飾らない自分を見せる
ほどなくして、演武会は始まった。
武術をまるで魔法のように思っていた頼子だが、意外とその学習者はいるようで、演武会ではそれなりの人数が己の技を披露することになった。
空手や合気道といった頼子も知っているものは言うに及ばず、古流の兵法や忍術なども、道場にも似た拝殿の舞台の上で披露された。
この演武会では、先に弟子クラスの人達が披露することになっている。
理由は簡単。弟子と師、その両方の面目をたてるためだ。
弟子の演武は、どうしても師のソレより見劣りする。なのでもし師範の演武を見せた後に弟子の演武を行うと、観客は悪い意味でのギャップを感じ、退屈になってしまう。弟子もまた、やる気を失ったり、余計な気負いを覚えて失敗しかねない。
ならば、弟子→師の順番にした方が、弟子の演武の評価がクリアーに見られやすい。また、その後に師が弟子より良い演武をすれば、師の評価が相対的に上がる。弟子と師範、お互いがお互いの「引き立て役」になるのである。
そういう理由から、頼子の方が常春よりも早く演武をすることになったわけだが、
「やばいやばいやばい……緊張する、またトイレに行きたくなりそう…………!」
早くも再度もよおしてきそうなほど緊張している頼子。
現在、頼子は観客と離れた位置で形成されている列の一部になっていた。夏だというのに寒そうに手をこすりあわせていた。
一人、また一人と演武が消化されていく。自分の番になるまで、着実に順番が縮まってきている。
踏み込みやら掛け声やら拍手やら、いろんな音が聞こえてくるが、そのどれもが自分を追い詰める声にしか思えない。
逃げたい。逃げ出してしまいたい。
けれど、それはできない。そんなことをすれば常春の面目を潰してしまう。何より、演武会に出るかわりに、夏祭りを一緒に回って欲しいというお願いを聞いてもらった後なのだ。約束は守らないといけない。
せめて、せめて緊張を緩めなければ。
頼子は緊張緩和の方法を必死に考える。しかし、思いつかない。
常春に一回手をぎゅって握ってもらえば……と考えかけてやめた。彼に依存しているみたいで嫌だ。
しかし、やはり他に思いつかない。
一人で地団駄を踏みそうになった、その時。
『えー、続きまして……『英武館』、槙村公平君。槙村公平君の、演武となります』
知った名が聞こえてきた。
頼子はハッとする。
——槙村。
少し前まで、ちゃらんぽらんを体現したような男だった。可愛い女子は盛った犬のように見境無く口説きにかかり、クラス内で立場の弱い男子には男としての経験差を鼻にかけた揶揄を繰り返してきた。頼子にもしょっちゅう体目当てで粉をかけてきていた。
そんな槙村が、頼子は嫌いだった。
その分、最近の槙村の変貌ぶりは、驚愕の一言に尽きる。
茶色く染色されていた髪は綺麗さっぱり坊主となっており、カースト上位の女子にキャピキャピ話しかけられても「ああ」だの「おう」だの素っ気ない返ししかしなくなった。瞳に、醒めたような光が常に浮かぶようになった。頼子のこともナンパどころか、一瞥すらしなくなった。
槙村は変わった。色狂いの道楽者から、ストイックな求道者に。
そのきっかけとなったのは、間違いなく「武」だ。
見てみたいと思った。槙村のそんな「武」を。
頼子は、槙村に注視していた。
槙村が舞台上へ悠然と登る。観客の方を向く。……その顔には緊張の色などカケラも見られない。
槙村は動き出した。
演じる型は『三戦』。那覇手系空手の基本である。
というより、槙村はこの型しか知らない。師範の下地がなかなか新しいモノを学ばせてくれないのだ。
最初はその教えに疑問を持った槙村だが、今では迷わず『三戦』に集中している。
空手の源流は中国拳法。その中国拳法では、基本をしっかりしつこく練り上げた者が達人になる。下地はその古来の修行法と同じように、弟子達に基本を徹底的に練らせている。
槙村はその教えを信じ、ひたすらに基本を修行してきた。
その成果が今、武神の社で花開いていた。
拝殿の木床に根を貼ったがごとき立ち姿から、滑るように一歩ずつ進み、止まった位置から正拳を放つ。
立ち姿と動きは戦車のごとく重厚で盤石。吐気に合わせて進む正拳は、一瞬たりとも気が抜けていない。終始シームレスに意識と呼吸を集中させた拳。
彼の演武がどれほどの水準に達しているのか、頼子には分からない。
けれど槙村の顔からは、上手くやろうという感情が一切感じられない。
「自分に出来ることをやるだけだ。見たきゃ勝手に見ろ。褒めるのも批判するのも勝手にしろ」。喋ってもいないのに、そんな言葉が聞こえてきそうだった。
やがて、演じきったのか、槙村は構えを解いて直立姿勢となり、一礼。
拍手が飛ぶ。
それを意にも介さず悠々と舞台を降りていく槙村の姿を、頼子は見えなくなるまで見送った。
——自分は、なんと贅沢な悩みを抱いていたのだろう。
いくら頑張っても、自分は自分の実力以上のモノを見せることができない。
ならば、格好をつけようとはせず、自分の出せるものを出すしかない。格好つけてもそれ以上は出せないのだ。
失敗したらそれでもいい。それが自分の今の限界なのだ。
何より——あたしは常春と分かり合いたいがために、武術を習い始めたんだ。人に見せて自慢するためじゃない!
