第19話 椿餅をつくろう!
そして、約束の日がやってくる。
豆福とは昼の三時に嵐山の渡月橋の近くで落ち合う約束になっていた。
千鳥ヶ淵は、京都の嵐山を北西から南東にかけて流れる大堰川の中腹にある。清史郎の話によると、どうやら嵐山で有名な渡月橋を少し上流に行ったあたりがその千鳥ヶ淵と呼ばれる一帯らしい。
幸いこのあたりには何軒か貸しボート屋があるため、そこでボートを借りて善治が亡くなったであろうポイントまで行ってみることになった。
貸しボート屋が営業しているのは日が出ている時間のみ。ただ、なるべくならほかに舟遊びをする人が少ない時間帯がいいだろう。というわけで、閉店時間間際を狙ってボートを借りに行くことにしたのだ。
その日、清史郎は昼前から厨房に籠って椿餅の準備をしていた。
「何かお手伝いしましょうか?」
琴音が厨房に顔を出したとき、清史郎はちょうど大きなセイロを開けてモワンと白い湯気が立ち上ったところだった。
「ああ。じゃあ、そこにある椿の葉っぱを洗って、布巾で拭いておいてもらえたら有難い」
セイロの蓋を片手に清史郎が、作業台の上のビニール袋に入ったものを指す。
袋には、つやつやとした濃い緑色の椿の葉がたくさん入っていた。
「了解です!」
さっそく椿の葉の袋をシンクへ持って行くと、一番大きなザルを出してその中に袋の中身をあけた。
「椿餅に使う椿の葉っぱって、塩漬けにするわけじゃないんですね」
蛇口をひねって水を出すと、一枚一枚丁寧に洗いながら琴音は清史郎に話しかける。清史郎は、セイロで蒸しあがった白いものを大きな鍋に移した。
「桜餅と違って、椿餅の椿は食べないんだ。ただ挟むだけ」
「ええ…っ、そうなんですか? このかたい葉っぱをどうやって食べるんだろうと思ってたんですが……食べないんですか……」
「そう。見た目は桜餅に似てるけど、葉っぱの役割はむしろ柏餅に近い。たぶん、手で持ちやすいように葉で挟むようになったんじゃないかな」
「たしかに、それなら手にくっつかないですもんね」
「まぁ、桜餅も柏餅も、本を正せばこの椿餅の進化型みたいなものなんだ。椿餅は日本最古の餅菓子と言われていて、源氏物語にも出てくるくらい古くから食べられているものだから」
「へぇ……」
清史郎は鍋にあけた白いものを、弱火で熱しながらすりこぎで練っていく。
「最近の椿餅は道明寺粉で作られているものも多いけど、今回は求肥を使うことにした」
「求肥ってあの……羽二重餅みたいな柔らかいやつでしたっけ」
「そう。羽二重餅や、ほかにもすあまとか練り切りもこの求肥から作るんだ。求肥は餅粉を蒸して砂糖や水あめを入れて、こうやって練るんだけど、この練り方でコシの強さが決まってくるんだ」
清史郎が鍋で練っている白いものは、餅粉を蒸したものだったようだ。そこにさらに、砂糖などを加えながら練っていく。少量作るならともかく、量を作るにはなかなか力のいる作業のようだった。
練れば練るほど、つぶつぶしていた餅粉の表面はどんどん滑らかになっていく。その端を菜箸でちぎって手に取ると、清史郎はぽんと自分の口に入れた。
「うん。これくらいでいいかな。ちょっと食べてみて」
「もちろんですっ」
試食は大好きだけど、こういう料理途中での試食はさらにワクワク胸躍る。それがつい声に現れ、自分でも予想していた以上に元気な声がでてしまって内心恥ずかしくなるものの、清史郎は気にした様子もなかった。
彼は菜箸でできあがったばかりの求肥の端を小さくちぎり、爪楊枝を指して渡してくれる。
「まだ少し熱いかもしれない」
できあがったばかりの求肥は、まだほかほかと湯気をたてていた。琴音は少し冷ましてから、ぱくっと口に入れる。
ほんのり甘くて、舌触りふんわりやわらか。これだけでもいくらでも食べられちゃいそうだ。
「……どう?」
心配そうに見てくる清史郎に、琴音は指でOの字を作ってウンウンと頷いた。
「すっごく美味しいです」
「そっか。良かった」
少し照れ臭そうに、でもうれしさがにじみ出るような彼の顔。
おいしいものを食べさせてもらって、そんな顔までされたらもうこちらこそごちそうさまでした!と言いたくなってしまうじゃない。




