part9
こんな最後の最後にも登校するなんて、私こんなに真面目だっけ? そんな風に茶化しながら自分自身を突き放すように笑った。
夜の学校は何もかもを吸い込んでしまいそうなほど空っぽだった。昼間の喧騒がまるで嘘だったみたいに、寧ろ今の姿が本来の姿なんだとでも言うように只、暗闇の中で静かに構えている。
ダメで元々のつもりでやって来たが、ふと見ると校門が開けっ放しになっていた。さらに真っ暗な中でただ一つ、南校舎三階の一番奥の教室だけ明かりが点いている。
美術室に誰かいる? まさか白石さん?
いやいや、こんな時間に有り得ないから。
頭の中に浮かぶ淡い期待を打ち消しながらも、足は自然と校内の方へ向かっていた。
校舎のカギも開けっ放しで案外すんなりと中に入ることが出来た。
美術室に向かう。いつも歩いているはずの廊下や階段は暗くやけに長く感じた。
足音を忍ばせてはいたが、誰かいる気配はしない。
美術室の近くに来た時にわざと一度大きく咳払いもしてみたが特に反応はない。
思い切って教室に入ってみると、中は誰一人いないもぬけの殻だった。
「まぁ、そうだよね」
少し気の抜ける思いも感じながら、改めて教室を見渡す。
絵の具が染みついた机に、デッサン用の石膏……その近くに誰かの忘れ物だろうか、彫刻刀が置いてあった。
私はその彫刻刀をこっそりポケットに忍ばせた。
誰だか分からないけど忘れてくれてありがとう。
私は今世界中の誰よりもターシャだ。私はもういつでも死ねる。
そんな事を思いながらふと壁の方を見上げるとそこには歴代の美術部員が描いてきた風景画や静物画、そして白石さんの描いてきた何枚かのカラスの絵が並んでいた。
砂埃に顔をしかめたカラスの絵。タイトルは『無題』。
車に轢かれた仲間の死体から目を背けるカラスの絵。これもタイトルは『無題』だった。
白石さんの作品の中で唯一題名の付けられていた作品は『飛翔』だけだった。何故だろう? 何か特別な思い入れでもあるのかもしれない。
そんな事を考えていると教室の隅に布で覆われた白石さんのキャンバスを見つけた。
私はキャンバスに歩み寄る。布一枚隔てた向こう側に白石さんの絵がある。
――どんなターシャがいるんだろう?
私はふと思う。
これまで白石さんは一度も描いている途中の絵を見せてくれなかった。
ずっと白石さんとのルールを守ってきたけど、もういいよね。
最後の最後なんだもん。白石さんが私の話を聞きながらどんなターシャを描いていたのか。せめてそれだけ知ってから死にたい。
キャンバスに掛かった布にそっと手を伸ばす。
布に手を掛け一息に払うとそこにはサポディラの樹の洞からこちらを真っ直ぐ見つめるターシャの絵――ではなくまだ下書きの段階だが、美術室で俯き加減に一人本を読む黒髪で眼鏡の女の子……私が描かれていた。
えっ? なんで、どうして? 頭の中が混乱する。
その時、美術室の扉が開く音が響いた。
「何してるの」
淡々とした聞き慣れた声。振り返るとそこには、白石さんがいた。