第四話「気後れなんて」
Teller:御崎志穂
「何よあの女」
ボソリと呟いた高坂さん。その視線の先にいたのは……。
「あ、あの子……」
確か、天城さん……だったかな?
お昼前の講義で自己紹介してたけど。何だか近寄りがたいというか、素っ気ないというか。あんまり仲良くなれそうにないな、って感じの雰囲気の子。
でも、どうして神田君たちと一緒にいるんだろ?
高坂さんの視線に気付いたのか、神田君がこちらを見る。「教室へ行く」とジェスチャーで示すと、そのまま羽島君たちと離れて一人で教室へと歩いていった。
「あんの馬鹿……!」
神田君を追い掛けるように教室へと向かう、あからさまに不機嫌な高坂さんに付いていく。
でも気持ちはわかるんだよね。自分の誘いを断った人が、他の子と一緒にいたわけだし。
「ちょっと、翔太朗!?」
「おう高坂、何や機嫌悪いんか?」
「あんたのせいでしょ、あんたの!」
開口一番、素っ頓狂な質問で高坂さんの火に油を注ぐ神田君に私は閉口していた。
「誰よあいつ!? 人の誘い断っといて、別の子と外でお昼!?」
「ん? あぁ、天城ちゃんのことか」
……ちゃん? 少なくとも、私の知る限り、天城さんが誰かと一緒にいるところを見たことはない。さっきの講義でも一人で、神田君たちとは離れて座っていたし。
それに神田君は基本的に呼び捨てで呼ぶ。例外はイッチ、とあだ名で呼ばれてる羽島君くらい……。
天城さん、って……?
「女の子の誘い断っといて、他の子とご飯食べる普通!?」
「いや、自分かて俺の誘い断って他の奴と飯食う時あるやん? 今日かて約束してたわけでもなし、そんなんお互い様やろ」
あ、約束とかしてたわけじゃないんだ。
「で、何なのよあいつ。まさかAFXに誘う気じゃないでしょうね?」
「誘ったで?」
「はぁ!? 翔太朗、あたし言ったわよね!? 四人でしかパーティー組めないんだから、下手に人数増やすなって!」
「いやいやいや。いつもその四人が必ず集まれる、とは限らんやろ? やったらばもう何人か集めて、いつでも四人パーティー組めるようにしといた方がえぇやん?」
ま、フラれたけどな? と神田君は笑う。
その言葉を聞いて、私は少し安堵した。
「AFOはやってたらしいんやけど、なーんかえぇ思い出がないらしくてな? やりたないらしいわ」
「だから! あんたが男子、あたしは女子に声掛けるって決めたでしょ! こっちはこっちで大変なんだから、好き勝手に勧誘しないでよね」
うーん……高坂さんの言うことにも一理あるかな?
何だかんだ、一回生の女子グループはほぼ固まりつつあるし。下手に勧誘して軋轢が出来ると、いろいろと大変だし。
「はいはい、わかったわかった。女の子はお前に断りなく誘わんかったらえぇんやろ……で? お前が御崎と一緒におる、ってことはつまり、そういうことやな?」
「そう。あんたのリクエスト通り、可愛い子誘ってきてあげたんだから」
……可愛い、子?
「わ、私!?」
というか、人選が可愛い子って……神田君、それでいいの?
いや! 嬉しいか嬉しくないかで聞かれたら、そりゃ嬉しいんだけど! でも、私地味だし! いやそうじゃなくって、ゲーム遊ぶんだから見た目とかじゃなくて……。
「ね? 可愛いでしょーしかもAFOプレイヤーよ?」
「んー……御崎、AFOやってたんか? ってことはあれか、黒瀬もか?」
「うちのこと呼んだー?」
突如、背後から抱き締められた。私にこんなことする子、一人しかいない。
「綾ちゃん!? 体調悪いから休むって……」
「うん、朝の講義はね?」
それならそうと、ちゃんと教えてよ……。
「で、志穂? うちが寝てる間に何してたの?」
綾ちゃんは私の幼馴染み。小学校に入る前から、今までずっと一緒。もちろん、AFOでもそうだったし、AFXもそのつもりだ。
「あのね? 高坂さんがね、AFXを一緒に遊ぶメンバー探してたの」
「ふーん……なるほど、そういうことね」
その言葉で全てを察したらしい。
「高坂さん? 志穂とAFXで遊ぶならウチもセットになるけど、もちろん承知の上よね?」
「えぇ、御崎さんから聞いてるわよ」
高坂さんには、声を掛けた時点でちゃんと話してるから大丈夫。
「なら良し、神田君も異論ない?」
「ま、女子は高坂にお任せやでな」
神田君はそう言って肩をすくめる……先程の高坂さんの言葉で釘を刺された形だけど。
何とか無事、許可をもらうことに成功。
「俺、イッチ、高坂、御崎、黒瀬……これでやっと五人かー」
「あんたまだ増やす気? まだサービス開始前なんだから、そんなに慌てて増やさなくてもいいじゃない」
「いやいや。むしろ始まってからの方が、学内でメンツ集めるん大変やと思うぞ? あと一人か二人、今のうちに確保しといた方がえぇやろ」
神田君は輪を広げたい、高坂さんは輪を深めたい……そんな感じなのかな?
「女子はこれ以上無理よ? AFOやってた子はある程度もうメンツ固まってるし、興味ない子もそこそこいるんだから」
「やったらば、残りは野郎で集めるかー……」
神田君が少し残念そうなのは気のせいだろうか?
「最低限、清潔感のある男子にしてよね?」
「要するにそれ、ただしイケメンに限るってことやろ? こんなイケメン二人も捕まえといてまだ足りんのか、高坂は」
「あんたは喋ると残念なイケメンだし、羽島なんか乙女ゲームの鬼畜眼鏡みたいなキッツい顔してんじゃないのよ。正統派イケメン連れてきなさいよ、正統派」
あー……うん、まぁ否定しづらい。でも実際、このメンバーの顔面偏差値、凄く高いんだよね。
神田君は言わずもがな。羽島君もちょっと強面だけど普通にイケメンの部類だし、高坂さんも綾ちゃん美人だし……何だろう?
今更ながら、私だけ凄く浮いてる気がする。私、この集団にいていいんだろうか?
「顔が良い方がって高坂さんの意見はまぁ、ウチも全否定しないけどね。それよりむしろプレイングスキルない人と組む方が大変だから、その辺りもよろしく」
「男は顔じゃないわよあんたたち、中身を見なさいよ中身を!」
「翔太朗が言っても説得力ゼロよ、ゼロ! って言うかその口調やめなさい!」
「酷い、酷いわ、高坂……アタシ、あんたの口調真似てるだけよ!?」
「それ尚更ムカつくわよ!?」
「本当、羽島君……よくこんなノリに毎日付き合えるよね。尊敬するわ、うち」
あぁ……いつもいつも、そんなことばっかり言ってるから、「黙ってればいいのに喋ると残念すぎるイケメン」なんて言われるんだよ。神田君。
そんな騒がしさも、講義が始まるとどこへやら。ほぼ皆、一心不乱にメモをノートに取っている。
と、そこへ綾ちゃんがノートにこんなことを書いて、こちらへ回してきた。
『マジであのグループ入るの? 大丈夫? 志穂が大丈夫ならいいけど』
若干、不安がないわけじゃない。でも、私から声を掛けたんだから、もう決心は付いている。
天城さんが、どういう立ち位置なのかわからないけど……でも、気後れなんてしてられない。
『大丈夫』
綾ちゃんは肩をすくめて、再びノートに返事を書き込んだ。
『まぁ頑張って、応援はするわ』