アニオタ、社会問題の一端を垣間見る
「なるほど、キミ達も演武会に参加する予定だったのか! 実はね、私もなんだ」
ゴタゴタの後、常春と頼子、そして戦少女の三人は、暗い木立の中をゆっくり歩いていた。
十喜珠神社をゆったり目指している途中に演武会の話になり、金髪の生徒会長が常春たちの参加を聞くや、嬉しそうに声を弾ませた。
「おっと、自己紹介がまだだったな。私、橘戦少女と申す」
そう自己紹介をする生徒会長。
そのキラキラと輝く名前を真面目に名乗るところに苦笑しつつ、二人も名乗った。
「あたし、宗方頼子」
「僕は伊勢志摩常春。よろしくね、えっと……橘会長」
常春はためらいがちに呼ぶ。
その呼称に、戦少女はその和洋折衷な美貌に雅な笑みを浮かべ、
「なるほどな。キミ達はやはり、潮騒高校の生徒だったか。もしかするとそうなんじゃないかって思ったんだ」
「うん。……橘会長が只者じゃないってことは、終業式で見た時から分かってたよ」
「ふふふ。目が肥えているな。……あ、それと私のことは遠慮なく「戦少女」と呼んでくれたまえ!」
忍装束の下で程よく膨らんだ胸を誇らしげに張り、そのキラキラネームを口にする金髪くノ一。
常春はなんだか認識のズレを感じつつ、おそるおそる尋ねた。
「えっと、もしかして名前、好きなの?」
「おうとも! 格好が良いだろう! ちなみに一番上の姉上は女帝、長兄は大地、妹は聖女、弟は武士……」
——おい役所ぉぉぉぉぉ!?
頼子と常春は心の中でそうツッコミを入れた。
……まあ、本人たちが気に入ってるならそれでもいいか。あと、聖女ちゃんと武士君が、学校でいじめられませんように。
常春はことさらに話題の方向をそらしにかかった。
「ところで……やっぱり、ゔ……戦少女会長がやっているのは、忍術ですか?」
「まぁ、あれだけハッキリ九字を切れば分かってしまうかな。……そうだ。家伝の忍術『橘流』をいささか嗜む」
あの腕前を「嗜む」で済ませられるなら、世の中きっと化物だらけだろう。
それはともかく。
「……「橘」という名字に、忍術。その時点で「もしかしたら」と思ってたけど、やっぱり君は、あの橘流だったのか」
「ご明察だ! この現代に残った、数少ない正統派忍術のうちの一派、世界中から入門者が絶えず、今や日本人より外国人の門弟の方が圧倒的に多いと話題の『橘流』とは、うちのことだ!」
またも誇らしく胸を張り、天に鼻先を向けてうそぶくキラキラネーム忍者。略してキラキラ忍者。
常春はその様子に苦笑しつつも、彼女の言葉がなんら誇張ではないことを知識として再認識していた。
『橘流』は、拳法、気合術、各種武器術といった様々な武芸が含まれた総合武術だ。非常に合理的かつ実戦的で、各国陸軍にも学習希望者が多いとのこと。
一方で、目の前の金髪の忍者がまとう、見るからにNINJAな服装。これは橘流の稽古着である。
忍装束とはよく言うものの、実は忍者は忍装束を着て活動することがほとんど無かった。だってそうだろう。忍者とは隠密が仕事だ。一目で忍者と分かるようなものを着るのは合理性に欠ける。実際、徳川幕府の公儀隠密として活動していた忍者は、地味な格好をして庶民に扮していたのだ。
そんな忍装束という忍者の本質から外れた格好をしているのは、ひとえに「集客」のためだ。
銃やミサイル、最近ではドローン兵器が戦の主役である現代社会において、古武術というものは学んでも活用できる機会が極端に少ない。かといって、喧嘩で使うには過ぎた力だ。ゆえに古武術道場がやっていくのは楽ではない。だからこそ、門弟を集めるための工夫が必要なのだ。
米国産NINJAアクション映画や某大人気忍者ジャパニメーションの影響によって、海外ではNINJA人気が強い。明らかに忍者な格好をして手裏剣を投げたりすれば、NINJA好きはそこに飛びつく。
これも伝承を守るための、生存戦略の一種なのだ。
そんな風に考察していた時、
「きゃっ!?」
隆起した木の根につまづいた頼子の悲鳴。常春は風のように身を寄せ、つんのめった頼子を背中で受け止める。ふにゅり、と柔和にぶつかる大きな肉の果実の感触からは意識を逸らす。
「あ、ありがと」と礼を言う頼子を見て、生徒会長は含み笑いを浮かべた。
「なるほどなぁ、キミ達は恋人関係であったわけかぁ」
その言葉に、頼子は出店に売っていたりんご飴のように顔を赤くした。
「ち、違うわよ! そんなんじゃないから! ねぇ常春っ!?」
「うん。残念ながら違うんだな、これが」
常春は否定したが、それでも頼子の赤熱は冷めなかった。「ざ、残念……?」と呟いていた。
生徒会長は一応の納得を見せてから、次の問いを頼子へ投げた。
「キミも出るという話だが、キミはどんな武術を見せてくれるんだ?」
「え、えっと……常春から最近教わったやつ」
「なんと。キミも蟷螂拳をやるのか?」
頼子はふるふるとかぶりを振った。
「ううん、違う。えっと……弾腿ってやつ」
「なるほど、中国北方拳術の基本功か。まだ学び始めというわけだな」
「うん。まだ教え始めて一ヶ月近くしか経ってないんだ」
生徒会長の納得に、常春は補足説明する。
常春の狙いに気づいたのか、生徒会長は口元を緩める。
「なるほどな。人目につかせることで慣れさせるためか」
「そういうこと。やっぱり武術って人に使う技なわけだから、人に見られることに慣れさせておかないとって……おっと、そろそろみたいだ」
十喜珠神社の放つ光を見つけ、三人はそこへ向かって足並みを揃えた。
作者めに、キラキラネーム保持者に対する偏見や差別意識はございません。
「海」と書いて「スカイ」と読んでもいいじゃない。にんげんだもの。




