート屋さん閉まっちゃいますよ?」


「そ、そか。そうだった……」


 今度は急に気落ちしたようにしゅんとなって、大きくため息をついた清史郎。

 なんだか今日は、いつも落ち着いて冷静な彼が嘘のように、妙にてんぱっているようにも見える。さっきから目も合わせてくれないし。


「とりあえず、行きましょう? 豆福さん、もう待ってるかもしれませんよ」


「……うん」


 そう彼は小さな声でうなずいた。


(どうしちゃったんだろう? 今日の清史郎さん、なんか変なんだけど……)


 渡月橋に向かって歩き出した清史郎と歩きながら、琴音は内心小首をかしげた。

 普段、料亭で働いているときはとても落ち着き払っていて、豆福のような奇妙な客が突然現れても動じたりすることもない清史郎。自分と同い年くらいに見えるのに落ち着いている人だなと感じていたのに、今日はなんだかもっと年下のように見えてしまう。


 そういえば、彼はいま、一体いくつなんだろう? 

 前々から思っていた疑問だったが、気になって仕方なくなってきた。一応雇い主だし、まだ出会って十日くらいで私的なことを聞くのは失礼かなと躊躇う気持ちもあるのだけど、女性と違って男性はそんなに年齢を聞かれることに抵抗がないかもしれない。それで、思い切って尋ねてみることにした。


「あの……」


「ん?」


「清史郎さんって、いまおいくつなんですか?」


「え……?」


 清史郎は意外そうな声をあげたあと、うーんとしばらく考え込んで。


「……いま、俺いくつなんだろう。正確にはよくわからない」


 彼は情けなさそうな目で琴音を見る。


「……え。わからないんですか?」


 自分の歳がわからないなんていうことがあるんだろうか。

 そういえば、五十代の琴音の母親は、誕生日が来るたびに『もうこの歳になると歳をとっても嬉しくないから、数えるのも忘れちゃったわ』なんて笑っていたけれど、そういうことなのかな。


 しかし、次に清史郎の口から出てきた言葉は琴音の予想を超えていた。


「うん。三百超えたあたりくらいまでは数えてたんだけど、ここ何十年か数えてなかった。たぶん、三百三十歳あたりかな」


「……さんびゃくさんじゅっさい……」


 驚きのあまり、琴音は口をパクパクさせる。

 いや、たしかに、清史郎の父親が平安時代から生きていると聞いたあたりで、その息子の清史郎も人間よりはるかに長く生きている可能性も考えなくはなかった。あやかしなのだし、人間とは違う寿命を持っていてもおかしくはない。


 しかし実際に本人の口から聞くと、衝撃がすごかった。

 この目の前の、二十七である自分と同年代か、もしかしたらもっと若く見える彼。大学生といわれても全然違和感のない清史郎が三百年以上生きているだなんて、やっぱりすぐには信じられなかった。


「三百年前っていうと……えっと、江戸時代くらいですよね」


「そうだな。あの店で親父を手伝って、和菓子とか作って出すようになったのが二百年前かな。それから五十年くらい和菓子ばっか作ってた。そのあと料理も作るようになったけど、店を継いで一人で切り盛りするようになったのは、まだほんの三十年くらい前なんだ」


 三十年店やってれば充分ベテランだと思うが、料理だけでなく和菓子の腕も立つ理由がわかった。そんなに長いキャリアがあったんだ。だから、あんなに京料理に家庭料理、和菓子までいろいろ作れるんだね。


 途方もない長さでいまいち実感はわかないが、でもそれだけの長い間、清史郎と彼の父親の酒呑童子はあの祇園で丁寧な味と店づくりを続けてきたのだろう。


 いまも多くの常連客がついているし、「いつかこの店に来たいと思ってたんだ」とあこがれや期待を込めてやって来てくれるあやかしたちの様子を見ていると、どれだけ彼らの間であの店が親しまれているのかが、まだほんの二週間働いただけの琴音にもよくわかった。


「それだけ長い間、みんなに愛されてる店なんですね」


「そうだと、いいな……」


 はにかむように笑った彼は、やっぱり三百歳超えになんか見えなくて、どこからどう見ても年下のかわいい青年のように思えた。




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