第弐話「そう悪くもない選択肢」
Teller:羽島一矢
あー……笑った笑った。神田の奴、まさか天城を女と間違えてたとか。マシでウケんだけど。
目の前でふてくされてる天城の顔は、確かにぱっと見じゃ男には見えねーけど。でも全体的に観察したら女ってよりはどっちかと言うと中性的、というかむしろ子供。
いやまぁ、おかげで面白いもん見れたし。神田が飯まで奢ってくれんだから。天城様々だな。
「なぁー? えぇ加減機嫌直してーや、天城ちゃん」
「だからちゃん付けすんなっての!」
で、何の因果かこうしてラーメン屋まで三人で来るハメに。いや神田の奢りだし、別にいいけど。
「あ、そや。自己紹介改めてしとくわ。俺、神田翔太朗。そっちにいるんはイッチ」
「羽島一矢な」
ふてくされ気味に頬杖をつき、テーブルの反対側にいる天城は、横目で隣の神田に白い目を向けている。
いや半ば拉致したようなもんだしな。ほぼほぼ初対面でここまで精神的にも物理的にも距離詰めりゃ、警戒されて当然だろ……いや言ったところで無駄か。
むしろ神田や天城にこっち側に来られても狭いだけだし、俺に何のメリットもないから放置。
「本っ当、何なの……君ら?」
「いやあ、新生活やのにボッチで可哀想やし? 天城ちゃんのせっかくの可愛い顔が台無しやなーとおも―」
「喧嘩売ってんのか!?」
本気で嫌がってる天城に対し、神田は本気で面白がっているらしくケラケラと笑う。まだほんの数日の付き合いだが、神田の性格は大体把握してる。
「いや俺は飯奢られに来ただけだから」
と、遅れながらも一応断っておく。
「うむ。アッシー君大義であったぞ、イッチ」
「バイクで二人運ぶとか馬鹿じゃねーの? お前、次奢る時は車で学校来いよ」
「俺の運転、信用出来るんけ?」
「いや無理」
こんな風におちょくり始めるから面倒臭かい。俺はスルーを選んだ。その結果がイッチ、とかいう変なあだ名だ。
「ちなみに神田、終始こんな感じだからな。二人きりよかマシじゃね?」
ついでにそう補足しておく。俺がいなかったら、延々とこいつにイジられ続けるのは容易に想像が付くしな。
それは天城も同様だったらしく、ガックリと肩を落としてうなだれていた。
「何やイッチ、自分だけ好感度上げようって魂胆か。せっこいやっちゃなー」
「仮に上がるとしても相対評価で判断された結果だよ、愉快楽犯」
神田。俺は少なくとも、お前よりは天城に近いからな?
別に誰かと特別、仲良くなろうとかなりたいとか思わない。が、天城みたく絡んでくる奴をいちいち拒む気とかもないだけで。
「普段でも若干、畿内語のアクセント混ざってるよな、天城って。家は南部か?」
「……そうだけど、何?」
「いや単に気になったから聞いただけ」
接触前の神田には、天城が仏頂面に見えてたらしいけど。現に神田にちょっかい掛けられて、今はいろんな表情を見せている。
この反応から察するにだ。人との会話に慣れてない、会話は嫌いじゃないけど苦手? いや、単に人見知り……ってとこか?
