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第2話 祇園の奥の不思議な料亭

「え?」


 それは、赤く小さな灯りだった。でも提灯でもなければ、灯篭(とうろう)でもない。琴音のこぶしほどの大きさの赤い火が、琴音の頭より少し高い位置にふわふわと浮かんでいた。


「なにこれ。……どうやって浮いているの?」


 糸や支えのようなものはどこにも見当たらない。その火はふわりふわりと雨の中、ぼんやりとわずかに周りを明るく照らしながら浮いている。

 いつもなら、きっとその得体のしれないモノを不気味に思ったことだろう。気味悪くて逃げてしまったに違いない。


 でも、春先の雨に濡れて身も心も冷え切っていた琴音には、その火がどうにもあたたかそうなものに見えていた。

 それで、琴音は明かりに吸い寄せられる羽虫のように、ふらりとその火に歩み寄る。


 そばまでくると、顔にじんわりと温かさが伝わってきた。まるで焚火のそばにいるような温かさだ。

 なんだか火の玉みたいな形をしている。よくわからないけれど温まれるならなんでもいいや。なんて思っていたら、琴音のそばでポッポッポッとさらに新たな火が灯る。


 見ると、すぐ近くの町屋の建物の間に幅一・五メートル程の通路があった。通路の入り口には古風な門が立っており、その上部には『料亭 祇園おおえ山』と書かれた木製の看板がかかっている。その門の向こうに、通路の両側を照らすように三つずつ、等間隔に火が灯っていた。


「料亭……かぁ……」


 入り口から顔をのぞかせるものの、通路の奥は闇に沈んでしまっていて全く先が見えない。ただ、通路の両側に浮かんだ火だけが、ゆらりゆらりと揺らめいていた。


(この道、どこまで続いているんだろう。この奥に料亭があるのかな)


 もっと奥を覗こうとして首を伸ばしたら、きゅるるとお腹が鳴る。不運続きで忘れていたけれど、夕ご飯を食べ損ねたのでお腹はすっかりぺこぺこだ。


(でも、料亭なんて一見(いちげん)さんお断りだよね……)


 もちろん、予約なんてものもしていない。やっぱり諦めて、他を探そう。

 そう思ったときだった。


『おいで。こっちへおいで』


 かすかに声が聞こえる。幼い女の子のようにあどけなく、雨音に紛れて消えてしまいそうな小さな声。


「え?」


(いま、誰か『おいで』って言ったよね?)


 きょろきょろと花見小路や門の周りを見てみるものの、子供の姿はおろか、人っ子一人みあたらない。

 でもいま、確かに聞こえた気がしたのだ。『おいで』って。


 もう一度、門の中を覗くと、ポッポッポッとさらに奥まで火の玉の明かりが灯っていく。


 もしかして歓迎されているんだろうか?

 迷ったけれど、お腹がまたきゅるると鳴る。


 それに、なんだかとてもその通路の奥が気になってしまって、なかなか離れられない。


(ここで迷っていても仕方ない。もしダメっていわれたり、めちゃめちゃ高かったりしたら別の店にいけばいいんだもん)


 琴音は意を決して、門の奥へと行ってみることにした。門の中へとそっと一歩足を踏み入れる。

 門を跨いだ途端、周りは闇に覆われた。


「ひゃっ」


 暗さに驚く琴音を先導するように、火の玉が両側一直線に続いていた。

 その明かりに導かれるようにして暗闇の中を歩いていく。

 胸に抱えたキャリーバッグをぎゅっと抱きしめていたけれど、いつの間にかその重さをあまり感じなくなっていた。


 しばらく進むと、突然明るい場所に出る。

 琴音は、暗闇に慣れてしまった目を数回しばたかせた。


(眩しい…)


 目が明るさに馴染んでから顔を上げると、目の前には大きな二階建てのお屋敷があった。正面には大きく開かれた玄関があり、軒下に掛けられた真っ白い暖簾(のれん)の向こうに上がり(かまち)が見える。その屋敷の窓や玄関からはやわらかな明かりがこぼれていた。


 真っ暗闇の中に突然現れた、あたたかな光に包まれた不思議なお屋敷。


 琴音はふらふらと光に誘われるように玄関へと引き寄せられるが、中に入る勇気までは持てない。

 想像以上に立派な建物が目の前に現れたことで、すっかり気おくれしてしまう。


(どう見ても、一言さんお断りな感じよね。これ)


 うん。やっぱり戻ろう。そう決意したとき、玄関の奥からぱたぱたという足音が近づいてくる音が聞こえてきた。


 しまった、店の人に気づかれてしまった。これではもう戻るに戻れない。暖簾をくぐって玄関に立っていると、奥から姿を現したのは着物姿のふっくらとした女性だった。仲居さんのようだ。


 彼女は、上がり(かまち)に三つ指をつくとゆっくりと丁寧にお辞儀をする。


「よぉお越しくださいました。さぁさ、こちらへおあがりください」


 ところが、顔を上げた仲居さんは何に驚いたのか琴音の顔を見て「あら」と声をあげた。


「めずらしい。人間のお客さんやわ」


 琴音も、仲居さんの姿を見て固まってしまう。


 彼女は柿色の着物を着た三十前後と思しき釣り目の女性だった。しかし不思議なことに、頭には狐か犬のような黄色い毛に覆われた耳がピンと立っていて、お尻のあたりからはふっさりとした黄色い尻尾が出ていたのだ。


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