part6
白石さんが鉛筆から絵筆に持ち替えだした時期だった。
それは言おうと思って言ったのではなく、本当にふとした瞬間に零れたという表現がしっくりくる。
「私ね、もう死のうと思ってるの」
美術室に通い始めて一か月経ったある日私はポツンと呟いた。
静寂が訪れる。
白石さんの描く手が止まったのだ。
ごめん。邪魔しちゃった。いいのに。そのまま描いててよ。
「なんで?」
「……白石さん、私、この前家族の話したでしょ?」
「……うん」
「なーんか、もう限界かもしれなくて」
昨日、引きこもりの兄が、酔い潰れ寝ていた父の頭をビール瓶で殴ったのだ。
正確には掠めた形だったので大事には至らず、一応頭ということもあり3日間だけ入院することになっただけで済んだ。寧ろ救急で診た医師は頭の怪我よりもアルコール依存症の方を気にしていた。ひょっとするとこのまま精神病院に紹介されるかもしれないと市の相談員の人は教えてくれた。
兄はというと警察に事情聴取だけ受けたもののあくまで“家族同士の諍い”という所で落ち着き直ぐに家に帰ってきた。
兄は今まで以上に自分の部屋に引きこもり、ドアの前で耳を澄ませても物音ひとつしない。
ひょっとして……と思いノックするとドア越しに何かを投げつけてくるので辛うじて生きてはいるようだ。
兄にとっては拘置所や刑務所の方が我が家よりよっぽど良かったのかもしれない。
そんな事があったにも関わらずついに母は部屋から出てこなかった。寧ろ救急車やパトカーのサイレンにパニックを起こし私達に向け「出て行って! 出て行って!」と叫ぶばかりだった。途中救急隊員の人が小さく舌打ちをするのが聞こえたが、怒りなんかちっとも沸かず只々申し訳なかった。
私は、ぽつりぽつりと話し続けた。
最初はそこまで詳しく話すつもりは無かったが話し続けていくうちに次から次に言葉と……涙が溢れてきた。
――自分でもびっくりした。まだ泣けるなんて。まだ受け止め切れてないなんて……諦め切れてないなんて。
「ごめん。ごめんね……絵に集中できないよね。ターシャの話しようか。あのね、ターシャはね……」
私がそう言いかけた時白石さんは「いいよ。そのまま話して」とキャンバスに目を向けたまま言ってきた。
「本当に、話なら聞けるからさ。別に何か上手に言える訳じゃないけど……」
白石さんはボソボソとそう言って、励ましてくれた。
こんなに優しかったっけ? 思わず笑うと「何、ニヤニヤしてんの?」と白石さんは理不尽に怒りながらまたキャンバスに向かい絵を描き始めた。
明日の同じくらいの時間に更新します