そうこうしてるうち、注文したラーメンが届く。俺はあっさり系の大盛、神田はこってり系の普通盛、天城は……ラーメンじゃなくて炒飯。
神田が「何でラーメン屋に来てラーメン頼まんのや!?」と驚愕しつつ、ツッコミ入れてたな。けどそんなもん、「頼める以上は人の勝手だろ」と思う。いや実際、店員の方も困惑してたが。
「やっぱ、ここのラーメンは天下一品やなー……さすがに本店には劣るけど」
「いや小声でもやめとけ」
「ほれ、天城ちゃんもちょっと食ってみ? 遠慮せんと」
「……ニンニク苦手だし、こってりは無理」
まぁここのラーメン、全体的にこってり寄りだもんな……俺が頼んだあっさり系にも、そこそこ背脂入ってるし。
いや。つーかいつまで経っても埒が明かねーな、これ。
面倒臭え……さっさと終わらすか。
「いい加減本題進めろよ。そもそも神田、お前天城のどこに興味持ったわけ?」
「何となく?」
「……マジで言ってんならお前、今すぐ天城に土下座して詫び入れろ」
「おぉ、イッチが珍しくマジな目しとる」
「茶化すな。よくわからん変な空気のまま、ずっとメシ食う羽目になってるこっちの身にもなれっての。いくら奢りでも疲れんだよ」
「……ちゅーてもなぁ、理由はイッチとそんな変わらんぞ? 何となく、絡んでみたらオモロそうな気がした。そんだけ 」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、そう答えた……こいつ、やっぱ食えねーな。
そんな神田を天城はきょとんとした表情で見ていた。
「初めは仏頂面やし、いけ好かんなぁーと思ってたけどな? ……ぶっちゃけ辛気臭さ全開で、見てて何かイラッとしたのも事実やし」
「いやぶっちゃけすぎ」
何となく講義中のこいつの表情から察してはいたけど、ここまでとは思ってなかった。
悪びれもせず、自分の思ったことをそっくりそのまま口に出す神田。さすがの天城もツッコミを入れることすらなく、ただただ呆然としている。そりゃ困惑もするわ。
「ま、話してみて? しょーもないのやったら? 適当におちょくるだけおちょくって帰ったろかな? と」
いとも容易く行われるげつない行為。
「鬼かお前は」
そんな俺のツッコミを制止しつつ、「でもな」と付け加えて神田は続ける。
「実際んとこ、おちょくって終わりにすんのはちゃうかなー? と。イッチと違って、コロコロ表情が変わるんもオモロいし? さっきも言うたけど、ボッチにさせとくんはホンマに勿体ないし……何か、放っといたらあかん気がしたでな」
ノリと勢いだけの奴かと思ったら、こういう妙に鋭い勘みたいなの持ってたりするんだよな……こいつ。
「天城からすりゃ余計なお世話じゃねーの?」
「本気でそう思ってたら、とっくの昔に助け呼ぶなり何なりしとるやろ……なぁ?」
そう同意を求められるも、天城は眉間に皺を寄せたまま黙り込んでいる。図星か?
「確かに強引には連れ出したで? けどイッチがバイクで自分を店前に置いて、俺と戻ってくるまでに、いくらでもやりようあったやろ?」
……まぁ、確かに。神田の言うことも一理あるな。
「ちなみにやけど……逆にイッチがそのまま戻ってこんかったら自分、どうする気やったん?」
「あ……」
「ま、そういうわけや。納得したけ、お二人さんや?」
「そのドヤ顔ムカつくからやめろ」
俺が神田を連れて戻ってきた時、律儀に店前のベンチで座って待ってた。その時点で天城はお人好し確定、と。
「人間、持ちつ持たれつ……ギブアンドテイク、要は利用してナンボやろ?」
「いやその発想はおかしい」
と口では言ったものの、あながち間違いでもねーしな。うちの大学、ドが付くレベルの田舎にある大学だから。
そんな小さな中での人間関係なんてたかが知れてる。ある程度時間が経てば、ほぼほぼ固定のメンツで行動するようになる。
「俺は現時点でもそこそこ交友関係広いけど、もっとオモロい奴と絡みたいわけや。イッチや、自分みたいなんとな」
乗り遅れた奴は大抵、二回生になるまでにドロップアウトするか、四年間をほぼボッチで過ごすかのどちらかだ。
最低限の交友関係は整えておいて損はない。
「そこんとこ踏まえて、どや? 俺とつるむんも、そう悪くない選択肢やと思わんけ?」
であれば、神田みたいな奴と関わっておく……というのは、実のところそう悪くもない選択肢だ。
「本っ当、性格悪いよね? ……翔ちゃんって」
「……おう? ぶっちゃけ、カスやで?」
いや、まぁ…… 悪くもないってのは、神田だからだけど。