部活紹介
僕達の高校生活が始まって早いものでもう一週間がたつ。大人っぽい先輩達に囲まれて生活するのにもようやく慣れてきたというころ、こうして部活紹介の時間がやってきた。六限の授業時間を丸々使っていることからも、この学園が部活動に力を入れているということがよくわかる。
(どの部活もありきたりで退屈)
なにを期待していたのか、黒亞が愚痴をこぼす。
会場である体育館にはいるときに渡されたパンフレットを一瞥し驚きの声を上げる僕に正吾が声をかけてくる。
「どした、気になる部でもあったか?」
僕は慌てて首を横に振る。
「いや、本当にいろんな部活があるんだなぁって思って」
「まったくだな。……おっ?なんか前のほうが騒がしくなってきたな」
たしかに観客である一年生達の間にざわめきが広がっている。舞台前に集まっているようで、よく見ると一年生だけでなく部活紹介を終えた上級生の姿も見えた。
「次はっと……ああ、演劇部か」
「なんだか人気っぽいね」
「知らないのか、ここの演劇部って結構有名らしいぜ。大会の賞とか結構獲ってるらしいし」
「へぇ……」
「そう言えば、朝話してた赤鉄先輩も演劇部じゃなかったかな」
「え、それ本当?」
舞台上に演劇部員達が姿を現す。すると観客達、主に女子生徒達の間から甲高い歓声が上がった。
「キャー、獅子堂センパーイ!」「カッコいい!」「付き合って下さい!」
黄色い声に圧倒される中、正吾が言った。「なかなか情熱的な歓声だな」
「そうだね、アイドルみたいだ」
歓声が向けられているのは演劇部員達の中央に立つ男子生徒のようだった。
その男子生徒を観察し、僕は納得する。なるほど確かにカッコいい。軽くウェーブのかかった髪にギリシャ彫刻のようなくっきりとした顔立ち、背が高くすらっとしているが立ち姿が綺麗なので貧弱な印象は受けない。歓声を送るファンの女子達に向けている笑顔もとても爽やかだ。
「はぁー、たしかにカッコいい人だね」
(そう?ああいうタイプはどうも好きになれない。いかにもモテますってオーラが気持ち悪い)
黒亞の辛辣な意見には答えず、舞台上の演劇部員達を一通り見渡し僕は言った。
「あれ……?赤鉄先輩、いないみたいだけど」
「本当だ。おっかしいな、姉貴のやつデマ教えやがったのか」
あの綺麗な金髪ならかなり目立つはずだが、舞台上に赤鉄先輩の姿は見られなかった。大道具の部員なども紹介されているので、裏方だからいないというわけでもなさそうだ。
そんな話をしているうちに舞台上では簡易的な即興劇が始まっていた。歓声のため台詞は途切れ途切れにしか聞こえないが、どうやら『ハムレット』の一場面を演じているらしい。驚いたのはこんな落ち着きのない状況だというのにしっかりとした演技をこなす獅子堂先輩の存在感だった。発声練習をしっかりこなしているのだろう。彼の声だけははっきりと聞こえてきた。
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
これは主人公であるデンマークの王子ハムレットが父親の仇を討つという使命を与えられて悩むシーンの有名なセリフだ。そんな有名なセリフも獅子堂先輩が口にするととても印象的に聞こえ、僕達と同じ学生服を着ているはずなのにまるで中世の礼服でも着ているかのような高貴なイメージがその姿に重なる。
(へぇ、結構やるじゃん)
黒亞が人を褒めることはめったにない。それくらい良い芝居だったのだろう。素人の僕ですらここまで心動かされたのだから。
劇が終了し、演劇部員達が頭を下げる。拍手の音が一斉に鳴り響いた。
「ほぁ~、たしかにあれなら人気がでるのもわかるな」
(スッポンがあんまり月を見上げてると、いずれひっくり返って動けなくなるわよ)
「どういう意味?」
黒亞からの回答はない。
「おいおいまだ騒いでんのかよ。さすがに興奮しすぎじゃないか?」
いまだ鳴り止まぬ歓声を前に正吾が眉をひそめ、僕も首をかしげた。
「本当だ、もう次の部活紹介が始まりそうだけど」
少し不思議に思いパンフレットに目を落とすと、そこにさらなる不思議を発見して僕は声をあげる。「あれ?」
「お、今度はなんだ?」
「いや、この次の部活なんだけど……」
僕が答えるより先に、司会進行を務める生徒会役員がタイミングよく次の部活の名前を読み上げた。「それでは続きまして、第二演劇部の紹介です」
先ほどの歓声に負けず劣らずな黄色い声が沸き起こる。そんな歓声を一身に受け、一人の女子生徒が舞台に現れた。まるでスポットライトでも浴びているかのような華やかさ、それと王族のような気高さを身にまといながら舞台の中央に現れたその女子生徒は、観客達を一通り見渡すと輝くような笑みをその整った顔に浮かべ、ゆっくりと唇を開いた。
「レディース&ジェントルマン、ボーイズ&ガールズ。ようこそ我がスーパー演劇部の舞台へ」
スーパー演劇部?第二演劇部じゃないんだ。まあ第二ってのも何の事だかよくわからないけど。そんな僕達の疑問などお構いなしに、赤鉄先輩の一人舞台は進行していった。
ん……一人?
赤鉄先輩のオーラに圧倒されていた僕は、ここでようやくその疑問に思い至る。こっちの演劇部には先輩一人しかいないのだろうか?その疑問は不意に流れ出したBGMが解決してくれた。少なくとも音響担当はいるらしい。まあ一人ではさすがに部活として認められないだろうから当然か。
それにしても、この音楽って。
(演歌ね)
そう、歌こそ入っていないがどこかで聞いた覚えのある拳のきいた演歌の曲だ。そんな曲をバックミュージックに一体何をするつもりなのかと固唾をのんで皆が見護る前で赤鉄先輩が演じたのは、驚くべきことに先ほどの演劇部と同じ『ハムレット』だった。それも全く同じシーンを。
(……なにこれ?)
黒亞の疑問の声を、この時の僕は珍しく無視した。それくらい呆気にとられていたからだ。
演歌独特のリズムを無視するでもなく、音にセリフをのせるように赤鉄先輩は『ハムレット』の王子を演じていく。それは先ほど獅子堂先輩が演じたのとはまるで違う、コミカルではあるがそれでもしっかりと筋の通った、アンバランスなはずなのに妙に説得力のある演技だった。観客達はその演技に魅せられ、時に笑い、時に悲痛な面持ちとなる。演歌という心象に直接訴えかける曲だからこそ為し得る迫力が、確かにこの舞台にはあった。
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
もはや演劇というより歌舞伎の見得となったそのセリフも、赤鉄先輩の口から発せられると不思議なくらい違和感がない。まあ『ハムレット』の作者であるシェイクスピアがこれを見たらどう思うか、とは少し思ったが。
(まあ怒るんじゃないの。でも、もしかしたら……)
「うん、かもね」
手を叩いて爆笑するシェイクスピアの姿が、一瞬だけ見えたような気がした。