第参話「見知らぬ顔」
Teller: 高坂千夏
「あー……高坂、すまんけどな? 俺ちょい野暮用あんねん。今日はパスでー」
「えー? 何よそれ、ノリ悪っ」
「スマンスマン」
そんな気のない返事しかしない翔太朗に、あたしは若干苛立ちを覚えた。
「あーもう! 翔太朗ってば本当、気分屋なんだから! 行こ、御崎さん」
「う、うん」
あいつ……まさか自分で言っといて、すっかり忘れてるんじゃないでしょうね?
「ゴメンね? あいつ、基本的にあんな感じだからさ」
「ううん、私は全然。むしろ誘ってもらえてありがたいというか」
翔太朗が「せっかくやで一緒に遊ぶメンツ、学内で集めたいねん。高坂なら可愛い子集めれるやろ? よろしく!」とか言うから、わざわざ探してあげたのに!
「そう? なら良かった、ちょっと意外だったけどね。御崎さんみたいな真面目そうな子が、ゲームなんてやるんだーって」
「うん。高校の時に【アルカナフォーミュラ・オンライン】やってたから。今度の―」
「ウッソ、御崎さんもAFOやってたんだ!?」
んー……これは予想外ね。まさかAFOプレイヤーだったなんて。
【アルカナフォーミュラ・オンライン】。
ジーディー・カンパニーが5年前に開発した、VRMMORPG。更に遡って10年前に発売した、オフラインRPG【アルカナフォーミュラ】の世界が舞台。
その続編であり、最新作でもある【アルカナフォーミュラ・エックス】が、もうすぐサービス開始となる。
「高坂さんもやってたの?」
「まぁね、人並みには」
学食で昼食を頼み、席へと向かう。食事がてら翔太朗たちと話そうと思っていたので、今日は他に誰も誘ってない。
AFOに引き続き、AFXのパーティーメンバーは四人までだということはアナウンス済。クランやギルドの類の情報はまだ出てないし、「現時点で人を集めすぎても揉め事になるだけよ?」と翔太朗にも釘を刺してある。
「でも、まさかアップデートじゃなくて、完全新作として出してくるとは思わなかったわ」
「プラットフォームをニクスフォンにするためなんだろうけど、思い切ったなって感じ。でもAFOのアバターも、ちゃんとコンバート出来るみたいだから良かったよね」
「ただかなりシステム面とかゲーム性も変わるみたいだし、どれだけ引継要素があるかもまだ何とも言えないのがねー……」
それなりにAFOを遊んできたあたしからすると、引継要素はかなり重要。
「私はアルカナがより重要になるのが嬉しいかな? ほぼ物理で殴れば勝てる、みたいなゲームになっちゃってたから……【アルカナフォーミュラ】らしくなかったなって」
「あーわかる! 複合武器とか、本っ当バランスブレイカーだったもんねー……大外れもあったけど」
「あ、うん……機巧球だよね?」
「そう。あれ、本当酷かったわ」
複数の属性を持つ武器は、基本的にどれもこれも優秀で、戦闘を優位に進めることが出来た。
だけどそんな中で、ほぼ唯一の例外と言っても過言じゃなかったのが、機巧球。
「御崎さんも知ってるよね? あの都市伝説」
「アルターレコードの?」
「そうそう、それ」
アルターレコード。
AFO史上最大規模にして、悪い意味での伝説として今でも語り継がれている。何の告知もなしに、突発的に行われたレイドイベント。
「一応。でも私、その頃はまだプレイヤーじゃなかったから」
世界の中枢都市である、オピウーコスの最深部。絶対に入れないとされていた、その場所へと足を踏み入れたとある人物が起動させたのは超古代文明の殺戮兵器だった。停止させることが出来るのは、制御端末を手に入れたその人物ただ一人。
しかしその力に魅入られたその人物は、世界を滅ぼそうとしていた……。
なーんて、何だか不可解なイベントの経緯のようなものが発表されたのよ。
それもイベント終了後に。
「……あの都市伝説、まさか本当なの?」
公表されたこの経緯は、ノンフィクションである。とあるプレイヤーがクラッキングを行い、AFOの管理権限を掌握。調整途中のイベントを無理矢理発生させ、そのプレイヤー自身がボスとなって他のプレイヤーたちを蹂躙した。
これは、実際に起こった事件なのだ……というのが、都市伝説の内容。
「まさか。たかが一プレイヤーに、そんな大それたこと出来るわけないじゃない。あんなの根も葉もないデタラメよ」
このイベントが伝説とまで呼ばれ、そんな馬鹿みたいな都市伝説まで囁かれるようになった由縁。
それはそのトチ狂った難易度。当時ランキング上位に君臨していたランカーたちをことごとく蹂躙、多くのプレイヤーにトラウマを植え付けた。挙げ句、ネットに上がった都市伝説に、運営側が悪ノリした。
その結果が「記録改竄」だなんて、ふざけたイベント名称なのよ。
「たぶんエンドコンテンツ、その一つとして用意していたはずのイベントだったと思うわ。それが運営のミスか何かで、意図していないタイミングで発生。そんなとこじゃない?」
「うん……そんな感じするね、現実的に考えると」
少なくともあたしを含め、イベントに参加したプレイヤーのほとんどはそうだと思ってる。
このイベントのエネミーにして、レイドボスが実際に使用していた武器……もとい、制御端末そのものこそが、機巧球だったんだから。
「ただ、このイベントが発生した結果……機巧球がいざ実装される時に、かなりの下方修正がされたんじゃないか? って話よ」
ダメージ計算にステータスの能力値が乗らない。元の武器自体の攻撃力が弱い。挙げ句にその劣悪な操作性、全く使い物にならない。
レイドボスが扱っていたのと全く同じ形状のそれは、とんでもない産廃と化してプレイヤーの元へとやってきた。
「期待してた一部のプレイヤーからは猛反発があったけど、実際んとこ仕方ないわよね……あんなの」
まぁAFXでは、アルカナの属性と物理属性が統合されるらしいし? 複合武器自体もたぶんなくなるだろうし、あたしとしては万々歳。
「……あ、もうこんな時間」
「ゴメン、話脱線しちゃったね。とにかく。次の講義、翔太朗も同じ教室だし、改めて話しよっか?」
食べ終わってもつい、話に夢中になってて。昼休みもあと少し。
そろそろ教室へ向かわないと間に合わない時間だ。
「うん……? ねぇ、高坂さん、あそこ」
そう促され、学食の窓に視線を向けたあたしの目に飛び込んできたのは…… 。
「神田君と羽島君、と……?」
あの二人は大体、休み時間はいつも一緒にいるから別におかしくない。
問題は、そこにもう一人、見知らぬ顔が混ざってるってこと。
「何よあの女」