第伍話「遠い世界の住人」
Teller:羽島一矢
昼食を終えて大学に戻ると、学食の窓からこちらを見ていた高坂を発見した。
たぶん、神田が天城と外食に出たのが気に入らないんだろうな……ひょっとして、あいつも天城が女だと勘違いしてんじゃねーか?
そう思案する俺とは対照的に、翔太朗は能天気にジェスチャーを送ってる。
「講義行ってくるわ、また後でなー」
神田は教員免許取得のための講義を受けている。俺は教員になんてなる気ないし、他に受けたい講義もなかったから、何も受講してない。
「天城、次の講義は?」
「……この時間は講義ないよ?」
「そっか、教職組じゃないんだな」
どうやら俺と同じく暇らしい。
よくよく考えると、この状況……どうすりゃいいんだ? いつもこの時間、俺一旦家に帰るんだけど。
そんなことを考えてると、ニクスフォンに通知が入る……神田からのメールだった。
『天城ちゃん上手いこと説得してAFX誘って』
「面倒臭え……」
ザックリとした内容に、俺は溜息交じりで呟く。
「あ、えっと……邪魔なら僕、図書館にで―」「いや待て待て、誤解だって。面倒臭いのは天城じゃねーから」
そんな言葉に反応し、そそくさと退散しようとする天城を引き止める。
「神田がお前とAFXやりたいから説得しろ、ってさ」
「……それ、言っちゃっていいの?」
「いや俺からどう説得すんだよ、って話じゃね?」
むしろこういうのは本人が直接やるもんだろ、と。何で俺に任せようとするんだ? って話だし。
「まぁ俺も付き合いでAFXやる予定だけど、別にめっちゃ興味あるわけじゃねーからさ。AFOもやったことねーし」
……押して駄目なら、引いてみろ? ってつもりか? 神田が何考えてるか知らねーけど、俺は手伝わねーからな。
「それに天城とやりたいなら、神田が自分で誘うのが筋だろ? 俺から誘うのは何か違う」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだって」
天城は何だかよくわかってない様子で首を傾げてる。
……いやこれ、神田が真面目に押し切ったら行けるんじゃねーか?
「まぁ何にもせずに成果なし、とかだと神田がうるせーから。悪いけどちょっと付き合ってくれ」
そう言って天城をバイクの方へと促す。
「……どっか行くの?」
「大学にいてもやることねーからな。その杖折り畳めるよな? バイクに積むから」
天城曰く、杖がなくても少しの間なら大丈夫らしい。学内を動き回ったり、通学する分にはないと困るみたいだけど。
「天城ってさ、タンデムさっきのが初めてだよな?」
さっきは神田が強引に乗せてたし。店までそこまで距離も離れてなかったから、特に何も言わなかったけど。
「……タンデム?」
「バイクで二人乗りすること。とりあえずヘルメットと手袋と……天城にはちょっとデカいだろうけど、これも」
ヘルメットと手袋、ジャケットを手渡す。タンデムの際の注意点を説明がてら、実際に乗ってもらう。乗り降りに関しては少し手間取ったけど、まぁ何とかなりそう。
にしてもジャケットのサイズ、ちょっとどころじゃねーな……いやでもないよりはマシか。
「ニーグリップ出来そうか?」
「んー……たぶん?」
ちょっと不安、ってとこか……ならグラブバー持たせるよりは、身体の方がいいな。
「さっきみたいに腰に腕回してくっ付いといて」
「……邪魔じゃない?」
「その方が安定するし、曲がるのも楽だから」
講習だとグラブバーと肩をそれぞれ掴ませる、って習うけど。あのやり方、一般道だと若干運転しづらいんだよな……いや、かと言って神田みたく、グラブバーだけ掴まれるのも困るけど。
「羽島君のバイク、あんまり見ないデザインだね」
「ん? あぁ、かなり古いバイクだからな」
これは昔、親父がお袋と結婚した時からずっと使ってたバイクだ。高二の終わりに免許を取ってから時々借りてたけど、進学祝いと称して親父が譲ってくれた。
親父、新しいのが出ても買い替えもせずに、ずっとこれに乗り続けてたな。基本的に物持ちが良すぎるんだよ。
そういや昔は、俺が後ろに乗ってタンデムツーリングしてたな……親父的には、こんな感じだったんだろうか?
