アニオタ、基本の恐ろしさを見せつける
一条の『鷹捉虎撲』。鉄槌のごとき頭撃が迫る。
常春は真っ向から相手にせず、横へズレて回避。そのまま隣を取り、体当たりを仕掛けようとしたが、攻撃の気配を感じてやめた。
こちらを見もせずに真っ直ぐ放たれた蹴りを、常春は紙一重で回避。
一条は一本足立ちのまま上半身を常春へ向けるや、暴風のごとく蹴り足へ重心を移した。震脚と左掌。
常春はまたも回避し、一条の右側へ回り込もうとする。右腕が動かない以上、今の一条の右側は無防備。戦術上、狙うのは定石である。
……が、それは表向き。実際は右側に固執しているように見せかけるためのブラフ。右側に注意を割かせ、それ以外の部位への注意をおろそかにさせるための。
一条もまた、それを読んでいた。その上で、右側を取られまいとしている風を装い続けて隙を生み出そうと企む。
常春もまた、一条のその考えを読んでいた。だからこそ、一条の策にわざと乗り、油断するのを待つ。
円環のごとく続く駆け引き。
その円環をどちらか一方が脱した瞬間、二人の最後の一手が放たれるだろう。
円環を繰り返していくうちに、二人の動きが徐々に、徐々に、小刻みになっていく。
やがて——双方、完全に止まる。
戦闘を放棄したのではない。
今、二人の間には、目まぐるしい駆け引きの嵐が絶え間なく繰り返されている。
自分が相手の穴を見つけ、相手がその穴を埋めつつ自分の穴を見つけ、また穴を見つけ、また穴を見つけ、また穴を見つけ……命をかけた粗探しが何度も繰り返される。
その穴をどちらか片方が塞ぎ切れなくなった瞬間が、勝負の合図。
戦いをやめて対話の姿勢に入ったのかという初音の期待を、次の瞬間、二人は全力で裏切った。
最初に動いたのは一条だった。
これまでにないほどの速度と勢いで接敵し、左腕を前にした半身の構えのまま近づいた。
——前から見た面積を極限まで縮めているため、急所は隠れており、直進の攻撃も当たりにくい。
——かと言って、回し蹴りのような側面を狙った攻撃を仕掛けることもできない。そういった攻撃は円弧を描くため、正拳などの真っ直ぐよりはるかに遠回りで直撃が遅い。一条の今の速度は、そんな遠回しな打撃を許さないほどの速さであった。
——打つのは掌。腕を伸ばすことで、さらに到達を速めるためだ。
——極めつけに、常春を打ち殺して釣りがくるほどの勁力。
最高の速さと、最強の力。
それが一条の出した最終回答。
あまりにすさまじいその速さは、もはや回避が間に合わないほどにまで距離をつぶしていた。
対して、常春の出した答えは——
「——っ!?」
今まさに常春の胴体を打ち抜こうとしていた一条の左掌が、まるで磁石の反発のように遠ざかった。
一条の左足が、後方へ勢いよく滑ったからだ。
渾身の掌打は失敗に終わり、下半身を後ろへ引っ張られるような形で仰向けになった。
倒れたのならば迅速に立ち上がればいい。普通ならば誰でもそうする。
しかし、一条は立つことが出来なかった。
下半身が、おこりのように震えをきたしていたのだ。
特に激しいのは、先ほど震脚で踏み込もうとしていた左足。
足全体ににじむような、向こう脛の激痛。
脛骨にヒビが入っていることを悟った一条は、苦痛と可笑しさを感じたような口調で言った。
「くっ……まさか、『斧刃脚』なんて簡単な蹴りに、してやられるなんてな……!」
掌打が直撃する寸前、常春は一条の向こう脛に渾身の『斧刃脚』を叩き込み、後方へと足をスライドさせたのだ。
発勁の基本は下半身。そこを狙われれば強大な力を出すことはできなくなる。
さらに、常春の全力の『斧刃脚』は、一蹴りでレンガを五枚割るほどの凄まじい威力を誇る。まともに食らえば、脚の功夫が高くともただでは済まない。その結果が今の一条であった。
「基本ほど応用が利いて、恐ろしいものなんだよ」
「そう、だったな……」
脂汗の混じった笑みを見せる一条。
常春はそんな一条に、口調を多少和らげて言い放った。
「……さあ、これであんたの負けだ。もうその足じゃ、まともに戦えないだろう。降参して病院に行け」
困った時の斧刃脚。