頼子はようやく腹をくくった。
槙村の後も演武が消化されていき、ようやく自分にお鉢が回ってきた。
『続いての演武は、宗方頼子さん。演武内容は、中国拳法『弾腿』』
スピーカーで拡張された音声が自分の名を呼んだ瞬間、頼子は条件反射で身を震わせ、その震えを気合いですぐに打ち消した。
拝殿の舞台へ続く階段でぽっくり下駄を脱ぎ、裸足で上がった。舞台の床材は思ったよりしっかりしたもので、強く踏んでもびくともしなそうだ。
眼下には大勢の見物客。
無数の眼差しに身を射られ、すくみ上がりそうになる。しかし、我慢する。
呼吸を整え、思考を整え、意識を整え、心を整える。
今、結構素敵な発見をした。心の持ちようが肉体に影響を与えるが、その逆もしかりなのだ。肉体を、呼吸を整えると、逆説的に心の沈静をもたらすのだ。
力を無理に抜こうとするのではなく、力が抜ける骨格の形に整える。そうすると緊張はほぐれ、連鎖的に意識もほぐれる。そのための姿勢はすでに常春から教わっており、頼子の神経にすっかり馴染んでいた。
ほぐれた意識が続いているうちに、頼子は常春から教わった『套路』を開始した。
一路『衝捶』、
二路『十字腿』、
三路『劈打』、
四路『撞扠』、
五路『架打』、
六路『双展』、
七路『単展』、
八路『蹬踹』、
九路『碰鎖』、
十路『箭覃』、
演じた套路は、計十式。
常春から教わった時は一式ずつ教わっていたが、今回頼子はそれら十式を電車のごとく連結させて演じてみせた。
常春から教わっていない。完全に頼子のアドリブだが、弾腿を何度も体に通していれば誰でも分かるであろう法則であった。
中国北方拳法には星の数ほどの門派がある。しかし、それらを繋ぐ「基本」はすべて共通している。
その「基本」とは、「歩形」。すなわち、立つ足の形。
それらを把握していれば、異なる拳法同士であっても、まるで鎖のように繋げられる。
何より、この弾腿は、それらの「歩形」を身につけるための基本功なのだ。
気が付くと、十式すべて終えていた。
ほとんど無意識だった。
体の中に刻み込まれた「法則」の赴くままにやった。不思議なことに、今までで一番気持ち良く技を行えた。
十式も一気にやったのに、額にはうっすら汗が浮かんでいる程度。
心地が良い。まるで、空に浮かんでいるような、原始的高揚感。
だがその高揚感を、爆発的歓声と拍手が押しつぶした。
「きゃっ」
頼子はびっくりして、ぴょいんと跳ねる。
下の人々は、頼子に拍手を送り続けている。
頼子は照れたように笑い、そそくさと壇上から降りたのだった。
弟子クラスの演武がすべて終了した後、師範クラスの演武が始まった。
やはりと言うべきか、当たり前と言うべきか、これまでの演武とは数段上のクオリティを誇る型の演武に、観客は今まで以上に沸き立った。
特に観客のウケが良かったのは、常春の蟷螂拳の演武であった。
腰を据え、一技一技に気を込めるような質実剛健たる演武とはうって変わった、非常にアクロバティックかつスピーディな動き。
猿のごとく身軽な体捌きもそうであるが、特に他を驚かせたのはその手法の迅速さだった。稲光のごとく前後へ駆ける常春の両手は、もはや歓声を発する余裕すらなく、観客らを茫然とさせた。
跳躍、閃光、突風。それらの言葉を否が応でも頭に浮かべさせる常春の技法が、およそ一分ほど続く。
収式を終え、抱拳して一礼した瞬間、今まで静まり返っていた観客が、まるで圧縮された爆竹のごとく一気に沸き立った。
そうして背中を見せ、舞台から去ろうとした常春が感じたのは——貫くような誰かの視線であった。
お気づきの方もおられるかと思いますが、常春くんの元ネタの一つは、「閃電手」の異名を持つ蟷螂拳の達人、蘇昱彰氏です。
数多くの実戦談を持つ中国武術界屈指のファイターで、すごい軽身功が使えたそうです。
他にもネタ元はありますが、この蘇氏の影響が一番強いです。
2019年4月、令和の時代を迎える直前に天寿を全うされました。ご冥福をお祈りいたします。