二十分程で目的地に到着。
「……リサイクルショップ?」
「ちょっと探し物があってな」
「探し物?」
「昔のカードゲームなんだけど、全然見つからねーんだよ。天城も何か気になるもんあるなら見てこいよ、俺のはすぐ終わるから」
俺はカードゲームコーナーへと足を進める。とは言っても、もう何年も探してて見つからないんだよな……既に展開の終わったカードゲームだし、ネットで探しても出品もないし。
「やっぱねーか……」
予想通り、コーナーを見渡してもそれらしいカードは見つからない。ストレージを漁れば、ひょっとしたら一枚くらいは見つかるかも知れない。
いやでもそれがお目当てのカードとも限らないし、徒労に終わるだけだ。時間が勿体ない。
で、天城はというと。模型コーナーにいるのを発見した。ショーケースに並んでる鉄道模型に目を輝かせ、ずっと眺めている。
いや完全にこれ、玩具に釘付けになってる小学生そのものだな。
「天城、鉄道好きなのか?」
「え? あ、いや別に……」
「いや隠さなくてもいいって、俺だってカードゲーム探してたんだし。で、どれ見てたんだ?」
天城がショーケースでじっと見つめてた辺りに視線を向ける。
「スワロー、エンゼル……? これの名前か?」
「うん」
俺の「隠さなくてもいい」という言葉に安堵したらしく、天城はショーケースに飾られている蒸気機関車の模型に再び視線を向けた。
ふと、その模型の脇に置かれている値札が目に入る。
一、十、百、千……万?
「七万!?」
「うん、安いよね」
「安いの!? いや高くね!?」
そんな俺の指摘にあぁ、と納得した様子の天城。
「あ、うん。値段は高いよ? でもこれ、もう生産してないし」
「鉄道模型って、金掛かる趣味なんだな」
「んー……僕もさすがに、この大きさのは持ってないよ? 集めてるのはそっちの小さい方」
天城が指した下段にあるのは、ケースに入った小さめの模型……いや待って、それでも万単位の値札付いてるんだけど?
「いや、これ集めてるって……」
「まぁ……蒸気機関車、普通の電車より高いから」
苦笑いで答える天城が、少し遠い世界の住人のように思えてならなかった。
そんなこんなで店を後にし、大学へと戻る途中。
「どうしたの?」
「ちょっと寄り道」
河原にバイクを停め、ヘルメットを外す。
「大学の中だと聞きづらいし、天城も答えにくいだろうからな」
俺が何を聞きたいのか察した天城も、ヘルメットを外した。
「……僕の足のこと?」
「そんなとこ。答えなくないことは答えなくていいからさ」
「別に。聞かれて困ることじゃないよ」
そんな風に告げて、天城は淡々と話し始めた。
高校に入学した直後に交通事故に遭ったこと。一命は取り留めたけど、高校生活の大半を車椅子の上で過ごしたこと。
杖で歩けるようになったのは、ここ半年くらいのことらしい。
「杖なしで歩けるようになるのか?」
「先生曰く、リハビリ次第? ……そもそも杖で歩けるようになっただけでも、奇跡的な回復だって」
仮に歩けるようになったとしても、人並みの運動は難しいそうだ。
「そっか……まぁ良かったな、歩けるようになって」
そう言って視線を向けると、天城は困惑した表情でこちらを見ていた。
「どうした?」
「えっと、その……良かったな、って言われたの。初めてで」
「いやだってさ? 同情とかされるの、嫌だろ?」
話してる時、そんな顔してたしな。