part1
フィリピンのホボール島に生息する世界最小級のメガネザル「ターシャ」はデリケートな性格をしており強いストレスを感じると自殺を図るという変わった習性を持っている。
尚、本稿は『雑学百夜 烏という漢字が鳥という漢字と比べ横線が一本少ない理由』を先に読んでいただくといいかもしれません。
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ターシャ。
夕焼け色に染まっていく図書室の片隅。私は息だけの声で呟いた。
胸がほんのりと温かくなる。私は独りじゃないんだって安心する。
私は手元の動物図鑑を撫でた。
どうせ私以外誰も触ってすらいないのだろう。手垢一つない真新しいページのその奥からターシャがビー玉みたいな目玉をこちらに向けて来ていた。
『どうしたの?』
まるでそう言っているように見えるのは私が都合よく捉え過ぎだろうか?
「ねぇ、ターシャ。聞いてくれる?」
私がそう聞けばターシャはきっと食べていた好物のコウロギも放り出し興味津々な様子で私の話を聞いてくれるはずだ。
『えっ! 何々??』
「私、もう疲れたの」
『疲れた? どうして? 食べ過ぎ?』
「違うわよ。あのね、家にも学校にもこの世界のどこにも私の居場所が無くてね……」
『えっ? サポディラの樹の洞にも?』
そう言ってターシャはとぼけた顔をして笑ってくれるのかもしれない。
「もう~そんな所入れるのはあなたくらいよ。ねぇ……私ね。もう疲れちゃった。ずっと独りで頑張るのはもう嫌なの」
ターシャは自身の体より長い尾をサポディラの樹の枝に巻きつけながらふんふんと相槌を打つ。
『群れのみんなは?』
「誰も私の事なんか興味もないよ」
『ふーん』
「ねぇ、ターシャ。私はどうすればいいのかな?」
私がそう聞くと、ターシャは頭を180度回転させ天敵である“人間”が近くにいないか見回した後、私の耳に顔を寄せ誰にも聞かれないようにこっそりと教えてくれるはずだ。
『自殺しちゃえばいいんだよ』
ターシャはそう言って『ねっ?』と私に微笑みかける。
図鑑によると、その時はきっと猿の分類の中では珍しく2本しかない切歯がチラリと覗くはずらしい。
フィリピンに生息する世界最小級のメガネザル。それがターシャ。
体長が10㎝ほどしかない、とても変わったお猿さんだ。
特徴的なのは小さな体に不釣り合いなほどの大きな眼。
映画スターウォーズの『ヨーダ』や同じく映画グレムリンの『ギズモ』のモデルにもなっている。
人によっては苦手な見た目かもしれない。
だけど私は結構好きだ。
眼鏡をかけた私にそっくりな見た目も好き。陰で私のことをメガネザルと呼ぶクラスメイトもいるけどまるで気にならない。むしろターシャみたいと言われているようで嬉しい。
そして私が何より好きなのは、野生動物の中で唯一ターシャだけが持つ“ある行動”だ。
ターシャ。
彼らは“自殺”する。
ストレスに非常に弱く、天候による温度差などの環境の変化や、はたまた人間に触られたりすると強烈なストレスを感じ、そのまま木に頭を打ち付け自殺するらしい。
他の動物には見られないターシャだけの行動だ。世界中の動物学者がどんなに頭を抱えてもその行動の理由はいまだに解明されていない。動物が自ら死ぬなど本来ありえないからだ。
個人的にはありえない……訳ないじゃん、って思うんだけど。
とにかく、そんなすぐ死を選ぶ彼らを政府は絶滅危惧種に指定し、保護区の中で必死に守っているらしい。
だけど世界は優しくない。
皮肉にも政府が用意したその保護区を訪れた馬鹿な観光客が、残酷に笑いながらカメラをターシャに向けているそうだ。
ターシャは眩いカメラのフラッシュを全身に浴びた後、世界の全てに絶望し、自身の頭を木に打ち付け残酷な音をジャングルに響かせている。
そんな情景を想像すると堪らなく哀しいし、同時に少し安心する。
私だけじゃない。
良かった。
死にたいのは私だけじゃないんだ。
雑学を種に百篇の話を投稿しようと頑張っています。
『雑学百話シリーズ』
https://ncode.syosetu.com/s5776f/
今回はシリーズ初の長編です。
それほど長くなる事は無いとは思いますが。
どうぞよろしくお願い致します。